始まりと出会い
初めましてもそうじゃない方もよろしくお願いします。誠義です。
今回の作品は私の別の作品と繋がっておりますので、そちらの作品も是非読んで頂ければ幸いです。
最初なので先に言うと投稿はかなり遅くなると思うので、ご了承ください。
前書きはこの辺で、それでは!
朝日が昇り、霧に包まれた煉瓦造りの町並みを照らしていく。
冷たい春の空気が肌を刺し、寝惚けた目を覚ましてくれる。
人通りの少ない石造りの道を歩いて行くと、目的地が見えてきた。
木造二階建て、この辺りでは最も大きい建物で、隣には鍛冶場があるのか鉄を打つ音が響き、煙突から煙が上がっている。
「ここが、冒険者ギルドか…。」
早朝にも関わらず、中からはガヤガヤと騒がしい声が外にまで聞こえてくる。
寝癖でカッコがつかない金髪の少年、ユート・オラシルはゴクリと唾を飲み込み、木製の扉を開けた。
扉を開けた少し先に受付があり、右の壁には巨大な掲示板が打ち付けられており、様々な依頼書に行方不明者の掲示、指名手配犯の似顔絵など所狭しと貼られている。
掲示板の前には大勢の冒険者の姿があり、外に聞こえてきた声は依頼内容を物色する冒険者の声らしかった。
そんな冒険者を避けつつ、受付まで辿り着いたユートは近場の女性に声をかける。
「あの、すみません。冒険者ギルドの登録ってここで合ってます?」
受付の女性は長い黒髪を後ろで纏めた物腰の柔らかそうな人で、ユートの緊張した面持ちを見ると、「ようこそ、冒険者ギルドへ。」と言ってニッコリと微笑む。
「冒険者ギルドへのご登録ですね。初めに登録用紙の記入をお願いしているのですが、文字の読み書きは出来ますか?」
「は、はい。多分…大丈夫だと思います。」
「分かりました。では、こちらに記入をお願いします。」
薄茶色の紙には名前と年齢、使う武器や魔法魔術などいくつか項目があり、それらを記入していく。
書くのにさほど時間はかからず、紙を受付嬢に渡すと、彼女はそれをいつものようにチェックする。
「ユート・オラシルくん…ね。私はナギサ・キサラギと言います。これからよろしくお願いしますね。」
珍しい名前と雰囲気だなと思ったユートは、ある人物と彼女が少し似通ったところがあると気付く。
昨日、古老の森で一緒に戦ったあの男だ。黒髪といい、顔立ちといい、どこか似ている。
そんなことを考えていると、目の前の受付嬢は目を丸くして、困ったように「どうかしました?」と訪ねてくる。
我に返ったユートは自分がジッと彼女を見つめていたことに気付き、顔を赤らめて目を逸らす。
「すみません、考え事をしていて…はははっ。」
「そ、そうですか。あら、あなたの目…。」
「え?」
「あっ、いえ、何でもありませんよ。ちょっと待ってて下さいね。」
そう言うと、彼女は紙を持って受付の奥に消えて行き、しばらくすると「お待たせしました。」と言いながら戻ってきた。
「では、説明させてもらいますね。」
受付嬢は一つ咳払いをすると、ギルドについて説明を始めた。
「ここ冒険者ギルドでは、様々な方からの依頼を冒険者の方に紹介し、それの達成報酬として金銭を支払うことを生業としています。
もちろん王国からの許可も頂いていますし、我々ギルドの職員も王国から来たちゃんとした資格を持つ者がほとんどですので、きちんとした職業斡旋所なのです。」
何故か胸を張ってそう言う彼女に、別に疑ってないんですが…とユートは思った。
「しかし、依頼の中には危険なものもあります。そんな時、ユートくんのような駆け出し冒険者の方に紹介する訳にもいかないので、冒険者のランクというものがあります。
これは一等級から五等級まであり、それぞれ金・銀・銅・鉄・鉛と定められています。
なので、自分にあった依頼を選んで下さいね。
この等級は昇級審査によって決められ、冒険者さんの働きや人となりを見て、昇級出来るかが判断されます。
悪いことをしたら一発アウト!ですので、気をつけてくださいね。」
アウト!が楽しそうなんですが…。
そこまで言うと、受付嬢は咳払いをする。
「最後に一番大事なことを言います。」
冗談交じりの口調は落ち着いた声色に変わり、真剣な表情で彼女は告げた。
「自分の命は大切にして下さい。無茶をせず、危ないと思ったら依頼を諦めて、すぐに安全なところまで逃げて下さい。」
「えっ…。」
「私がここで働いて数年になりますが、今まで多くの冒険者の人を見てきました。
依頼を受けて、ここを出て行くのを何度も見て、帰ってくる人もいれば、帰ってこない人もいる。
危険と隣合わせなのが、冒険者というものだから…命だけは大切にしてください。
命以上に大切なものはありませんから…。」
受付嬢の言葉には強い意志がこもっており、本当にユートや他の冒険者を心配しているのだと感じ取れた。
「心配ありがとうございます。今の言葉、心に留めておきます。」
「うん!約束ですよ!
さぁ、以上でギルドについての説明は終わりです。細かいところは慣れれば分かると思うんで、何かあったら聞いて下さいね。」
その時、チリーンとどこかからベルが鳴り、低く太い声がギルド内に響き渡る。
「新人のタグが出来たぞ!取りに来い!」
「あっ、丁度いいタイミングで!ユートくんちょっと待っててね。」
そう言うと彼女は受付の奥に消えて行く。
何やら奥で男と話している声が聞こえるが、ユートの後ろでも冒険者達が新人について話しているのが聞こえてくる。
「新人?」「受付のあのガキだろ?」「声掛けるか?」「新人って男か?女か?」
様々な声が聞こえ、なんだか少し恥ずかしいと感じてしまうユートであった。
「お待たせー!」
奥から受付嬢が出てくると彼女の手には包みが握られている。
「これが、ユートくんの冒険者としての証ですよ。」
受付嬢から渡された包みを開けていくと、中には首から提げれるようにチェーンの付いた鈍く輝く小板が入っていた。
「これは?」
「認識票よ。名前が刻印されていて、材質によって等級が分かるようになっているわ。
頼めば名前以外も刻印できるようになっているけど、頼んでみますか?」
「それじゃ…いや、名前だけで大丈夫です。」
「そ、そっか。」
何か言おうとしてたけど、深くは聞かないでおこう。生きていれば言えないこともあるだろうから。
「今日はありがとうございました。これからよろしくお願いします。」
礼を言う彼の首元には認識票が鈍く輝いている。
「じゃ俺、掲示板で依頼見てきます。」
「はい!受けたいものがあったら言って下さいね!」
ユート・オラシルくん…か。彼がどんな冒険をしていくのか楽しみですね。
掲示板の前には冒険者が集まっており、ユートは一番後ろから依頼内容を見ることにした。
体格のいい冒険者が多いせいで、見辛いが魔物退治や害虫駆除、報酬の安いものから高額なものまで様々だ。
「いろんなのがあるんだなぁ。」
「ねぇ、あなた新人さん?」
後ろから突然声をかけられ、振り向くとそこにはフードを深く被った人物が立っていた。
こいつ、いつの間に後ろに⁉︎全く気配を感じなかったけど、アサシンか?
「驚かせちゃったかな?ごめんね。
あれ、君の目、光の加減で色が変わるんだ。面白いね。」
ユートの瞳は光を受け、青と緑、色の深さまで変化している。
目の前の人物はマントに身を包み、フードで顔は見えないが、その声は女性と思われた。
「何の用ですか?」
「素っ気無いなぁ。こんな格好じゃ警戒するのは当たり前だけど、剣から手を離してもらえないかな?私はあなたと戦いに来たんじゃないの。良ければ依頼を受けてくれない?」
「依頼?俺は今日、ギルドに登録したばかりだぞ?
そんな俺に何の依頼だよ?怪しいだろ。」
「ここじゃなんだし、詳しい話は外でしない?」
そう言った瞬間に彼女の姿が消え、耳元で囁くように声がする。
「それとも、受付の彼女ともっと一緒に居たいの?」
「お前、何者だ?」
ピッタリと背後に張り付く彼女に問うユート。
「あれ、私が悪い人だったら、今ので死んでるかもしれないのに意外と冷静だね。
ふーん、面白いね君。ますます気になっちゃったよ。
私の依頼受けてくれるんでしょ?付いてきて。」
ユートからすっと離れ、扉へ歩き出す謎の人物。
「おい、俺はまだ受けるとは言ってないぞ。」
「君は受けてくれるよ。だって、君の中でもう答えは出ているんだから。」
その言葉に何も言い返せず、しばらく彼女の後ろ姿をただ見つめていたユートは、大きなため息を一つして彼女のあとを追った。
扉が閉まると二人の様子を見ていた冒険者は、すごい新人が現れたと話を始め、ギルド内ではユートの話は広がっていった。
通行人を避けながら小走りで謎の人物に近付くユート。
「おい、どこに行くんだよ?」
「ん?町の入り口の近くに馬車があるからそこまで行くんだよ。依頼内容はその中でするから。
急がないと二人がうるさいんだよねー。」
「二人?」仲間がいるのか。
しばらく歩き、自分が泊まっているマリアの両親が営んでいた宿を通り過ぎ、町の入り口にやってきたユートは門の近くに一台の馬車が止めてあることに気付いた。
「あれか?」「うん、そうだよ。」
馬車まで辿り着くと、扉をトントンと二回叩く謎の人物。すると、中から女性の声が聞こえてくる。
「遅いですよ、シャル。師匠も待ちくたびれていますよ。」
扉が開き、そこから金色に輝く長い髪が綺麗な女性が顔を出す。女性というより少女に近いのかもしれない。
「あらっ?…あなたのその瞳。」
また目のことか。色が変わるのが珍しいからっていい加減にして欲しいな。
その少女はユートのことを見て一瞬、戸惑った様子だったが、すぐに状況を理解したのか「入って。」と二人に言う。
「お姉ちゃんの許可が下りたみたいだね。中に入って。紹介するから。」
何が何だか分からないが取り敢えず、今の女もかなりの手練れだとユートの勘がそう告げていた。
マントの人物に続いてユートは中に入る。
「お邪魔します。」
中は薄暗く、布製の日よけが窓から入る日光を遮っていた。
その隙間から入る光と天面に吊るされた燭台の蝋燭が中を照らし、何やら怪しげな雰囲気が漂っている。
ユートは入ってすぐの椅子に座り、そこにいる三人を見る。
隣に座るのは今まで一緒にいたマントに身を包んだ人物だ。
「よいしょっと。」
突然、マントを脱いだその人物は斜めに座る少女とそっくりな顔をしていた。そっくりというより、同じ顔で髪型も同じだった。
「ど、どういうことだよ。やっぱり、アサシンなのか?」
「驚いた?私達双子なの。私はシャルルって言うんだ。よろしくね!
で、こっちがお姉ちゃんのルミア。」
シャルルと名乗る少女の向かいに座るのはルミアというらしい。さっき扉を開けた少女で、シャルルに比べ、落ち着いた印象がある。
「はじめまして、ルミアと言います。よろしくお願いしますね。
では師匠、よろしくお願いします。」
ルミアの隣に座る女性、彼女も長く綺麗な輝く金色の髪をしていて、人形のような美しい顔立ちをしている。絶世の美女とは彼女の為にあると思うほどだ。
「うむ、私の番だな。はじめまして少年。私はエリザベスという者だ。ようこそ我が秘密の集会へ!」
誰も何も言わず、そこには静寂だけが広がっていた。
「…ルミア、この状況はどういうことです?彼は何の反応もしてくれないじゃない⁉︎
せっかく暗くして、演技して、秘密っぽい雰囲気も出したのに思ってたのと違うーー!!
普通ここは何かしら反応をするべきじゃない?あーー面白くない!!!」
「すみません。お師匠様は面白いことが好きなもので…。」
「え、何ですかこれ?」
全く状況が掴めないユートにエリザベスと名乗った女性の顔が近づく。女性らしい優しい香りがユートの鼻を刺激し、顔が熱くなっていく。
「秘密とか聞くとワクワクするでしょ?男の子なんだから。
もしかしてあれ?エロいやつの方が良かったの?どうなの?」
「もう、あんたは何なんだよ!」
その瞬間、互いの鼻先が触れ合うところまで近づいていたことに気付き、ユートの顔はさらに赤くなる。
男なら理性を保てるか分からない状況の中、ユートは彼女の瞳の魅力に飲み込まれ、息を飲んだ。
「ん?どうしたの?あ、もしかして、照れてるの?
まぁ、私ほど美しい女性を目の前にしては落ちない男などいないでしょうし…。」
「青い薔薇が…本当に綺麗な瞳をしてるな。思わず見惚れてたよ。」
エリザベスの瞳には青い薔薇があり、それは光を反射して、宝石のように輝いていた。
「なっ…⁉︎ほ、本気で言ってるの⁉︎」
エリザベスの顔はみるみる赤くなり、追い討ちをかけるようにユートの言葉が続く。
「あぁ!今までこんな綺麗なもの見たことないぜ。今も言ったけど、見惚れてあんたから目を離したくないと思ったぐらいだからな。」
その真っ直ぐな言葉と少年らしい元気で純粋無垢な笑顔がとどめの一撃になったらしい。
「こ、こんなに真っ直ぐ口説かれると…照れるので、やめてください…。」
顔を真っ赤に染めた彼女は、手で顔を隠し、恥ずかしそうにうずくまっている。
「実は、お師匠様は口説かれたことがあまりないので、こういうことに慣れていないのです。
どちらかというと、恐れられる方なので…。」
ルミアが微笑みながら、ユートに告げる。
うん?口説くって何のことだ?
ユートは自分の言ったことを思い出してみると、あることに気付いてしまった。
俺、完全に口説いてるじゃねぇかーー!!このままじゃマズイ…誤解を解かないと…。
「ち、違うんだ。今のは…そう!つい興奮して…。」
……って違ーーーーーーう!!!俺が言いたいのはそういうことじゃないんだ。
「気持ち悪い…。」
隣から聞こえた低い声は少年にはあまりにも残酷で容赦なく、彼の心を傷付けた。
シャルルに目を向けると彼女は、完全にゴミや動物の糞でも見るような冷たい感情のない目でこちらを見ていた。
ルミアはというと、この状況を楽しんでるのか俺を嘲っているのか、どちらにしろ笑顔を崩さないので何を考えているのかさっぱりわからない。
俺の向かいの絶世の美女は勘違いしたまま、こちらをチラチラ見ては照れるを繰り返している。
はぁ、この依頼辞めるかな…と考えた瞬間、パンと叩く音が響いた。
それはエリザベスが頬を手で叩いた音だった。
もう、照れて赤いのか叩いて赤いのか分からなくなっている。
「まぁ、この話はまた後ほどゆっくりと話すことにするわ。
では、本題に移るとしましょう。ルミア、お願い。」
ため息を吐き、ユートはその声の主人エリザベスに顔を向ける。
さっきまでの恋する乙女の表情から打って変わり、その顔から笑みは消え、鋭い眼差しは獣を狩る狩人のようだ。
「はい、お師匠様。切り替えが早いですね。
ユートくん、今回の依頼についてシャルルから何か聞いてる?」
「えっ、いや何も聞いてないけど。」
ユートの返答を聞いたルミアはため息を吐き、妹を睨む。
そんな妹は怒られるのを分かっていたのかどうにかして誤魔化そうと、とぼけた顔でルミアから目を逸らし、合わせようとはしない。まるで子供のようだ。
絶対に目を合わせようとしない妹に対し、姉はジッと睨み続ける。
「何してんだ?」呆れたユートはシャルルに声をかける。
「うるさいわね。キモいのが移るから話しかけないで、気持ち悪い。」
「だから、あれは違うって言ってんだろ!てか、二回もキモいって言うな!しかも移らねぇよ!」
「え、惚れたって言ってたのに…。」
目に涙を溜め、聞いてくるエリザベスに焦ったユートは言葉を必死で訂正する。
さっきまでの目つきはどうしたのか、全くこの人のことがわからないとユートは心の中で思った。
「はぁ、もういいです。お師匠様、話を続けますよ。」
場を収拾しようと、ルミアが声をかける。
「う、うん…お願い。」
涙目で頷くエリザベス。この可愛い人は一体、何歳なんだ⁉︎いや、そんなことより、ルミアさんありがとう!
「今回の依頼は古老の森の調査と私達の護衛です。」
「え、古老の森って…。」思わず、声が出たユートに頷くルミア。
「そう、あなた方が倒した森を支配していた魔物、私達は森の主人と呼んでいます。
まぁ呼び名は何でもいいんですが、その魔物が倒されたことにより、森の調査、行方不明者の捜索が可能になったということです。」
あなた方か…どこまで知ってるのか。というか、もう話が広がってるのか。
しかし、あれが死んだのは昨日なのに、もう調査が始まるのか。
「随分と早いんだな。あれが死んだのは昨日だぜ。」
「えぇ。なので、調査に割ける人手もあまりいないので、私達も調査に同行することにしたのです。
そこで、ユートくんには私達の護衛をして欲しいと…。」
「いらねぇだろ。」「え?」ユートの言葉に三人が同時に驚く。
「いや、あんたら、十分強いだろ?俺より強いのに、俺が護衛する必要ねぇだろってこと。」
「君、見ただけで相手の力量が分かるの?」
隣に座るシャルルが身を乗り出して聞いてくるので、距離がかなり近づき、顔が赤くなるユート。
「ま、まぁな。戦わなくても大体のことは見ただけで分かるよ。」
「ふーん、じゃ決まり!君も同行して。」
「は?だから、俺より強いのに守ってもらう必要ないだろって。」
「君の意思は関係ないの。私がついて来て欲しいってこと。お師匠様、お姉ちゃんいいよね?」
「私はそのつもりよ。お師匠様はどうですか?」
「私が拒むはずないでしょ?」
「じゃー決まりね!」
俺の意思とは関係なしに話が進んでいく…。まぁ、一緒に行くぐらいならいいか。
というか、シャルルの態度の変わりようは何なんだ?三人のことがイマイチ掴めないユートであった。
馬車が古老の森に向かって走り出して、しばらく経った頃、ユートは気になっていたことを聞いてみた。
「なぁ、あんたらって何者なんだ?
この馬車といい、着ているものといい、上流階級のお嬢様ってとこだろ?
ただ、そんなお嬢様が森の調査に行く筈がない。
それに、一瞬の隙も見せないところを見ると、お嬢様って感じでもないんだけど。」
ルミアは青いドレス、シャルルは白いドレス、エリザベスは赤いドレスに身を包んでおり、どれも汚れひとつなく、生地には綺麗な金の刺繍が施されている。
「観察眼も持ち合わせてるのね。ルミア、この子になら話してもいいんじゃないかしら?
いずれ話すことになるし、これから長い付き合いになるのだから。」
「お師匠様、まさかユートくんを?」
ん?気になる発言ばかりだけど、長い付き合いって何のことだ?
「はぁ、彼のことを相当気に入ってるんですね。まぁ、素質はあると思いますけれど。」
「もちろんよ。私の弟子になるには十分じゃないかしら?それに、ユートくんは綺麗な目をしているもの。」
「ふふっ、そうですね。」
エリザベスとルミアの会話を聞いていたユートは状況が掴めず、会話の進み具合に頭が追いついてこない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!俺を弟子にするって、どういうことだよ?」
「あー、こいつに決まったんだ。」
こいつ⁉︎…シャルルの俺への態度の悪さも気になるけど今はどうでもいい。そんなことより、勝手に弟子にされちゃ困る。
「まぁ、その話は後ほど二人で話して下さい。もうすぐ、着きますよ。」
えぇ⁉︎話の内容がすごく気になるんだけど!俺の今後に関わってくることなんだけど!というか、結局この人達のこと、全く分からないままかよ…。
ユートは釈然としない気持ちで、窓の外を見ると、森の周辺には鎧に身を包んだ人が数十人かいて、魔物が入ってこないように警備しているように見える。
他にも冒険者と思われる姿もあり、この調査の規模がかなり大きいことが予想できた。
ルミアは、調査の人手が少ないと言ってたけど、見た感じ百人近い人数がいるし、森の調査には十分じゃないのか?
そんなことを考えていると、馬車が止まり、外から声が聞こえてきた。
「到着しました。周りの安全は確認済みです。魔物、魔力の痕跡なし、結界も張っております。」
「分かりました。では、敵陣へ参りましょうか。」
ルミアはそういうと扉を開け、外へ出て行く。日光に照らされた彼女の髪は輝き、風に揺れている。
続いて、エリザベスが外へ出る。すると、隣からシャルルの声がした。
「ほら、さっさと行こ。」「あ、あぁ。」
今の敵陣という言葉が引っかかるけど、依頼を受けたからにはついて行くしかないか。強引にだけど。
ユートが二人の後に続いて出て行くと、窓から見た時と同じように周囲にはかなりの人数が森に入る準備をしている。
「ルミア様、準備が整いました。いつでも始められます。」
全身を鎧で武装した人物がルミアに跪き、彼女の号令を待っている。
彼だけではなく、その場にいる全ての人間が彼女に注目していた。
「なぁ、ルミアって何者なんだ?」シャルルの耳元で囁くユート。それを聞いてニヤリと笑うシャルルは同じように小声で答える。
「いずれ分かるよ。楽しみにしててね。」
「お前なぁ…。まぁいいや、大体予想は出来る。」
ユートも彼らと同じようにルミアを見つめた。彼女はその場の全員の顔を覚えるようにゆっくりと見回していく。そして、一呼吸置いて、その声を響かせる。
「皆さん、今日はよく集まってくれました。まずはそのことに感謝します。
この場所は長い間、魔物に支配され、足を踏み入れた者は命を奪われた危険な場所でしたが、ある冒険者達によって、魔物は倒され、再び我ら人の手に戻ってきました。
しかし、完全に取り戻したわけではありません。未だ行方不明者の安否は確認できず、苦しんでいる者も多いのが現状です。
今日は家族、友人、恋人を奪われ、悲しみにくれる人々を少しでも救えるよう行方不明者の捜索、そして森の調査を行います。
森には未だ魔物が巣食っているため、十分注意し、行動して下さい。では、調査開始!!」
それと同時にその場の全員が拳を天に突き上げ、「おーーーー!!!!」と声を上げる。
「皆さん、これは戦争ではないので、もう少し気を緩めて下さい。これでは私も緊張してしまいます。」
ルミアの言葉に笑いが溢れ、場の緊張した空気は一気にほつれていく。
「凄い…。あれだけの人数の緊張を解くなんて…。」
呆気に取られるユートにシャルルが言った。
「流石お姉ちゃん、でしょ?お姉ちゃんは民を愛し、民に愛されてるからこんなことが出来るんだよ。
王の器に相応しい人間なの。」
シャルルの横顔はどこか寂しそうで、悔しそうで、誇らしげだった。
「ふーん、王の器ねぇ。」
手で顔を扇ぎながら、ルミアはこちらを向いた。その顔は少し赤く、緊張しているように見える。
「やはり緊張してしまいますね。未だに慣れません。」
「お疲れ様、お姉ちゃん!かっこよかったよ!」
「うふふっ、ありがとうシャル。それでは、行きましょうか。」
森の中は気持ち悪い形の木々が日光を遮り、薄暗く、ジメジメとした蒸し暑さで歩くたびに汗が体を伝って流れ落ちていく。
道と呼べるものはなく、鬱蒼と茂る植物を切り開きながら歩くユートはこの蒸し暑さとは別の熱さに悩まされていた。
「離れて欲しいんだけど?」「ん?お前は私達の護衛でしょ。だから、それは出来ないわね。」
この赤いドレスに身を包んだ美しい金髪の女性、エリザベスがべったりとくっつき離れてくれないのだ。
そして、彼女の魅惑的な体から伝わる熱さと腕に当たる大きく柔らかい胸の感触が彼の思考を乱れさせる。
お陰で周りから変な目で見られ、噂をされる始末だ。
ルミアとシャルルは前を歩いており、彼女らとの関係についても勝手な噂が飛び交っている。
全く、冒険者ってのは噂好きが多いのか?
「周りが気になるのかしら?」
エリザベスが顔を覗き込んできて、彼女の香りがふわっとユートを包む。
上目遣いでこちらに向けられる青い薔薇に、ユートは目を逸らす。
「気にするなってのが無理な話だろ。」
「確かにその通りね。」
そう言って笑う彼女を横目に捉えながら、薄暗い森を進んでいく。
時折、ルミアの元に血塗れの男が駆け寄っては何か話している様子だが、あれは先に進んで魔物を狩ってる連中だとエリザベスが話してくれた。
森に入って暫く歩いて行くと、開けた場所に出た。
陽の光は真上に近くなっており、お昼時だろうと腹の虫も教えている。
「緊張感がないんですね。それとも、余裕の表れかしら?」
「余裕があるように見えるのか?魔物は先に進んだ奴らが倒してくれてるからな。緊張感も無くなるさ。」
「お陰で死体を避けながら、血生臭い森を歩く羽目になりましたけど。」
「お師匠様、そのお陰で安全に通れたのですから、感謝するべきですよ。」
金髪を靡かせ、現れたのはルミアだった。
「うちの弟子は手厳しいわね。ちょっと愚痴をこぼしただけなのに。」
どっちが師匠か分からないな。口に出すと面倒なことになりそうなので心に止めるだけにしよう。
「皆さん作業に入られましたので、すぐに見つかると思いますよ。
もう少し、我慢して下さい。」
「そう。しかし、森全体となると今日だけでは足りないわね。」
「えぇ、仕方ありませんね。」
ルミアとエリザベスの訳の分からない会話に入るべきか悩むユート。その時、男の声が森に響き渡る。
「見つかったぞーーー!!!」
その声の元へ駆け寄って行く人々に呆気にとられ、何があったのか分からないユートは目を丸くしてルミアに何事か訊ねると、ただ「私達も行きましょうか。」と笑顔で答えるだけだった。
人だかりの中は大きな穴があり、男性が二人でそこを掘っている。
そこに集まった人は口々に「何人だ?」だの「まだたくさん出てくるぞ。」だの囁いている。
嫌な予感を抱えながらユートはその穴を覗き込む。
「何だよ、これ…。」
真っ青になった彼が見つめる穴には人骨と思われるカケラがいくつも埋もれていた。
思われるというのは形を保っているものがないため、ユートにはそう考える他なかったからだ。
衣服の布切れや装飾品…血で汚れているが、彼ら彼女らの遺品も出てきている。
「こっちからも出たぞ!」「こっちも見つけた!」「綺麗な仏さんだ!」
あちこちで声が聞こえ、ユートの頭は混乱していた。
森の様々な場所から人骨が見つかったってことはどういうことだ?まさか、この下には…。
「何人…いるんだ。」
「バラバラになっているため正確な数字は分かりませんが、調べただけでも行方不明者は数百人になります。もちろん、この数字は分かっているだけでということです。」
ユートの隣にいたルミアの声には感情が感じ取れなかった。
「つまり、分かっていないだけで、もっといると…そういうことか。」
ルミアは少し黙り込み、短く「そうです。」とだけ答える。
「……そうか。」
ルミアの隣からスッと離れ、ユートは一人どこかに行ってしまう。
「護衛対象を置いて、どこかへ行ってしまうなんて。依頼失敗と判断されても知りませんよ。全く、仕方のない人ですね。」
この下にも、この下にも…ここにも、ここにも…。
どこへ向かうわけでもなく、ゆっくりと歩くユートは地面を踏みしめながら、考え事に耽っていた。
もっと早く行っていれば…俺が何かできるはずがないか。
なぜ、死ななければ、殺されなければいけなかったのか。本当に助けることはできなかったのか。
俺に、もっと力があれば…。
「きっと、マリアの両親も…。」
「マリア?ユートくんの彼女ですか?」
突然、聞こえた声にびっくりしたユートはそちらを振り向く。
「なんだ、ルミアか。」
そこには頭を傾け、今の質問の答えを待ってる少女の姿があった。
「はぁ…もしかして、助けられたんじゃとか思ってます?」
「そんなんじゃねぇよ。」
嘘をついた。だが、ルミアは俺の嘘を分かっているだろうな。
こちらに向かって歩いてきて、ユートの背後に回ったルミアは背中合わせにもたれかかってくる。
「ちょっ⁉︎ルミア、どうしたんだよ?」
「多分、ユートくんは私のことを冷たい人間だと思っているんでしょうね。」
「えっ⁉︎」図星だった。確かに俺はルミアにそういう印象を持っている。
「ですが、私もあなたと同じ気持ちなのですよ。多分ですが…。
立場上、少し変わりますが、何かできたんじゃないか、助けられたんじゃないか、ずっと考えてしまいます。もっと強くなれれば…と。」
「そうだったんだな。」
「えぇ、考えれば考えるほど押し潰されてしまいそうになります。」
そうだったのか、ルミアも俺と同じじゃないか。俺が勝手に思い込んでいただけだったらしい。
「なので、あなたに私の重みを預けます。あなたも私に重みを預けて下さい。
二人で支え合えば、きっと、より強くなれるはずですから。」
彼女の重みを背中に感じると、自分の感じていた重みがスッと軽くなったような気がした。
心の中のグチャグチャが消えていくと、自然と笑みがこぼれる。
「重みを預けても体重は減らねぇぜ。」
「まぁ、失礼な人ですね!女性に対してそんなことを言うなんて!」
「いてぇ!!」背中を叩かれ痛みが走り、前に転けそうになるユート。
彼女を振り返ると腕を組んで、口を尖らせている。どうやら怒ったらしい。
困ったユートは、頭を掻きながら、一言「ごめん。」と謝ると、彼女はイタズラが成功した子供のような笑顔を見せた。
「あははっ、いいですよ。」
彼女の笑顔を見た時、なぜか俺まで笑ってしまった。
「なぜ、あなたまで笑うんですか?」
「なぜって、そうだな…。さっきまでと違って、ルミアが本当に楽しそうに笑ってるように見えてさ。
ルミアの本当の笑顔を見た気がして、なんか嬉しくなったんだよ。」
「そ、そうですか。」
一瞬、目を大きく見開き、頬を紅潮させたルミアはまるで隠すように顔を俯ける。
な、何なんですか⁉︎そんなこと言われたの初めてです。
私らしくなんて考えたこともありませんでした。そんなところを見てくれていたなんて…。
「な、何だ⁉︎どうしたんだよ?」
ユートが俯く彼女の顔を覗き込もうとすると、慌てて顔を逸らし、ブンブン顔を横に振る。
「なんでもありません!」
「そ、そうか。大丈夫ならいいんだけど。」困ったように頭を掻くユート。
困ると頭を掻くのが、癖なのかしら?……はぁ、私ったら何を考えているのかしら。
お師匠様の気持ちが少し分かった気がします…。
乙女をこんな気持ちにするなんて…全く、どうしようもない人ですね。
「お姉ちゃんもユートもどこ行ったんだろう?」
シャルルは辺りを見回すが、どこにも彼らの姿は確認できない。
「全く、護衛任務はどうしたんですかね。これは依頼報酬なしでいいんじゃないでしょうか。
ねぇ、お師匠様?…お師匠様?」
エリザベスの返答はなく、彼女を見ると、何やら呟いている。
「ルミアとユートくんが二人だけで…まさか…まさかね。
ユートくんに限って間違いがあるはずないわ…そうよ、そうに決まってる。」
「聞こえてないみたいですね。どうしてそんなに好きになったのかわかんないけど、自分の存在と年齢をちょっとは考えた方がいいんじゃないでしょうか。」
思わず本音が出てしまうシャルルの肩にポンと手が置かれる。白い透き通るような美しい手はよく知るものだった。
「シャル、聞こえているわよ…。年齢が、何ですって?」
冷たい殺気を感じ、体をビクッと震わせたシャルルはゆっくりと後ろを振り返る。
輝く青い薔薇の瞳がこちらをジッと見つめ、ニヤッと笑う。
肩に置かれた手に力が入れられ、白い顔が近づいてくる。
「もう一度聞くわよ。年齢が…何かしら?」
瞬き一つしない瞳はシャルルの目を見つめながら、ゆっくり近づいてくる。
動けず、ガタガタと体が震え、冷や汗がどんどん出てくる。まさに蛇に睨まれた蛙のようだ。
「お、お師匠様ぁ…落ち着いてぇ…。」
「何してんだよ?」
天の助けかイタズラか、どちらかはわからないが、シャルルを救ったのは、ユートだった。
しかし、彼のすぐ側にはルミアの姿があった。
「二人ともどうしたんですか?」
「お、お姉ちゃん、どうしてそいつと一緒なの?」
「え、どうしてって…ユートくんは私達の護衛ですよ。一緒にいるのは当然のことでしょ。」
「まぁそれはそうなんだけど。」
「ルミア…抜け駆けとは隅に置けませんね。」
「わ、私はそんなつもりはありませんよ⁉︎」
何か揉めてんのかな。と三人を見つめるユートはこの状況の中心に自分の存在があることを全く自覚していないのであった。
深い闇に飲まれ光を失った森を進むと、彼らを誘うようにぽっかりと空間が口を開けていた。
そこには黒い水に満たされた沼があり、周りを踊り狂う木々が囲んでいる気味の悪い場所だった。
静寂と闇に支配され、風に揺れる葉の音も虫の声も聞こえず、生き物の存在を全く感じない。
それどころか魔物の姿もなく、声すらここには届いてこない。
近付いてはいけないと感じつつも、足が進んでしまう。
ぬかるんだ地面を踏みしめ、グニュっと気持ちの悪い感触が足に伝わってくる。
「沼、だけか。この辺りには魔物はいねぇし戻ろうぜ。」
「そうだな。気味の悪りぃ場所だ…。音がしねぇし、生き物の気配もねぇ。まるで、ここを避けてるみたいだ。」
「あぁ、魔物すら寄りつかねぇってことは相当やばいとこなんじゃねぇか。」
三人の冒険者は不安と恐怖に駆られ、一刻も早くここを離れるべきだと感じていた。
「変なこと言うんじゃねぇよ!とにかく、早く戻ろうぜ。」
トプンッ…。水の音が静寂の中に響く。踏み出した足が固まり、汗が体を流れる。
冒険者の一人が沼を振り返る。腰の剣に伸ばした手が震え、恐怖で瞼は大きく見開かれている。
沼は波すら立っていない…。周りは…魔物の姿は見えない…。
「気のせい…か。」
大きなため息と共に肩の力も抜けていく。
「驚かせんなよ…。」「行こうぜ。」
トプンッ…。その場を離れようとした彼らの耳にまた水の音が聞こえる。
三人の冒険者は同時に沼を見るが、何もおかしいところはない。
「い、一体何なんだ⁉︎」
「おい、あれ…泡か?」冒険者の一人が沼を指差す。
沼の中央、底から小さい泡に混じって、大きな泡が水面で弾け、トプンッと音を響かせている。
その音だったのか。安心して目を閉じた瞬間、沼を指指していた冒険者が「あぁっ!」と低く唸るような声を上げた。
「どうした?」と目を開け、彼を見ると体がガタガタと震え、何が起こったのか分からず、恐怖で顔が歪んでいるようだ。
震える冒険者から「指が…。」と声がこぼれる。
何事かと彼の顔から腕、指の方へ視線を動かしていく。
何もないじゃないか。いや、ちょっと待て…。
彼の手にはあるはずの指が欠けていた。さっきまで沼を指していた人差し指が無くなっているのだ。
どうなっている…何故、指が消えたんだ⁉︎
視線を地面に向けると、そこには彼の指が落ちていた。
「おい、下に指が…。」
そこから言葉が途切れ、目の前の異常な光景に頭が真っ白になり、言葉が出てこない。
確かにさっきまで目の前の冒険者の体は人の形を保っていたし、絶対に生きていた。だが、瞬きをした一瞬のうちに、彼の体はパズルのようにバラバラに崩れていき、人の形を保てなくなったそれは、小さな肉塊へと姿を変えた。
目の前に転がる赤く小さな欠片と足下に広がる血溜まり。
何だ…。何が起こった…。一体、何が…。
混乱、不安、恐怖…様々な感情が頭の中を駆け巡る。
体の震えが止まらず、気持ち悪さが腹の底から沸き上がり、口から吐き出される。
吐き気が収まらず、血溜まりに吐瀉物が広がっていく。
もう一人の冒険者は歯をカチカチ言わせながら、目を見開き、尿を垂れ流している。
頭の中は整理がつかず、状況は分からないが、こういう時にどうするかは決まっている。
とにかく逃げなければならない…!
「おい…さっさと逃げ…。」
長い触手の先端が口のように大きく開き、もう一人の冒険者を飲み込むのが見える。
それは上半身を咥えると、沼の中に冒険者を引きずり込んでいく。
小さく彼が助けを求めるのが聞こえたが、突然のことで身動きすら取れない。
何だ今のは?
「虫ケラノ分際デ私ニ指ヲ向ケ、サラニハ汚ラワシイモノマデ晒ストハ、死デ贖エルダケ有難イト思イナサイ。」
人の、女の声?…沼の中から聞こえる。
静寂の中に声が聞こえ、最後の冒険者は沼に目を向けると、動き一つない水面から頭部らしきものが現れる。
闇に覆われてはっきりとは見えないが、それは間違いなく頭部だと分かる。なぜなら、そこには赤く光る瞳が見えるからだ。
しかし、その瞳は二つではなく、三つあり、こちらを見つめている。
波一つ立てず、水面に浮かび上がるそれは、人間の女性らしい身体つきをしているが、背中には触手を蠢かせている。
「私ノ子ガ殺サレタノダケド、モシカシテ…オ前ガ殺ッタノ?」
甲高い声が狂った発音でこちらに問いかけてくるがそれの感情は分からない。だが、何か楽しんでいるように感じられ、嫌な予感がした。
「いや、違う…俺は何も知らない!」
「ソウ、カ…。」
上ずったような声でそう言ったそれはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
明らかに人間ではないそれがこちらに近付いて来るたび、寒気が走り、体が氷のように冷たくなっていくような気がした。
冒険者は目を閉じ、心を決める。
俺は殺されるだろう。さっきの二人のように…覚悟はできている。
だが、ただで殺されたりはしない!あいつらの仇は取ってやる!
あいつはまだこちらに向かって来てる筈だ。剣を手に取り、目を開く。
しかし、その姿はどこにもなく、今まで感じていた寒気もなくなっていた。
「いない…。助かったのか?」
冒険者は地面に座り込み、大きく息を吐く。俺は生きている…。
そう感じると自然と涙が出てきて、さっきまでの覚悟が嘘のように消えていく。
「すまねぇ、お前ら。だが、良かった…。」
ザッ…。地面を歩く音が聞こえ、心臓が止まったように感じた。
目を見開き周りを見渡す。汗が吹き出し、さっきまでの恐怖が思い出され、歯がカチカチ音を立てるほど体が震えてくる。
ザッ、ザッ、ザッ…様々な方向から聞こえてくる音は、さらに恐怖を駆り立て、冒険者は立ち上がり剣を振り回す。
「ど、何処にいる!姿を、見せやがれ!!」
息切れするまで振り回した剣は一度も奴に触れた感覚はなく、周りでは足音がずっと響いている。
どういうことだ⁉︎奴は何処にいるんだ?
「ケケケッ…。面白イ踊リヲ見セテ貰ッタワ。」
「…は?」
頭上を見上げた冒険者は自分の頭のすぐそこに奴がいたことに気付いた。
奴は木の枝に逆さの状態で立っていた。
目を丸くして、それを見上げる冒険者に再び音が聞こえる。
ザッ、ザッ、ザッ…今度は奴の口から聞こえている。その耳まで裂けた口は器用に歩く音を奏でている。
「口真似?」声が裏返る冒険者。
「それじゃ、さっきまでの音は…耳元で。」再び、涙が流れ落ちる。
「余興ヨ。ダケド、モート踊ッテ貰オウカシラー!」
真上にいるそいつはフッ…と口から粉を噴き出し、それが冒険者の降りかかる。
白い粉はまるで雪のようで、暗い中でもキラキラと輝いている。
「苦シンデ死ニナサイ。最後マデ楽シミタイカラ、ネ。」
目の前に奴の顔がある。今まで見えなかった顔がはっきりと見える。
皮膚は緑色で血管のようなものが顔中に走っている。まるで葉の表面を走る葉脈のようだ。
大きく耳まで裂けた口から漏れる息は生物が腐ったような臭いがする。
そして、赤く光る三つの目がこちらを楽しそうに見下ろしている。
にんまりと気味の悪い笑顔から、くくくっ…と声がしている。
「化け物め…。」
「……何カ、言ッタカシラ?」
一瞬、目の前を何かが通り過ぎたように見えたが、次の瞬間、冒険者の口から赤い液体が溢れ、激しい痛みが顔を歪めさせる。
口も舌も感覚が無く、思うように動かない。
「マァ、舌ヲ失イ、口ガ裂カレテハ何モ喋レナイデショウケド。ケケケッ…。」
奴が長い指の先でびらびらと揺らしながら、摘んで見せたのは舌だった。
痛みで思考が回らない冒険者は体が沸騰していくような熱さに、その場に崩れ落ちる。
もがき苦しむ彼の皮膚は泡立つように膨れ上がり、血液がボコボコと沸騰している。
「毒ガ効イテキタミタイネ。サァ、最高ノ輝キヲ見セテミナサイ!!」
沸騰したそれは限界まで膨れ上がり、弾け飛ぶ。
蒸気と共に吹き飛んだ血液が、真っ赤な舞台を作り上げた。
「最ッ高ノ余興ダワ!褒メテアゲルワ、有リ難ク思イナサイ。」
木の枝から離れたそれは、赤い絨毯の上に降り立ち、ニコニコと笑っている。
「余興ハココマデ…サァ、ショーノ幕開ケヨ!最高ノ舞台ヲ見セテ貰イマショウカ!!」
両腕を大きく広げ、叫んだ甲高い声は不気味に木霊して闇に消えていく。
はい、どうもです。
3話まで書き溜めてあるので、早速続きの方上げますので、短いですがこの辺で。
今後もよろしくお願いします!