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「起きろ――――――起きろって、ばぁ――――――!!」
千夜のすぐそばで叫ぶ優人。
優人は千夜が潜っていた布団を勢いよく取り上げた。
「んんっ……あと五分……。」
そういいながら千夜は残された枕を抱きしめる。
起こそうと思い布団を奪った優人はそんな千夜を呆れた顔で見ていた。
そして、大きなため息をつくとカチカチッと千夜の目覚ましをいじる。
そして千夜の顔の目の前に目覚ましを起き、スイッチを押した。
ピピピピッ!ピピピピッ! と千夜の耳元に目覚まし時計の音がうるさく響いてくる。
(う、うるさい!!)
目覚ましを止めようとする千夜だけれど、優人はとっさに目覚ましを奪い、すぐさま千夜の耳元に目覚ましを寄せた。
「あぁ~~~もう、うるさ――――い!!」
あまりの煩さに勢いよく起き上がる千夜。
優人はそんな千夜を冷たい目で見ながら目覚ましを止め、自身のスマホの画面を千夜に突きつけた。
「時間見て!」
優人に言われた通り千夜はスマホの画面を見て現在の時刻を見た。
そこに表示されている現在時刻は8時50分。
その時刻を見て千夜の顔は青ざめていく。
「う、嘘っ!!もうこんな時間っ!?優人君、どうしてもっと早く起こしてくれなかったの!?」
優人の肩を掴み詰め寄る千夜。
そんな千夜にあきれた顔を向ける優人。
そして大きなため息を吐いた後千夜の頬を引っ張り始めた。
「何度も起こしたよ!!っていうか、そもそももう高校生だから一人で起きれるって言ってたの、どこの誰だっけ!?」
「い、いひゃい……いひゃいよひほほふん……!」
「全く……」と言いながら優人は千夜の頬から手を放し、目覚ましをもと会った場所に戻した。
そして、少しだけ冷たい目で千夜を見下ろし始めた。
「待ち合わせの時間になっても来ないからどうせ起きてないんだろうなって思ってきてみて正解だったよ。っていうかさ、女子寮に忍び込まなきゃなんない俺の気持ちわかる!?」
「うっ……ご、ごめんなさい。」
頬をさすりながら自身の非を認め謝る千夜。
そう、京都での修学旅行の非からもうずいぶんと時は流れ、中学三年生だった二人は今日、真誠学園の生徒として高校生活をスタートしようとしていた。
そして真誠学園の入学式は本日の9時から行われる。
つまりはあと10分ほどで入学式が始まってしまうのだ。
全寮制の真誠学園は入寮が5日前にあり、その際にクラス分けと出席番号が発表されている。
その為一度教室へ赴き、そこから体育館へ行くというシステムではなく、直接体育館へ行くというシステムなのだけが、どのみち後十分以内に学園内へ行くことは不可能だった。
「ど、どうしよう、優人君……。」
不安げな声で優人に問いかける千夜。
そんな千夜に優人は頭をかきながら返答をする。
「どうしようもこうしようも極力急いでいくしかないよ。」
「……そうだよね、わかった。」
とりあえず自分のすべきことが明白にわかった千夜は優人の言葉通りすぐさま準備を始めようと自身のパジャマのボタンに手をかけ始める。
「え……。」
その行動に驚く優人。
しかし優人の驚きをなど気にも留めず千夜は上から一つ、二つとパジャマのボタンを急いで外していく。
「ちょ、ちょっと待った――――!!」
大きな声をあげて千夜のパジャマの襟元をくっつける優人。
その優人の顔は熟したリンゴのように真っ赤だった。
「ひ、優人君?どうしたの!?」
何故襟元を掴まれているのかわからない千夜は不思議そうに問いかける。
優人はそんな千夜に顔を赤らめながら怒鳴りつけた。
「どうしたのじゃないって!!何でいつもいつも平気で着替えようとするんだよ!いつも言ってるだろ!?俺、男なんだって!!」
「だ、だって、急がなきゃいけないし、優人君だから別にいいかなって……」
「良くないよ!!っていうかいいわけないから!!いい!?いくら千夜が胸があるかないかわかんないくらいのサイズでも、男の前でそういうのはよくないんだって!」
必死に千夜の愚行を止めようとする優人の言葉。
そんな優人の言葉に千夜は苛立ちを覚えた。
(……あるか無いかわかんないくらいのサイズ?)
それはひそかに千夜が気にしている事であり、コンプレックスである。
「ってこら、千夜!!脱ごうとするな!!!」
優人の言葉を受けた千夜は優人の言葉に自棄になり、パジャマのボタンをどんどん外していく。
「別にどうせあるか無いかわかんない胸だし、別に気にすることないでしょ?」
とげとげしく言葉を吐きながら無理にでも着替えようとする千夜。
それはさながら駄目と言われて駄目なことをやりたがる小学生のようだ。
「ばっ……!ムキになるなよ!!」
「なってない!」
明らかにムキになっている千夜だが、それをさらに指摘されたことでいっそうムキになってしまう。
もう何が何でもこのまま着替えてやる。
そう意固地になりながら着替えを進めていく千夜。
そんな千夜を見かねた優人は「なってるだろ!!」と言いながら千夜の手首をつかみ、そのまま千夜をベッドへと押し倒してしまう。
「なっ……。」
突然手首を掴まれ、押し倒されたことに驚く千夜。
そんな千夜の顔をまっすぐ見つめ、真剣な表情を浮かべる優人の顔を千夜もまっすぐ見つめた。
真剣な優人を見ているとどこか恥ずかしくなり、顔が熱くなってくる。
「は……離して……優人君……。」
しっかりとつかまれた手首はビクともしない。
力強い手に突然優人が男であるという事を意識させられたのか、行けない事をしているというのが感覚的にわかった。
……この体勢はまずい。
そう思わずにはいられなかった。
「……じゃあ、俺が部屋から出るまでは着替えない?」
男だと意識し始めたせいか真剣な優人から紡がれる声がひどく男の人のものだと意識させられ、またもくすぐったいような、恥ずかしいような、そんな感情になってくる。
少し恥ずかしくなった千夜は優人から目をそらしながら優人の問いに答えた。
「き、着替えない。着替えないから……。」
「……もう、約束だよ?」
ため息をつきながら優人はそっと千夜の手首を離し、起き上がった。
「大体さ、いくら下にキャミソールを着てるからって男の前で着替えるのは―――――――っ!!」
説教をし始めた優人が突如顔を赤らめ、説教をやめる。
突然のことに驚き、千夜は首をかしげて優人の名を読んだ。
「優人君……?どうかしたの?」
ベッドに倒れこんでいた千夜も上体を起こし、優人に問いかける。
その瞬間、優人は千夜から飛びのき、千夜に体を向けたまま部屋の扉までバックしていった。
扉にはドンっ!と大きな音が立つほど勢い良くぶつかり、いっそう千夜は首を傾げた。
「ほ、本当にどうしたの?」
何が起きているかわからずに首をかしげる千夜に優人は指をさし、
顔を赤らめたまま話し出した。
「お、おまっ……!!!そそそそ、それっ……!ななな、何でっ……!?」
動揺しながら優人が言う言葉が理解できず、とりあえずそれといわれたものに視線を移してみる。
その時「あ……」と千夜はある事に気づいた。
……そうだ、キャミソールを着ていないのだ、と。
いつもはあるかないかわからない旨の為、いつもブラを着けず、キャミソールを着用していた。
しかし、高校生になってもそれは流石にまずいと弟に指摘され、プレゼントされたブラを今日はつけていた。
「千夜の馬鹿ぁぁぁぁあ!!!!!」
顔を真っ赤に染めて大声をあげ、勢い良く扉を開けた後、バンッ!!と激しく扉を閉めて優人は千夜の部屋を出て行った。
「……さ、流石にこれはまずかったかな……。」
長年幼馴染をやっていると弟と対応があまり変わらなくなるというのが千夜の中での感情だった。
弟の前では普通にキャミソールで動き回っていたし、それをはしたないといわれることもなかったもので優人といるときもあまり気にしないという、そんな感じになっていた。
「え、えっと、ご、ごめんね?優人君。」
扉に近寄り優人に謝罪をする。
「早く着替えて出てきて!じゃないと置いてくから!!」
恥ずかしそうにしているのが扉越しにもわかる。
そんな優人に少し罪悪感を抱いてしまう。
だけど、下着は変われどないかわからない胸を見たところでそんなに恥ずかしがらなくてもいいのではと思いつつ、千夜は急いで着替えた。