吸血鬼の女王と弟子達
どうもです!
続けて読んで頂いてる方ありがとうございます!
気になって初めて読んだという方もありがとうございます!
誠義です。
小説の内容とは関係ありませんが、私は休日含め小説を書く時間帯は夜から朝方までが多く、睡眠不足で仕事中にヤバいと思うことが多くなってきました。
もう学生の頃とは違うんだなとちょっと悲しくなります。
それなら寝ろって話ですね。
無駄話はここまでにして3話目楽しんでください。
二人の見つめる先には、背中から生えた触手を蠢かせる少女の姿があり、少女は三つの赤い瞳に植物に酷似した緑色の皮膚を持ち、魔の王と名乗る異形の存在だった。
それは怒りを露わに叫びを上げている。
「行くぞ!」「はいっ!」
魔法を解き、魔物に向かって走り出すルミアとユート。
「死ヌ覚悟ガ出来タミタイネェ!」魔物の声が轟き、触手が襲い来る。
「言っただろ!俺達は、生きて帰る!」
「そうです!魔の王だろうと、あなたに屈することはありません!!
守護の女神、我に力を示しなさい!黄金の要塞城!!」
ルミアの声が響き、轟きと共に大地は砕かれ、裂け目から黄金に輝く城が姿を現わす。
「マダコレ程ノ力ガアルナンテネ。モット楽シメソォダシィ…マダマダ遊ンデアゲルワァ!」
魔物が手を前に突き出すと地面が変化していき、棘状のものがいくつも現れ、それらは槍のように伸び、金色の城壁に突き刺さる。
「ユートくん、私の力も限界が近いので早くして下さい!」
額から汗が流れ、苦しそうにルミアが告げている。
「あぁ、後は頼んだぞ!」
ユートはそう言うと、先程の戦闘と同じように右手を背中で見えないように隠し、魔物に向かって走って行く。
「ホント諦メガ悪イノネェ!串刺シニシテアゲルワ!!」
地面が突出し、槍が突き出てくる。
「モット早ク走ラナイト串刺シニナッチャウワヨォ!」と嬉しそうに叫ぶ魔物。
次々に突き出る槍を確実に避けていくユート。
槍の動きをよく見て、動きを予測しろ。一撃でも食らえば確実に死ぬぞ。
大丈夫だ。これは一度、経験している。あとは、タイミングと運だ!
走る速さを落とさず、槍を躱す様子は未来予知でもしているようだった。
「何故、当タラナイノ⁉︎弾ケ飛ビナサイ!!」
その言葉で地面から突き出た槍は、次々に爆発し、破片が飛び散る。
槍の破片と爆炎の中を突き進み、魔物の元に辿り着いたユートは隠した右手を振り抜く。
「今ノ私ハ、オ前ジャ倒スコトハデキナイワ!」
しかし、その手に剣はなく、状況が理解出来ず、驚きで動きが止まる
「…ッ⁉︎オ前、剣ハ…?」
ユートはニヤリと笑い、答える。
「そう、俺じゃお前を倒せない。お前が頭に血が上りやすくて助かったぜ。」
「コノ私ヲ愚弄スルノカ肉塊ノ分際デェェェェェ!!!」
鋭い爪を持つ腕を振り上げ、怒りを露わにする魔物は突然、異常な力で押し付けられ動けなくなる。
「ナ、何ナノコレハ⁉︎」
左右には黄金に輝く壁があり、それに挟まれ、体が動けなくなっていた。
「お陰で、私は気付かれずに近付くことができました。」
声が何処からともなく聞こえ、誰もいないはずのユートの隣の空間が歪んでいく。
歪みは光の粒子となり、霧が晴れるように消え、そこにユートの剣を持つルミアの姿が現れる。
「不可視ノ壁ヲ作リ、姿ヲ消シテタッテコトネ。面白イコトスルノネ。勉強ニナッタワ。」
「冥土の土産になったようで何よりです。」
両手で構えた剣を空に突き上げ、祈りを捧げる。
「神よ、我に光を与え、悪を討つ力をお与え下さい。
聖なる祈りは我が心に、聖なる力は我が刃に!勝利を…我が剣に!!」
光が刀身を包んでいき、眩い輝きは強さを増し、天高くその輝きを伸ばす。
「ハァァァァァァァ!!!」
振り下ろした光の大剣は空気を斬り裂き、風を巻き起こしながら、魔物を斬り裂く。
衝撃は空気を貫き、光の波は洪水のように全てを飲み込む。
「アッ、ガァァァァァァァァァァ!!!!」
光の嵐の中、魔物の断末魔を聞いたユートは手で光を防ぎながら目を開ける。
そこには聖なる光で体を焼き尽くされる魔物の姿が見え、灰も残さないほどの業火に包まれ、消滅していく。
だが、消え去る最後の瞬間、燃え盛る炎に包まれた魔物が笑ったように見え、何とも言えない不安に体が粟立っていく。
今笑ったのか…いや、そんなはずない。気のせいだ…。
魔物の消滅と共に光の波も消え、嵐が過ぎ去った後のような静寂が二人を包み込んでいた。
「これで、終わりました。」
静寂の中に響く彼女の声からは疲れを感じ、大きなため息が漏れていた。
「あぁ、お疲れ様。ありがとうな。」
ユートの言葉にルミアは何故か悲しそうな顔で彼を見つめる。
「ユートくんの剣が…砕けてしまいました。」
彼女の手には刀身が砕けた剣が握られていた。
「なんだそんなことか…別にいいよ。剣が耐えられなかった、ただそれだけのことさ。
そんなことより、早く帰ろうぜ。」
彼が手を伸ばしてくれている。そう、全て終わったのだ。
これで、これ以上犠牲が出ることはない。皆を守ることができたのだ。
「ホントニ…ソォカシラァ?」
気味の悪い声が聞こえ、背筋に冷たいものが走る。
その瞬間、ユートが何か叫び、ルミアを横へ突き飛ばす。
倒れる彼女の瞳にその姿が映し出される。
赤い三つの瞳に緑色の体、皮膚には葉を思わせる模様の血管が走る醜い姿は背中から生えた触手を蠢かせ、長い爪を持つ腕を振り上げている。
倒したはずなのに⁉︎何故生きてるの?
自分が倒したはずの姿が目の前に現れ、動揺と混乱が彼女を襲う。
このままではユートくんが…殺されてしまう。
ルミアは手を伸ばすがユートには届かない。
そして、その腕が振り下ろされ、彼女は目を瞑る。
転ける衝撃がお尻から体に伝わる。彼がどうなったのか知るのが怖くて、目を開けられない。
「彼は殺させないわよ。」
聞き覚えのある声にハッとしたルミアは恐る恐る目を開ける。
目の前にはユートを庇うように立ち、魔物の腕を掴む人影があった。
その姿は、神々しい光を放つ異様な雰囲気を纏った女性で、金の装飾の施された赤いドレスが彼女の美しさを引き立たせている。黄金に輝く美しい髪と雪原を思わせる白く透き通る肌、整った顔立ちは育ちの良さと気品を感じさせる。そして、最も目を惹く美しい青い瞳。海のような深い青色の瞳には薔薇が咲いていて、星空のように輝いている。
「お師匠様…。」信じられないという顔でルミアはエリザベスを見つめる。
「待たせたかしら?」
「待ちくたびれたよ…お陰でボロボロだ。来るならもっと早く来てくれよ…。」
ユートは力のない声でそう言うと気を失い、倒れていく。
その瞬間、掴んだ魔物を異常な力で投げ飛ばし、倒れるユートを抱きしめる。
彼女の大きく柔らかい胸の谷間にユートの顔が沈み込み、優しく包まれる。
「ごめんね。でも、ルミアを守るユートくん、かっこよかったわよ…。
ルミア、私はあの植物を焼き払ってくるから彼をお願いね。」
胸の中で眠るユートをルミアに託し、赤いドレスを翻し、魔物に向き直る。
エリザベスの見つめる先には背中の触手を蠢かせる魔物の姿があり、首を横に九十度傾け、不思議そうにエリザベスを見つめていた。
「オ前、人間デハナイヨウダケド、ソノ魔力ト力、ソレニ混ジッタコノ匂イ…何者ナノ?」
「この瞳で分かってほしいんだけど、あなた世界を知らなそうだし…いいわ。あまり、名乗りたくはないのだけど…。
私は魔の王の一人、エリザベス・ブルーローズ・ブラッドキングス…夜を支配する吸血鬼の女王よ。」
魔物の三つの赤い瞳が大きく見開かれる。
「ヘェ、吸血鬼ダッタノネ。会エテ光栄ダワ。コレハ、私モ名乗ルベキカシラ。
魔ノ王ノ一人、闇ノ黒森ノ支配者…底ナシ沼ノアビヘルト。ヨロシクネ。」
耳まで裂けた口がニヤリと笑う。
「私、人付き合いって苦手なの。だから、よろしくできないわ。」
「アラ…ソレハ残念ネ。仲良クデキルト思ッタノニ…。」
魔物はそう言ってケタケタと笑っている。
エリザベスは底なし沼のアビヘルトという名前に聞き覚えがあった。
遠い昔、巨大な魔力を持った古い森に大きな底なし沼があり、そこに人間を誘い込んで沈むのを楽しむ人間がいたらしい。その沼は死体で腐り、腐臭が漂い、疫病が蔓延し、闇に覆われ、人々はその沼のある森を黒森と呼んだという。
この魔物は、そこの支配者ということだろう。
「トコロデ、吸血鬼ッテ…美味シィノカシラ…。今マデ人間ハ沢山食ベタケド、吸血鬼ハ初メテ…ナノヨネェ。ネェ、何処カラ食ベテ欲シィ?」
「師匠、危ないっ!!」
ルミアの声が響くと同時に背中で何かが蠢く気配がする。それは、地中から這い出た奴の触手だった。
「甘く見られたものね。」
エリザベスの声が冷たく響く。その瞬間、触手の動きが止まり、白く変色していく。
触手だけではなく、エリザベスを中心に全てが白に覆われていく。
「言ったでしょう。私は魔の王…その言葉がどういう意味か、分かるでしょう?」
どこまでも冷たく、殺意という感情しか感じられない瞳…青い薔薇を宿した宝石の輝きがアビヘルトを睨みつける。
エリザベス・ブルーローズ・ブラッドキングス…かつて、恐怖と絶望、憧れと希望で全ての人間と魔物にその名を轟かせた英雄…。魔王を殺し、神すらも殺せると言われるその力は、世界から恐れられた。
ルミアはその力を前に体が震えだすのを抑え、王の姿を目に焼き付ける。
「絶氷…。」
大地が氷に閉ざされ、空気が凍てつき、生命は活動を止める。
「クッ!化ケ物ネ。」
触手を切り捨て、距離を取るアビヘルト。
「化け物…その姿のあなたに言われたくないわね。爆ぜなさい。」
エリザベスは魔物に手の平を向け、それを握る。
赤い光球がアビヘルトの腕を飲み込み、衝撃と共に弾け飛ぶ。爆音と光が感覚を支配し、高熱が肌を焼く。衝撃は空気を押しのけ、真空が風を吸い込む。
一瞬の出来事の後、静寂が現象の終わりを告げた。
その出来事に言葉が出てこず、ただただ驚くルミア。
「だから、甘く見ないでと言ってるでしょう?出て来なさい。何処にいるか分かってないと思っているの?」
呆れたようにエリザベスはある方向に目を向ける。
すると、木々の間からヌッと姿を現し、気味の悪い笑い声を上げる。
「バレテルノネ、流石ダワ。」
「えぇ、あなたが何故、死なないのかも大体予想できるわ。」
顎に手を当て、ニヤリと笑うエリザベス。
その言葉に、笑う声を止め、一歩下がるアビヘルト。
「ドウヤラ、今ノ私デハ勝テナイミタイネ。モット力ヲ取リ戻シテカラ、オ前達ヲ殺スコトニスルワ。ソノ時ヲ楽シミニシテオイテネ。
アッ、ソウダワ。最後ニヒトツダケ…気付イテルデショウケド、世界ノバランスガ崩サレタワ。
気ヲ付ケルコトネ。敵ハ思ワヌ所ニイルモノヨォ。」
そう言うと、アビヘルトは笑い声と共に暗い森の奥へ消えていく。
「全く…。言われなくても分かってるわよ。」
ため息と共に言葉が漏れる。
「追わなくても良いのですか?」
弟子の顔からは不安と不満、そして、焦りと後悔が見て取れた。
「追っても無駄よ。あれは亡霊みたいなもので本体じゃない。それより、今はあなた達の傷の手当てが先よ。」
「ですが…。」
その言葉にルミアは何か言いたそうに口籠るが、それを飲み込む。
師が正しいことは分かっているし、王女として皆の所へ戻らなくてはならない。
私は自分の感情より優先しなければならないことがある。それが王女としての責任なのだから。
「分かりました…。」
「あれを仕留められなかったのは私も残念だけど、あなたは良くやったと思うわ。」
「ですが…多くの人の命が失われました。」
「そうね。でも、助かった人もいる。師匠の私が言うんだから、自信を持ちなさい。
皆に無事な姿を見せに帰りましょう。」
「はい。」
世界のバランスは崩れてしまった。
正義を執行する天使も、闇の道へ誘う悪魔も、全てを眺める神も…。
バランスの崩れた世界は混沌を孕み、崩壊へと向かう。
そこには絶望も希望もなく、あるのは制御を失った未来だけだ。
欲望は一人歩きし、人々の願いを喰い殺す。
醜く肥え太った欲望は神をも殺す。
柔らかく肌触りのいい感触と人肌ほどの温かい心地の良さが、目が覚めたユートを優しく包み込んでいた。
重い瞼を擦り、ベッドから体を起こして周りの状況を確認する。
天面に張られた布から太陽の光が薄っすらとテント内を照らし、外からは騒がしい声が聞こえてくる。
「ここは…。」
その時、テントの入り口が開けれら、金色の髪が眩しい赤いドレスの女性が入ってきた。
「あら、起きてたの?残念だわ。」
「寝てたら何するつもりだったんだよ。」
「ふふっ、そんなの恥ずかしくて言えないわ。」
明るいうちから何考えてんだよ…。
「それより、体の方は大丈夫?治癒魔術は効いてるみたいだけど。」
「あぁ、もう大丈夫だ。ありがとうな。」
「良かった。」
俺が気を失っているあの時、微かにだけど覚えていることがある。
俺はそれを確かめなくちゃならない。エリザベスが魔物かどうかを…。
「なぁ、聞きたいことがあるんだけど…エリザベスって吸血鬼なのか?」
その瞬間、飲み物を用意する彼女の手が止まる。
ユートくんに気付かれた…。あの戦いの時かしら。
いずれ言うつもりだったのだから今言っても変わらない…わよね。
いなくなるのが早いか遅いか、ただ、それだけ…。今までと何も変わらないわ…。
ユートの目を見つめ、唇が震えるのを抑え、声を搾り出す。
「あの時、聞こえていたのね。えぇ、そうよ。
私は吸血鬼エリザベス・ブルーローズ・ブラッドキングス。最強の魔物の一角、吸血鬼の女王よ。」
そう言った彼女の声は震えているように聞こえ、俺はどこか怖がっているというか寂しいというか、そんなものを感じていた。
「驚いたかしら?本当の私を知って…。
人を殺し、その生き血を啜って生きてきた。私を脅かすものは全て殺し、兵を送り込んだ国を滅ぼして、殺戮の限りを尽くしたわ。
魔王と同じように恐れられ、多額の報酬をかけられ、討伐対象にもなっている。
私を殺せば、金等級はもちろん、富と名声、権力、相応の立場が与えられるでしょうね。」
そこまで言うと、エリザベスは机の上に置いてあるナイフを手に取り、ベッドの上のユートに跨り、彼にナイフを手渡すと、試すように見つめる。
「で、ユートくんはどうする?私を…殺す?」
挑発するような濡れた声が耳元で囁かれ、暖かい吐息が耳元から首筋を湿らせる。
心臓の鼓動が速くなり、脈打つ血管を舌先が這っていく。
呼吸が荒くなり、思考がまとまらない。
ナイフを握る手に彼女のしなやかな指が絡み付いてくる。
重ねられた手はそのまま彼女の首に誘導され、ナイフが鈍い輝きを帯びる。
心臓が高鳴り、さらに呼吸が激しくなっていく。
このまま切り裂けば、吸血鬼を殺すことができるかもしれない…。
そして、強大な軍事力を手に入れることができれば、奴を殺し、魔物を一掃することができるかもしれない。
そうすれば、父さんも母さんも、村のみんなも、魔物に殺された人全員が報われて…俺も許されるんじゃ…。
「…!」
ナイフを握る手に冷たいものが零れ落ち、手を濡らし流れ落ちていく。
彼女の頬を流れる一筋の涙が、正気を失った俺の意識を呼び戻してくれた。
「私を…殺す?」
今にも潰れてしまいそうな声が俺に囁きかけてくる。
彼女の体は震え、重ねられた俺の手にも伝わってくる。
俺は、復讐心に取り憑かれ、身勝手な行いで許されようとしていたんだ。
そのせいで、とんでもない間違いを犯して、もう少しで大切な人を失ってしまうところだった。
また、俺は…。
ユートは、重ねられた手を優しくほどき、ナイフを床に投げ捨てる。
最初から分かっていた。吸血鬼だろうと、エリザベスはエリザベスだ。それでいいじゃないか。
青い薔薇が輝く瞳を見つめ、ユートは想いを口にする。
「俺は…エリザベスを殺さない。昔がどうだったとか吸血鬼の女王だとか関係なく、俺は今のエリザベスを見て、一緒にいたいと思った。
ルミアやシャルルのことを大切にしていて、自分の気持ちに真っ直ぐで、バカみたいに俺のこと想ってくれて…だから、俺はエリザベスを信じる。
もし、エリザベスを悪く言うような奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるよ。だから、もう心配しなくていいよ。
俺も、ルミア達と同じように一緒にいるからさ。」
俺の下手な言葉で気持ちが伝わったかどうかは分からない。だけど、目の前で子供のように泣きじゃくる彼女の姿が答えなのだろう。
「ありがとう…。ありがとう…。」
そう言ってくれる彼女の頭を優しくあやすように撫でる。
彼女の「ありがとう」と言う言葉が胸に突き刺さる。
「お礼なんて言わないでくれ…。俺は、魔物が憎くて、憎くて、殺したくて仕方ないんだ。
だから今も、エリザベスを殺そうとした。仇を取れると思ったんだ。」
一呼吸置いて話を続けるユート。
「俺の故郷はここからずっと離れた山奥にある小さな村で、俺の親父は狩人だった。
俺もよく親父に連れられて、狩りに行ってたんだ。
その日、俺は町の方まで出かけてて、帰りが遅くなったんだ。夕方、急いで村に戻る途中、遠くで煙が空に昇っているのが見えた。それは村の方角で、嫌な予感がした俺は、疲れで足が縺れるのも構わず、走った。
森を抜け、村が見渡せる場所に出た。俺が見たのは赤々と燃える村の姿だった。
そして、燃える炎の中に奴らを見た。一つ目の赤い巨人と村の人を殺す魔物の集団。
遠くからでも、はっきりとその瞬間が目に映ったよ。
俺は怖くてそこから動けず、最低なことに助けに行こうとも思えなかった。
ただ、じっと嵐が去るのを震えながら見ていることしかできなかった。
その夜は全く眠れなかった。いつ魔物に襲われるか分からなかったから剣を握りしめて、草の陰に身を潜めて朝になるのを待った。
翌日、村に着いた俺が見たのは悪夢のような光景だった。
少し息を吸うだけで吐きそうになる焼け焦げた臭いと焼け崩れた家々、誰かも分からない死体の山と喰い散らかされた肉片。通りだった場所には切り落とされた首が槍に突き刺され、並べられていた。
その中には、俺の母さんと親父もいた…。
信じられない現実を突き付けられ、絶望の中で村のみんなが死の瞬間の表情を俺に向けて訴えかけてくるんだ…『お前だけ生き残りやがって…!』『何故、助けに来なかった?』って…。
だから、俺は復讐を誓った。必ず、村を襲った奴らを、魔物を殺すと誓ったんだ。
でも、その復讐心のせいでエリザベスを殺そうとしてしまった。
俺は、エリザベスを見てなかったんだ…。すまない…。」
頭を下げる俺を温かく包み込み、優しい声が囁きかけてくる。
「それでも、ユートくんは私を見てくれたから、殺さなかった。
だから、言わせてもらうわ。ありがとう。」
その瞬間、少しだけ許された気がして、今だけは甘えてもいいか…と思うことにした。
「あなたの昔話ついでに、私も少し語ろうかしら。」
俺の頭を撫でていた彼女は、思い出し笑いでもするように話を始めた。
「これは、私が国をいくつか滅ぼして、世界と魔界を恐怖のどん底に陥れた時のお話よ。」
夢と冒険が詰まった楽しいお伽話でも始めるように悪魔のような行いを語り出したけど、話の腰を折るのもアレなのでそのまま聞くことにしよう。
「私の国でくつろいでいた時のことよ。ある国の姫が十万の兵を率いて、攻めてきたの。
輝く銀髪と赤と青の左右で色が違う瞳、穢れを感じない白い肌、美しいその姿はまるで天使を見ているようだったわ。
戦の女神や輝きの乙女と呼ばれた彼女は剣姫クリスタシア・オーディス、黄金に輝く剣と盾を持つ最強と名高い騎士だった。
クリスタシアは私のいる王城まで一人で来て、玉座に座る私に信じられないことを言ったの。
『お前がエリザベス・ブルーローズ・ブラッドキングスね。お前と一対一で戦いたい!』
それを聞いた瞬間、面白くて笑ったわ。人間如きが私に勝てるものかってね。
二つ返事で了解したわ。
場所はその国の闘技場。彼女との一騎討ちは本当に楽しくて時間を忘れたわ。
戦い始めて何日経ったか分からないぐらいにね。
戦い疲れた私達はその場に倒れ込んで、笑いあったわ。
そんな時、彼女が言ったの。『私と一緒に冒険しない?』って。
魔物にそんなことを言うなんて可笑しくてお腹抱えて笑ったわ。
それから、私達は一緒に冒険をするようになったわ。
ある国の戦争を止めたり、魔王を倒したり、世界の崩壊を防いだり、色々やった。
そして、私は英雄なんて呼ばれるようになった。
これが、私の物語。どうだった?」
「どうだったって…すごいとしか言えねぇよ。
その、クリスタシアって人はどうしてるんだ?」
ユートの言葉にエリザベスは一瞬固まるが、一息間を置くとすぐに答えてくれた。
「彼女は戦争で死んだわ。」
「え…あぁ、すまなかった。」
「大丈夫よ。可愛い弟子を遺してくれたから。」
弟子…?弟子ってまさか⁉︎
「ルミアとシャルルがか⁉︎」驚きのあまり声が大きくなってしまう。
「そう、あの二人の母親は世界を救った英雄よ。」
思考が追いついて来ない。俺はたった二日でとんでもない人物に会っていたらしい。
「そこで、ユートくんに相談があるの。私の弟子になりなさい。」
その言葉に昨日の会話が思い出される。てか命令なんだな…。
「そのことなんだが、昨日から言ってたけど、なんで俺なんだ?」
「それは…。」
エリザベスは何か言いづらそうに口ごもっている。
「何か言いづらい事なのか?」
「…いえ、ただの勘なの。」
「ん?俺の聞き間違いかな。もう一度頼む。」
「勘よ。」
「…は?」「え?」二人の間に沈黙が流れる。
「あれだけ勿体ぶって勘かよ!人間ナメんな!」
「な、なんで怒ってるのよ。ユートくんに会った時、何かを感じたんだから!
世界を救った英雄の言葉を信じられないの?」
「全く信じれねぇよ!」
「そこまで言うなんて…もう泣くから!」
「勝手にしろよ。今度は慰めねぇからな。」
と言う口喧嘩をテントの外から聞いている人物が二人いた。
「全く、途中まで良い雰囲気だったのに…ユートのバカ。」
「まぁまぁ、あの説明では仕方ないわ。ですが、お師匠様が間違ったことは一度もありません。
きっと、ユートくんには何か特別なものがあるはずです。」
「そうかなぁ。私は何も感じないけどなぁ。お師匠様とお姉ちゃんの勘違いじゃない?
どうやら二人ともアイツにお熱らしいし。」
イタズラな笑みを浮かべるシャルルをギロリとルミアは睨む。
「シャル…。どうやら説教が必要らしいわね。」
淡々とした口調が恐ろしさを倍増させている。
「じょ、冗談です…はい。」
「全く…。」
しかし、ユートくんにはお師匠様の弟子になってもらわなくては困ります…。
彼には何かある。私も昨日の戦闘で彼の中に眠る力を感じました。
最悪、お師匠様が無理なら私が…。
「あぁもう!弟子になるから泣き喚くなよ!歳を考えろ恥ずかしい。」
エリザベスが子供のように泣き喚きながらポカポカと叩いてくるので、俺は半ば強引に彼女の弟子入りを了承することにした。
「ホ、ホントか?やったぁ!!」
両手を上げて子供のように喜んでいるエリザベスは、今の自分の姿が恥ずかしかったのか頬を赤らめ、咳払いをする。
「さ、最初から素直に弟子にして下さいと言えば良いのよ。」
腕組みをして何故か偉そうにしているエリザベスにユートはイラッとするが、また言い争いになっては話が進まないので、拳をグッと握り締め、我慢する。
「それで、俺を弟子にして、これからどうすんだよ?」
「これから?もちろん考えてあるわよ。聞いて驚きなさい!
君を一週間で金等級以上の冒険者や世界中の英雄、そして魔族の王達と戦えるように鍛えてあげるわ。
もちろん、私だけじゃ手が足りないから、外で盗み聞きしてる可愛い弟子達にも手伝ってもらおうかしら。
ねぇ、ルミア、シャルル…?」
「はいっ!!」
外から跳ね上がるような声が聞こえ、青ざめた顔の二人がテントに入ってきて、エリザベスの側に立つ。
一国の姫が兵士も顔負けの敬礼を恐怖の対象に向ける。
「お前ら…聞いてたのか…?」
青ざめた顔にじんわりと汗をかいてるのが見える。
「最初から聞いてたのよね?盗み聞きなんて悪い趣味してるわね…。
これはどんな罰を与えようかしら…。」
二人の後ろに周り肩にぽんっと手を置いたエリザベスは彼女らの間から顔を出す。
その瞬間、二人の頬に汗が伝い、ガタガタと恐怖に体を震わせているのが分かった。
エリザベスは二人に何をしたんだ…⁉︎まぁ、彼女が完全なドSだということは理解できた。
「はぁ…もういいだろ?話が進まないからその辺にしてくれ。」
「ユートくん…。」「ユート…。」
俺の言葉にルミアとシャルルは目に涙を浮かべ、死の淵から生還したような微笑みを俺に向ける。
いつもどんなことされてるんだよ⁉︎
一方で楽しみを奪われたエリザベスは拗ねた表情で唇を尖らせている。
「ユートくんがそう言うなら仕方ないわね。それじゃ、話の続きをしましょ。」
俺たち四人はテントの中心に置かれた大きめの丸テーブルに椅子を並べ、落ち着き直すとエリザベスが口を開いた。
「さっきも話したけど、ユートくんには一週間で強くなってもらうわ。」
「でもお師匠様、私達三人でも一週間じゃ無理じゃない?」頬杖をつくシャルルがお菓子をつまんでいる。
「シャル、はしたないですよ。お師匠様が言ってるのは無理かどうかではありませんよ。
ユートくんは強くならなければならない。なってもらう。そして、私達が強くするんです。」
「はぁ?ちょっと待ってくれよ!」
椅子から勢い良く立ち上がり、机に身を乗り出すようにユートは声を張り上げる。
「なんでそんなに焦ってるんだよ。別に一週間じゃなくてもいいだろ?」
「ユートくん、それには訳があるのよ。」
俺を落ち着かせるためかエリザベスの口調は子供をなだめる時のようになっている。
「新たな魔王が誕生して数年、世界は混乱に包まれ、他国と力を合わせるどころかより強大な力を手に入れようと戦争を起こし、他国を支配しようとする国が多いの。
そして、そういう国に味方する金等級の冒険者や英雄も多い。さらには、魔王軍には厄介な奴等がいるんだけど、そいつら意外にも魔の王と名乗るさっきみたいなのもいる。
ユートくんが思っているほどゆっくりしていられる状況じゃないってこと。
だからこそ、ユートくんには一刻も早く、強くなってもらわないと困るの。分かってくれた?」
エリザベスの話は分かったが、あまり現実感が湧いてこない。多分、それは俺が外の世界を知らな過ぎるだけなんだろう。
でも、本当にたった一週間で強くなれるのか…。
「考えていても仕方ないか…やるよ、俺。」
その言葉にエリザベスとシャルルは顔を見合わせ笑い合う。
「ふぉぐいっだわねゆ゛ーど!」
口いっぱいにお菓子を詰め込み、何を言っているのか分からないがシャルルは嬉しそうにしている。
「お前、何食ってんだよ…。」
ハムスターのように頬を膨らませたシャルルはもぐもぐ口を動かしている。
彼女の手にはクッキーが握られており、それをチラッと見て、次にユートを見る。
「………たべりゅ?」そのクッキーをユートに差し出すシャルル。
「いらねぇよ!しかも、よく見たら食いかけじゃねーか!」
口いっぱいに頬張ったお菓子を一気に飲み込み、ユートが要らないと言った齧った跡のあるクッキーを口に投げ込む。
「美味しいのにぃ。」
「そういう問題じゃねぇんだよ!今大事な話してたのわかってんのかよ。」
「分かってるよ〜。私一応この国の姫だよ?しかも、最強の騎士だよ?
そんなことより、ユートさぁ、私がこれから師匠になるのにそんな口きいていいと思ってるのぉ?」
チョコを纏った細いスティック状の焼き菓子をユートに突きつけながらニヤリと笑うシャルル。
「う、ぅ……。」
その言葉に思わず後ずさるユート。
「全く、この子は…。」妹を見て頭を抱えるルミア。
その時、ガラッと椅子を引いたエリザベスは立ち上がり、二人を交互に見て告げる。
「まずは一日目、シャルとユートくんは本気で戦いなさい。さらに私とルミアは二人を攻撃するので逃げること。死ぬ気で逃げないと…ホントに死ぬから覚悟しなさい。いい?」
「…………へ?」
俺とシャルルは顔を見合わせ、言葉を失った。
楽しんでいただけたでしょうか?
書いてすぐ投稿したので、修正が必要な箇所が多いかもしれません。
見つけた方はどんどんコメントしてください。
もちろん、それ以外も募集してますのでどんなコメントでもお待ちしております。
さて、今回の話いかがでしたか?やっとタイトル回収できた感があります。
物語のことをちょっと書くと魔王と魔の王が分かりにくいと思う方がほとんどだと思います。
私もこの設定やっちまったかなと思っております…。
設定的には魔王はそのまま魔族、悪魔などの王という意味で、魔の王はちょっと変わってきます。
例えば吸血鬼の女王だとか霊の王だとか、それぞれの王を指します。ちょっと強引ですかね…。
さて、次話なんですが、まだ一切手をつけてないので時間がかかるかもしれません。
内容は考えているので、より面白くなるように頑張りますので楽しみにしていただけると私の気分は上がります。よろしくお願いします。
では、今回はここまで。ではでは〜!