2日目
眩しい光を手で避けるとライトを向けられているのがわかった。
「おうおう、元気そうだな」
スキンヘッドの壮年男性がベッドの下を覗き込んできた。
「まあ出てこいや、殺しゃしねぇから」
殺すの一言で身がすくんで、身体が動かなくなった。男はため息をつくと俺の手首を掴んで引きずりだした。
俺はなんとかベッドに寄りかかると二人を見上げた。二人は黒尽くめで、銃や防弾チョッキやらを見に纏っている。
「なにが起こったって顔だね」
女の方がニヤケ混じりに言った
「そりゃそうだ。いつ、こっち側に来たか知らねぇが、よく生き残ってたもんだな」
男がカーテンを閉めながら言う。
「一体何が……」
俺はなんとかその言葉を絞り出した。
スキンヘッド男は俺を引き上げ立ち上がらせて言った。
「とにかく移動だ、話はそれからな。まだヒヨコ狩りの奴らがパンパカやってやがる」
二人は銃を握り直すと外に向かった。車の周囲を警戒する様に動き、車に乗る様手で促してくる。俺と同時に乗り込んだ女は銃を脇に置くと拳銃を抜きエンジンをかけた。
スキンヘッド男が素早く助手席に乗り、窓から銃口を出す。車が発進し、暗闇を進み始めた。
「俺はギン。お前の兄の元お仲間ってところだ。それでお前を助けに来た」
「私はイナミ」
「兄貴の?」
俺は兄の顔を思い浮かべる。が、一方で自分と兄弟だと言った若い男の顔も浮かぶ。
「多分お前が知らない方のな。荷物もお前の知らない、いや忘れちまった兄貴タクヤからだ」
「タクヤ?」
知らない名前だったが恐らくあの若い男だろう。謎に次ぐ謎に俺は頭がパンクしそうだった。あの男は俺の兄でこいつらはその仲間、そして俺を助けにくれただって?
「俺らの巣は直ぐそこだ。頭下げとけ」
車内に火薬と鉄の匂いが充満する中、車は夜の闇を走り抜けた。
巣、と呼ばれたその場所は俺のアパートからかなり離れたところにある郊外のショッピングセンターだった。二人は勝手知ったる風に業務用の扉を抜け、地下に向かった。その場所はちょっとした物だった。リビング、には大きな机と銃、アンティークの家具が並びパーテーションの奥にはどうやらまだ廊下が続いている様だった。
イナミと言った女はソファに座り俺を見ながらソファを顎でさした。
ソファに座り込む
「コーヒーでいいな」
ギンが奥からそう言う
「あ、はい」
思わず返事をする。お礼も言った方がいいかな、と逡巡していると、イナミが口を開いた。
「ここはアンタが普段生活してる世界じゃあない。全くの異世界さ。ここでは人が死ぬとその価値分のカネになる。この世界とあっちの世界の物は自由に持ってきたり持って帰ったりできる。少しコツがあるけどね」
「異世界?カネ?この戦場騒ぎは異世界だからですか?」
俺は食いつくように言った。
「半分は正解。つまりね人の死体目当てに人が戦争してんのさ。殺してカネにして、持って帰って、ね。」
あの男の向こう、と言う言葉に妙に合点がいった。そして、イナミは帰る、とも言った。つまりここから元の世界に戻れると言うことだ。
「俺を元の世界に返して下さい!」
声は思わず震え、裏返った。
「それは無理だね」
「なんで!」
「今は、まだな。こっち側に一度来たら次に帰れるのはかっちり3日後」
ギンがコーヒーを目の前に置いて言った。落ち着け、といわんばかりの態度だ。
「つまりな、俺たちの話を聞くのが一番だと思うぜ。3日、帰れねぇんだからな」
「こんな異世界で、3日」
俺は目の前が真っ暗になった。
「とにかく寝ろ、克也。今日はもう疲れただろう。あの奥の突き当たり右の部屋を使え。ベッドがある」
ギンはパーテーションの方を指差して言った。
俺は聞きたい事があったが、これ以上何も頭に入る気がしなかったし、何より疲れていた。
そこで部屋に向かった。
部屋はベッドと机、そして壁に銃が、かけてある狭い埃っぽいところだった。
俺は毛布にくるまると目を閉じた。いろんな考えが頭をぐるぐるしたが、すぐに意識を手放した。
銃声で、目を覚ました。地下だから時間がわからない。直ぐにスマホを開くと午前11時だった。どうやら電気をつけっぱなしにして寝ていたらしい。昨日は疲れきって眠ってしまったが、古びた机にシンプルなベッド、そして壁の銃など、まるでアパートの一室だ。しかし壁はベニヤで区切っているだけで写真や地図、用途もわからないミリタリー 用品が沢山置いてあった。俺はそろりと廊下をのぞいた。
「おはようさん。おやすみなさい。」
イナミがちょうど部屋に入るところだった
「あ、はい」
俺は声を返すと廊下を抜けてリビングに入った。
「やあ克也くん。おはよう。よく眠れたようだ」
ギンがおどけた様子でこちらを見て言った。
「これが現実なのはわかりました。しかしどう言うことなんです?」
俺はソファに座り込み顔を擦った。
「昨日言った通りだ。ここは戦場の世界。なぜなら人が死ぬとカネに変わるから。カネが欲しけりゃ人は人を殺す、そうだろ?」
「はぁ……」
気のない返事にニヤリとギンは笑って言った。
「ここで死んだ人間は居なかった事になる。向こうの世界でな。殺しても誰も悲しまない。こっちに来てる奴ら以外はな。お前の兄貴みたいにな」
「俺の兄貴はこっちで死んだ?」
しかしあの若い男は死んでいるようには見えなかった。
「いや、消えた。こっちの世界でもな。向こうの世界には存在がなかった。だから俺たちも死んだと思っていた。ところが、」
「現れた?」
ギンは笑ってから答えた
「まさか、手紙だよ。お前にレーザーライトを送るように、お前を助けるようにってな」
「けど俺は兄貴らしき男にあったんですが……」
「そりゃ驚いた。何が起きてんのか、本当にこっち側は理解できねぇ」
男は少し考え込んでから言った。
「この時期になると、この世界に向こう側から補給が来る。そいつらは訳もわからねぇまま殺されてカネの山になる。だがお前の兄貴はお前が補給される側だって気付いてたって事だ」
ギンはタバコを取り出すとに火をつけた。
「そして俺はタクヤからまだ頼まれててな。克也、お前の訓練だ。身を守る。自分でな」
俺は一瞬で心がざわついた。防災訓練、避難訓練、子供の訓練ごっこの話じゃないことくらいはわかった。
ギンは壁から拳銃とライフル銃を持ってきて机に置いた。
「ちっこいのが9ミリ。シグ・ザウエルP320だ。でかいのがAR-15。こいつらの使い方を学んでもらう。今日からだ。殺し方、生き残り方、エトセトラ。」
俺は思わず腰を浮かした。
「だけど!明後日には帰れるんでしょう?だったら必要ない!」
「だがな克也くん。またこちらに来るだろうな。一度こっち側の人間になったら一生こないなんてありえない。無理に来ないとランダムに連れてこられるぞ。飯食ってる時、クソしてる時、そして寝てる時。」
「そんな理不尽な!」
なんでこんな事になったのか。誰もこの世界があることも、危険性も教えてくれなかった。黙っている必要はないはずだ。
「どうして現実世界でも誰も話さないんですか!この危険な世界があるって!」
ギンは少し黙って言った。
「言ってるのさ。気づいてないだけ。それか気づこうとしてないか。まあどちらでもいい。向こうの人間は知らないし、知らせる事もできない」
ギンはカバンを背負うと俺に言った。
「嘆いても事態は変わらねぇ、なら準備するだけだろう。人間はそうやって生きてきたんだからな」