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八木邸への入場を決めた二人は入場券を買うとついてくる抹茶とお茶菓子をいただき、八木邸に入り語り部さんの話で新撰組についてをたくさん聞いた。
あまり勉強っぽいことが好きではない優人だけれど、語り部さんの言葉をひどく真剣に聞いている姿を見て千夜はすこし胸をなでおろした。
本当は嫌なのに無理やり付き合わせていたのではとやはり心配は消えていなかったからだ。
しかし、語り部さんのお話が終わり、八木邸の一部を見て回りだすと優人の表情は再び変わった。
その表情はどこか切なげで、そんな表情を浮かべながら柱などをそっとなでたりしている。
(優人君……?)
本当にいつも明るさというか、元気さが一番の優人のそんな表情に千夜は何とも言えない気持ちを抱き始めた。
心配、不安、罪悪感などの感情が入り混じった不思議な気持ちで、それを言葉にするのは少し難しい。
……ひどく、胸が苦しくなる。
そんなことを思いながら八木邸の拝観を終えたのだった。
拝観を終えた二人の間には沈黙の時間が続く。
周りの人たちはそれぞれの感想を述べながら八木邸を後にしていくのにも関わらず、二人の間に言葉はない。
何かを考えている優人。
そしてそんな優人に話しかけづらい千夜。
そんな二人に一人の男性が声をかけてきた。
「若いお二人さん、お話はいかがでしたかな?」
八木邸の中で新撰組について語ってくれた語り部の男性だった。
「あ……お、面白かったです!すごく!」
語り部の男性にすぐさま返答をしたのは何か考え事をしていると思われた優人だった。
「俺、正直長い話聞くのとか苦手で、すぐ眠くなるんだけど、すっごく真剣に聞いちゃったっていうか、眠くなんなかったです!」
はっきり言って語り部さんの語りはひどくうまいもので、まるで朗読劇を見ているかのようなものだった。
時代が変わる場面など、場面転換の際の工夫。
また、聞き手を語りの世界へと誘うような語り方は一つの芸術だといっても言い過ぎではない程だった。
「それはそれはよかったです。いやぁ、私はてっきり若い方にはつまらなかったのではないかと……」
「そ、そんなことありません!とても、とても楽しかったです。」
語り部の男性に今度は千夜が答える。
二人ともに笑みを浮かべて楽しかった、面白かったといわれた語り部の男性は嬉しそうににっこりとほほ笑みを浮かべた。
「では、お二人にはもう一つお話をいたしましょう。どうぞ、こちらへ。」
語り部の男性の言葉に顔を見合わせて首をかしげる千夜と優人。
二人は語り部の男性の後を追い、八木邸の門をくぐり出て一つの石の前へとやってきた。
「この石にはよく沖田総司が座っていたそうなんですよ。」
見た目はただの石。
だけど、丸みがあり、大きさもあり、確かに座りやすそうな石だ。
そんな感想を抱いていると語り部の男性は言葉をつづけた。
「不思議ですよね。ただの石だというのに沖田総司が座っていた。というだけでこの石にすこし特別感を感じてしまう。この八木邸も新撰組がいなければただの邸宅でしたが、新撰組がいて、彼らが語り継がれる存在となったからこそ特別な場所となった。何かが存在した、その証とは目に見えないものですが、その証というものは何故か尊いもののような気がするからこそ人はその証に惹かれるのでしょうね……。」
温かな笑みを浮かべながら石を見つめる語り部の男性。
そんな男性につられて千夜も優人も石を見つめた。
「存在した証……。」
優人の口からぼそりと言葉がこぼれる。
そして、優人はジワリと目に涙をにじませ、その目をうるうるさせ始めた。
「ひ、優人君!?ど、どうしたの!?」
突然のことに驚きを隠せない千夜は優人にすぐさまハンカチを差し出した。
だけど、優人は「大丈夫。」と言葉を返して腕で涙をごしごし拭う。
「なんか……なんか感動したっていうか……胸があったかくなって……!ほんと、それだけだから!」
突然涙を流し始めた優人に驚いてしまった千夜であったが、その優人の言葉を受けて笑みをこぼす。
優人の言葉に嘘がないことはなんとなくだけどわかっていた。
だからこそ千夜は優人に言葉をかける。
「優人君、私、これてよかった!中には入れてすごく楽しかった。」
笑みを浮かべながら感想を述べる千夜。
そんな千夜を見てまだ目を赤くしながら優人も笑みを浮かべた。
「うん。俺も!」
先程までの沈黙が嘘かのように二人は語り部の男性の語りの感想、八木邸を見て回った感想を口にし始めた。
そしてしばらくして語り部の男性と別れて壬生寺道、バス停まで戻ろうと八木邸を後にしようとした。
その瞬間だった。
【……おいで。姫。】
「!!」
千夜の頭に不思議な声が響く。
(な、何……今の……。)
その声はバス停とは反対の道から聞こえてくる。
【さぁ……早く。早くこちらへおいで……姫……。】
聞き間違えかと思ったけれど、その声は間違いなく聞こえてくる。
不気味さを感じるけれど、それ以上に懐かしさと使命感を感じる。
……行かなければならない、と。
「……千夜?どうかした?」
来た方向と反対側の方向を見て黙り続ける千夜。
そんな千夜を見て訝し気に顔をゆがめる優人。
だけど、その声は千夜には届かない。
「……行かなきゃ。」
「え……?」
ぼそりとこぼれた千夜の言葉に首を傾げる優人。
「ち、千夜。行かなきゃってどこに――――――って、おい!千夜!!」
優人の話の途中に千夜は突然走りだした。
呼び止める優人の声など今の千夜には聞こえず、千夜はただただ声のする方へと走り出した。