2
壬生寺道から細道をしばらく進むと遠目からもわかりやすく新選組の宣伝の旗が目に飛び込んできた。
そこまで歩いていくとまず目に見えてくるのは旧前川邸。
そこからほんの少しだけ進むと目的地である八木邸へと到着した。
「すごい……」
千夜の口から咄嗟に感嘆の言葉がもれた。
(調べた時に画像を見た時にも思っていたけど、本物はやっぱりなんか………)
今の感情をなんといえばいいかうまい言葉が見当たらず言葉を探している千夜の瞳にちらりと優人の顔が映る。
その面持ちは明るい優人のものとは思えないほど真っ青だった。
普段であれば大きな声を上げて感嘆の言葉でもつむぎそうだと言うのに、驚きや感動ではなく、まさか青ざめているとは思いもしなかった。
「………優人君?あの、どうかしたの?」
「顔が真っ青だよ。」などとストレートにきけず、恐る恐る伺いをたててみる。
けれど、千夜に声をかけられた瞬間、優人は少し驚きながらも笑みを浮かべ出した。
「い、いや、なんか、えっと、その、懐かしいって言うか……」
「懐かしい……?」
優人の言葉を聞いてちよは胸のモヤが晴れたように自分の抱いていた感情に納得する。
(そっか……私が抱いているこの感情もきっと……)
この建物を知っているような、そんな気になる。
さらに胸の奥に熱いものがこみあげてくる気さえもする。
不思議な感覚に千夜はこれは懐かしさなのだろうと納得をした。
だけど、自分の感情には納得できた千夜だが、どうも納得できない事がある。
優人がもし自分と同じ懐かしさを感じているのだとしたら、
どうしてそんなにも青ざめているのだろう。と。
それはどこか、怯えているに近い何かにすら見える。
そんな優人を見ているとやはり心配になってしまう。
(……本当は中に入ってみたかったけど、仕方ないよね。)
「ねぇ、優人君。だいぶ気分も良くなってきたし、そろそろ嵐山に向かう?」
「え?な、何で!?中に入りたいんじゃないの!?」
千夜の言葉にひどく驚きを見せながら突然大きな声をあげる優人に千夜は笑みを向けた。
「入りたいとは思っていたけど、もういいの。なんだかもう満足しちゃった。」
本当は中には入りたい。
けれど、優人の様子がおかしくなったのは明らかにこの八木邸を見てからだという事に千夜は気づいていた。
その理由は何かはわからないけれど、その原因がここにいる事ならば離れた方がいいのであろうと考えたのだ。
「で、でも、だって……。」
幼馴染として、二人の付き合いはずいぶん長い。
それもあってか本当は千夜が中に入りたいであろうことを優人は察していた。
なのに「もういい。」というのはきっと、なにか自分に気を使っての事なんだと優人にはわかっていた。
そして、少しの間二人の間には沈黙が続いた。
それから程なくして優人が笑みを浮かべながら千夜の顔をまっすぐに見つめだした。
「やっぱり入ろう!俺も入ってみたいし!」
「え……。」
明らかにそんな雰囲気ではなかったことを理解していた千夜は優人の言葉に戸惑いの声が漏れた。
きっと本心は入りたくないはずだ。
だとしたらきっと自分に気を使っての事なんだと思い始めた。
千夜も優人もお互いに優しい人柄であり、どちらも相手のためにと同じことを考え、自分の本心を隠すタイプなのだった。
「で、でも……。」
優人の考えが解るからこそ答えに渋ってしまう。
だけど、優人は笑みを浮かべながら言葉をつづけた。
「だってさ、京都だよ!?東京からまた京都来ようと思ったら簡単じゃないしさ!せっかく来たなら見とかなきゃじゃん?」
先程までと違い、いつもの優人のように明るく力強い声で千夜に入ることを勧めてくる優人。
でも、その優人のやさしさに甘えてしまっていいのかひどく悩ましい顔を浮かべる千夜。
そんな千夜に優人は頬をかきながら少し落ち着いたトーンで話し始めた。
「なんか心配させてたならごめんな。なんていうか、俺、霊感がある方だからさ。怨念とかそういうんじゃないんだけど、ここから何かを感じたっていうか……」
「えっ!?そ、それ、大丈夫なの!?」
近くには案内をしていると思わしき人や観光の人もいる。
声を潜めて優人に問い返してみると優人は静かに頷いて見せた。
「別に悪いものじゃないと思うんだ。だけど、なんかそれで胸がざわついたっていうか、なんていうか……でも、本当にそれだけで全然平気だから!もしかしたら座敷童がいるとかそんなんかもだしさ!だから入ろうよ。」
「……優人君。」
優人の言葉はきっと嘘ではないのだろうとは思う。
だけど、それだけが理由ではない気もして少し考えてしまう千夜。
けれど、ここまで気を使ってくれて、せっかくだといってくれている優人の気持ちをこれ以上むげにする方がなんだか気が引けると思い始めた千夜は「うん。ありがとう。」といって優人と共に八木邸へと入ることを決めたのだった。