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第二篇 天孫降臨

ここはあなたが今いる世界とは異なる、遠い遠い異世界。

名を、ディアカナンという。

世界は違えど、世界を構成するものはそう多くは変わらない。

陸、海、空、昼、夜、星、そして人が在る。

もしかするとちょっと不思議なこともあるかもしれない。

世界は違えど、世界は回り、人は暮らし、日々は流れる。

今はこのことを胸に留めておいてほしい。



そんなディアカナンに、遠い遠い異世界より、一組の少年少女が訪れた。


喜べ少年少女よ、世界は諸君を歓迎する!




―――――――――――――




建物の中は荘厳な雰囲気に包まれていた。

まだ外の日は高かったが、総勢153人の人々が詰めかけるその建物は、日の光を拒絶するかの様に薄暗く、各所に灯る火がなければ、建物の端の様子は見えそうもなかった。


「それでは、母なる神イヴへ礼拝を捧げます。」


フードを深く被った壇上の男が告げると、乾燥させた果実を房から千切り、立ち並ぶ人々に次々と分け与えていく。

人々に行き渡ったのを確認した男は、小さく薄い酒盃に、黄金色の液体を注ぎ、再び全員に与える。

果実を酒盃に落とし、声を張り上げる。


「これは我らが母、イヴの精神です。母なる神、イヴに捧げて、チアーズ!」

「「「チアーズ!」」」


人々は一斉にグッと酒盃を空にし、口から離す勢いのまま、地面に投げつける。


パリーン


薄い陶器の割れる小気味いい音が、建物の中に残響した。



ドッカーーーン!!


突如激しい音とともに、建物のドアが大きく開く。

薄暗い建物に眩いばかりの日の光が雪崩れ込んでくる。


ファサッ


「我は異世界より訪れし新たなる神!!シッダである!この教会は、今、この時より、供物として我がもらい受ける!貴君らは我の新たな信徒となる!!歓喜に打ち震えろ!!」

「し、し、しししし、枝垂、流石にこれは」

「枝垂ではない。シッダだ。何をしている、貴様も早く口上を述べよ。せっかく力を得たのであろう。」

「え、ええ、ええーいままよ、よく聞けい!!蒙昧にして柔順なる我が同胞よ!!私はシッダ様の眷属ルージュである!!慎んで建物を明け渡されよ!!」


――――――――――――――


遠い遠い異世界より訪れた、一組の少年少女

彼らは今、アンシャンエヴァン大教会に居た。



そこは、

ディアカナン最大の帝国、エイダムの総本部

であり、

ディアカナン最大の宗教、イヴ教会の総本山



喜べ少年少女よ、世界は諸君を歓迎する。




―――――――――――――――――――




煤けた石畳が敷き詰められたその道は、溢れんばかりの人で埋め尽くされていた。

道の両側には果物・武器・雑貨・料理屋など様々な露店が広がる。

一際目を引くのは、魚屋の多さだ。


「おぉ~見て見て~、今日は魚がいっぱいだよ~」

「えきぞちっくふぃっしゃーず……」

「おぅ!そこの嬢ちゃんたち!!これだけ活きのいい魚が揃うこたぁちぃーっとないよ!」

「今日はブイヤベースにしましょうか」

「海鮮焼きそばも捨てがたい」

「やはり祝福の祭りに合わせて旬を揃えるとよく出ますなぁ」


ディアカナン最大の帝国エイダム

帝国王都エヴァンの中央を貫くメインストリートは、その日、普段の埃っぽい臭いではなく、磯の匂いで包まれていた。

海からは遠く離れたこの街で、これだけ多くの魚が売られることはまず無い。

今日はイヴ教会の主神イヴを讃える祝福の祭りの日であった。

魚は主神イヴの好物とされており、イヴ教会の総本山アンシャンエイダムがあるこの街には今、ディアカナン中の港から魚が集められている。


ビュンッと道を縦断する一迅の風が吹き、刹那の間磯の香りは霧散した。

祝福を受けた少年が、道の一画に立ち現れる。


「む?なんだ凄い人だな、それにこの香りは……」


この世界の主神イヴと神の座を争う少年、宮脇枝垂が、この世界の中心地に降り立った。


(枝垂ではない、シッダだ。)


……心の声が聞こえた気がした。


「ふぅむ、これだけ人が多いと流石の我であっても眷属どもを探すのが一苦労だ。」


などと独り言をつぶやいていると、再び一迅の風が吹く。

枝垂が振り返ると、呆けた様子の桐生流が現れた。


「おぉルージュ、思ったより早く来たではないか。褒めて遣わす。」

「きゃっ、あ、枝垂、っと凄い人ね。それにこの香り……」

「磯の香りだ、どうやら海が近いらしい」

「ふーん、ちょっとここじゃ話しづらいし、人の少なそうな方まで出ましょ。それに……」

「……ダルマとレンゲが来るのは暫く先かもしれんな。」

「……そうね、その方が良いわ。」


枝垂と流は、転移の瞬間に観えた景色のことを思い返していた。

2人は道を横切るように移動し、立ち並ぶ露店の裏手側まで出る。


「海辺か、丁度いいな。」

「何が丁度いいの?」

「ククク、革命が起きるのは世界の果てからと相場が決まっておるではないか。あの童め、粋なことをしてくれる。」

「えぇー……枝垂、神様になるってあれ本気なの?」

「なるも何も我はもともと唯一にして全能の神なのだから、この世界を本来あるべき状態に戻すだけだ。あとシッダと呼べ。眷属がそのザマでは民達に示しがつかんでは無いか。」

「もー無茶はしないでよね、ほんと。」


流は大きく溜め息をつき、顔を地面に向ける。

そこには、


「じーーーーーーっ」


と枝垂の腰付近を見つめる小さな子どもが居た。

その視線の先には


「あれ、枝垂カバンもってきてるじゃない。って私もだ。」

「おぉ、その様だな。そしてどうした小童よ、神の威光に目が奪われてしまったか?」


少女はすっと指をさす。


「む?」


枝垂が鞄を上にあげる。

少女の指が上にあがる。

枝垂が鞄を下にさげる。

少女の指が下にさがる。


「何か甘い物でもはいってるんじゃない?」

「そんなことはない、今入ってるものは闇の商店で手に入れたものばかりだ」


がさごそとカバンに手を突っ込み、入っていたものを石畳に陳列する。

ハンドスピナー、狐のお面、西洋刀のキーホルダー


「ゴミしかないじゃない。」

「ゴミとはなんだ、我が手にした時点でこれらは神器だ。あとポケットに財布とスマホもある。」

「どれもこの異世界で使い道があるとは思えないんだけど。」


すっと小さな指が伸びてくる。


その先には古き良き伝統溢れる紙で造られたお面……ではなくプラスチックで造られた狐のお面があった。


「……神器が欲しいか。」


こくんっ

指をさしたまま少女は無言でうなずいた。


「ククク、しょうがない、貴様を晴れてこの世界の我が眷属第1号としてやろう。」


彼の全財産の1割に相当するお面をのゴムを、少女の耳にかけた。

少女はようやく人差し指をしまい、親指をつきだす。


「しぇ」

「しぇ?」


無言を貫いていた少女がお面越しに言葉を紡ぐ。



「しぇけなべいべー」

「こら、やめなさい」


パンッ

お面にデコピンをくらわす。彼は思わず神としてではなく素で注意をした。


「ねぇ、お嬢ちゃん?んーボク、かなぁ、どこから来たの?」

「ふぅむ、少しその辺で聴いてみるか。」


ひょいっと枝垂が少女を抱えると、背を向けていた店のテントから、中性的な顔立ちの人物が出てくる。中からは誰もが知ってるスパイスの香りが漂ってきた。


「ん?もしかしてその子ミルチャかい?」

「童、我が眷属の素性を知っているのか?我が名はシッダ、この世界を統べる新たな神だ。崇め奉るがよい。こちらは小童と同じく眷属のルージュだ。」

「あ、どうも、桐生流です。この子のお知り合いですか?」


初対面の人物から発せられた強すぎる言葉の羅列の前に、目を丸くしながら、答える。


「ど、どうも、僕はアリョーシャです、ミルチャとは知り合いというか……うちの常連さん、みたいな?なんて言えばいいんだろうね」


アリョーシャと名乗る人物は、ミルチャ以上イヴ未満といった背丈だ。

地面に降ろされたミルチャからお面を外すと、ミルチャの背丈いっぱいに伸びたカバンにしまった。


「ダメだよ、ちゃんとしまっておかないと」

「僕ミルチャ~」

「うむ、もう少々早めに我に名乗ってほしかったぞ。真名は後日伝える故しばし待て。」

「えーっと……お二人は男の子?」


流の疑問はもっともだ。

2人そろっておかっぱで、少年とも少女ともつかない見た目だった。


「ミルチャは女の子です。僕は」

「おーい!アリョーシャそろそろ手伝ってくれ~ってぇ~ん?ミルチャじゃねぇか。」


テントの中から恰幅のいいオヤジが出てくる。


「今日は魚入ってるせいで味がうまくまとまらねぇんだわ。お客さんあっちのテーブルに集めてるから色々きいてみてくれ。」

「あ、はいわかりました。」


アリョーシャはテントに戻り、そのまま店先のテーブルに向かう。


「結局どっちだったんだろう……」

「直接確かめてはどうだ?貴様なら問題なかろう」

「いくら子どもみたいだって言ってもそれはちょっと……」


オヤジはテントに戻ると肉串を三本とイカ焼きをとってきた。


「ほれ、こっちあんたらの分だ。ようミルチャ、ルーミーはどうした?」

「げっらぁ」

「ん~?まーたアイツはふらふらとどっかいっちまったのかぁ?」

「あ、ありがとうございます。あの、ルーミーっていうのは……」

「ん~、なんかこんな感じのクルクルふよふよしてていっつもミルチャといる女の子だ。一人だと危なっかしぃ奴でなぁ」


オヤジはイカ焼きをクルクル回した


「イカ焼みたいな女の子……ねぇ、枝垂、肉串のお礼にその子を探さない?」

「ふむ、ふぁむふぁ、ふぃふぁふぃふぁふぃふぉふふぃふぁ。」


枝垂は早速肉を食らっていた。


「んぐっ、まぁ眷属の友を探すのは主として吝かでは無い。」

「ちぇけら」

「おぅ兄ちゃん、いい~食いっぷりだねぇ!それにミルチャが眷属だぁ?いいね、只者ではないって感じがするぜ!あんたらが探してくれるってんならこっちも心配いらねぇ」

「ククク、当然だ、我はこの世界の新たな神なのだからな。」

「がーはっはっはっ!じゃあよろしく頼むわ神様よ!これオマケだ。」


ドカッと皿に盛られたカレーが渡される。


「もともとウチはカレーが本職なんだ、そっちはガキンチョ達用さ、じゃぁよろしく頼むぜ!」

「うむ、アルゴー船にでも乗った気でいるがいい。」

「カカカッ!頼もしいな!」


オヤジは店に戻るとアリョーシャと会話を交わし、忙しなく調理を始めた。


「なんだか豪快な人だったわね」

「早々に我に貢物を献上してくるあたり、なかなか話の判る者であったな。」

「かれぇ~くるくる~とうっ」


ミルチャは華麗なターンを決めてポーズをとる。


「奇面のミールよ、指は上の方が見栄えが良いぞ。」


正面に手を構えるミルチャの腕を枝垂が上にあげようとする。


「む、ぐ、ぬぬ」


ところが、18歳の腕力をもってしてもミルチャの腕はまっすぐ伸び、指は流の腰を捉えていた。


「え、私?じゃなくてこのパターンは……」


流がごそごそとポーチを探り、包装紙を取り出す。


「……きっとこれよね。」


包装紙を取り出すと、見事にミルチャの指はそちらに移動した。

すっと枝垂が遮るようにその間に入る。


「ミール、貴様には既に神器を渡したはずだ。これで堪えよ。」


ドカ盛りのカレーと一緒に渡された木のスプーンをミルチャに手渡す。


「……ありがと、枝垂。」

「シッダだ。他の眷属の前だぞ。いい加減にしろ。」

「しだ~」

「……シッダだ。」

「もっきゅもっきゅ」


3人は仲良くカレーを食し、片づけを済ませると、ミルチャは店の椅子の上ですやすやと寝息を立てていた。


「寝ちゃってる……どうする?探すって言ってもルーミーって子の姿わかんないしこの人混みの中じゃ……ミルチャが起きるまで待つ?」

「ふん、調理場で何を悠長なことを。言ったはずだぞ、アルゴー船に乗った気でいろと。それに、イカ焼のようでクルクルふわふわした小童などそう多くはなかろう。」

「アルゴー船って何よ、沈んだりしないの?ま、まぁそんなに自信があるなら……」

「さぁ行くぞ、次なる眷属の下へ。」

「それで、どうやって探すつもりなの?」

「そんなもの決まっているだろう、順番に聞いて行けばよいのだ。」

「は、はぁ?こんなに人の数いるのに?」


枝垂は溜め息をつきながら大袈裟に首をふる。


「やれやれ、我が眷属がこの程度の解決策も思いつかんのか。簡単なことだ。まずは我々が話しかけた者から情報を聞き出す、そしてその者を我に忠誠を誓う信徒として迎え入れればよい。信徒たるもの我が手足となるとは至極必然、信徒となった者にも我々と同様に情報収集と布教活動を行わせる。さすれば」

「さすれば?」

「この程度の中から小童1人見つけ出すことなど小童の手を捻るがことしだ!ククク……我ながら完璧な作戦だ。己が才覚に畏怖する。」

「……バカ―――ッ!!!!」


その声量は、彼女の生涯でも片手で数えたほどしかないほどの大声だった。


「なっ!?ルージュ、主に向かってバカとは何事だ」

「バカバカ!!大馬鹿よ!!!あんな大見得切ってるから何か策でもあるのかと思ったらぜんっぜんダメじゃない!!!さっきミルチャの手も捻れてなかったのはどこのどいつ!?小さな女の子が危ないかもしれないのよ!?真面目に考えなさい!!信徒を増やすって何!?まだ信徒なんて私含めて二人しかいないのよ!?名前も全然知れ渡ってないし権威も無いのに信者なんて出来るわけないじゃない!!」

「る、ルージュよ……」


「なんだなんだ?」

「痴話喧嘩か?」


ガヤガヤと人が集まる。

流はとっさに街中で叫んでしまったことにハッと気付き、口を抑えた。

枝垂は俯きながら肩を震わせていた。

そしてキッっと自分を見つめた。

その表情は……満面の笑みであった。


「いつからそれほど弁が立つようになった!!見直したぞ!!うむ、確かに貴様の言うことにも一理ある!!」

「え、えぇーっとそのぉー」


肩を揺さぶられて目を彷徨わせながら、とっさに言葉を紡ぐ。


「そ、そう!能力よ!!」

「能力?そういえば童がその様なことを言っておったな。我には無関係な話ではあったが、確かに非力な貴様は何かあった方が良いかもしれん。」

「でしょ?だから枝垂が神様になるために役立つ能力もらっとこうかなーなんて」

「ほう、それは殊勝な心がけだ、して、どの様な能力を?」

「そ、それはその……勇気が、ほしいなって」

「……は?」


肩を揺らす手が止まり、間の抜けた返事が漏れる。


「勇気、だと?」

「そ、そうよ、こういう人前でもしっかり思ったことを言える勇気が必要だなって思って。」


はぁ―――っと深いため息が吐き出される。


「我が眷属たるものが、その様なものも元来の身の内に宿しておらぬとは……」

「う、うるさいわね、誰もが枝垂みたいに人前で堂々ペラペラ話せないわよ。」

「……まぁよい、その力はいずれ存分に役立ててもらおう。兎に角、お前の発言にも理がある。少し策を変更だ。」

「そ、そう、ありがとう。って少し?根本的に無理だと思うんだけど。」

「つまるところ、我が名が知れ渡り権威を身に付け十分な信徒を手に入れれば問題なく解決するのだろう?」

「簡単に言ってくれるわね。」

「まぁ逸るな、まずは……む?」


言葉を止めた枝垂の前にはあるものが目に留まった。

流も彼の目線の先を追う。

その先に居たのは、


イカ焼を連想させる赤茶色のフードを深く被り、

イカ焼を連想させるふわふわクルンとしたピンクの長髪を揺らす、

女性の姿だった。


ポンッ

と直情行動型の少年は女性の肩を叩く


「貴様、ルーミーだな?」

「ひゃっ!?」


女性から甲高い声が飛ぶ。


ポンッ

と直情行動型の少年は女性に肩を叩かれる。


「あんた、うちの妹になんの用?」

「ひゃーっ!!ごめんなさいごめんなさい!枝垂、どうみても人違いでしょ!!」


流が慌てて駆け寄ってくる。

枝垂の肩をギリギリと掴む女性のこめかみには青筋が浮かんでいた。

腕と肩で連結した3人は……殆ど身長が変わらなかった。


「ナンパならよそでやってくれる?」

「すみませんすみません、私たち迷子の女の子を探してまして。」

「あ、あのぅ……そろそろ手を離してくれませんか」

「これは失敬。偉大なる我が前では凡俗の民など全て小童同然だったものでな!ハハハ!!」

「……この男、殴ってもいい?」

「すみません、こういう奴なんです……」


拳を握りしめる最後尾の女性は、髪の短さや眼力の鋭さは異なったが、服・背丈・髪の色は最前列の女性と同じであり、濃い血のつながりを感じさせた。


「まぁ迷子探しってんなら話ぐらい聞いてあげるわ。どんな子?」

「なんかイカ焼みたいな女の子らしくて……」

「らしい?ハッキリしない言い方ね。」

「こういう小童だ。」


どこから持ってきたのか、枝垂はイカ焼を回転させる。

甘辛いタレが、キツイ釣り目を直撃した。

女性はゆっくりと目を指で拭う。

そして唇をにんまりと歪めた。

その表情は……満面の笑みであった。


「あんた……何か私に言うことが無いかしら?」

「ひゃーっ!!重ね重ねごめんなさいごめんなさい!枝垂!!」

「確かにその通りだな……まぁ貴様は我を拝むのは初めてなのだ、これまでの不敬は不問とする。」


ゆらゆらっと短い髪が収納されたフードが盛り上がる。

判り易く、怒髪天を衝いていた。


「私に言いたいことはそれだけ…かしら?」

「どうした、謝罪ぐらいは聞いてやるぞ。」


シュンッ とフードの位置が回帰線を超えて落ち窪んだ。

ポキポキッと関節が小気味よく鳴る音が響く。


「……謝ったら許して頂けますか。」

「……もう遅いわ。」


ガッ と流が枝垂の腕をつかむ。


「おぉなんだ、お前から我の身体を掴んでくるとは。」

「逃げるわよ!!!」


流は枝垂を引きずりながら、人混みの中を脱兎のごとく駆けた。


「待ちなさい!!」

「ねぇねぇお姉ちゃん。」

「とめないで!アイツはイッパツぶん殴らないとダメよ!」

「でも、フードが」

「あっ」


短髪の女性は落ちかけていたフードを深く被りなおす。


「それにあの人たちが言ってた女の子って……」

「そうかもね、でも関係ないわ、ぶっ飛ばしてくる。」

「街中でダメだよそんなの……」


妹の制止を無視して、獲物を狙う狩人は人の海へ飛び込む、


グイッ


直前に何者かに肩を掴まれた。


「おい、待て。テメェ誰を探してるって?」

「あぁん?うちになんか用!?」


鋭い眼光を維持したまま、掴まれた肩の方に首を回し、見上げる。

放たれた眼光は、厳つい三白眼とぶつかった。


「話がある。ちょっとズラ貸しな。」


―――――――――――


人の海を掻き分けた先で、流は盛大に肩で息をしていた。


「ぜぇ、ぜぇ、あんた、ちょっとぐらい急ぎなさい、よ。」

「ククク、強者とは如何なる時も余裕を持つ者のことを指すのだ。しかしお前が我が肉体にこれだけ触れていられるとは、勇気を手に入れたというのは誠のようだな。」

「これ、は、そういうのじゃ、なく、生存本能、よ……」


キツイ日差しと石畳の照り返しの中、青年一人を引きずって駆けた少女の身体は、全身が酸素を欲していた。


「あー……、で、これからどうするの。」

「あぁ、先ほどは余計な邪魔が入ったが、まずは信徒を増やすため、アレを譲り受けることにした。」


ビシッと枝垂はついさっきまで走っていた道の進行方向を指す。

その指先は、見つめるまでもなかった。

彼女も先ほどまでその建物の方角へ逃げていたのだから。

彼の指先は、自分達の世代からミレニアムは古いであろう雰囲気を纏った巨大な建造物が指示していた。


「ね、ねぇ枝垂、冗談でしょ?どう考えてもあれ普通の教会とかじゃないよ。」

「海沿いの辺境の地としては悪くない祭儀場だ。異世界より降誕した全能神シッダによる世界革命の第一歩として実に相応しい場だ。」


汗をとばしながらあたふたする少女を無視し、少年はすたすたと歩みを進める。

一迅の風が二人の身を撫で、少女の汗が冷える。順風を受けた少年は、帆を張って人海を突き進む。

やがて石畳は途絶え、巨大な石棺を思わせる建造物が眼前に広がる。

少年が進む道に立ち塞がる第一の扉は、あまりに強固に閉ざされていた。


「ねぇ、中から何か聴こえるし何か大切なことやってる最中かもしれないじゃない。誰か出てきてからゆっくり見学しよ?その前に地道に話しかけていけばルーミーちゃんも見つかるかもしれないし、あ!そうそう!枝垂の力があればこんなところ貰わなくたって信者さんになってくれるって!私、あの案とってもいいと思うなー!」

「ルージュよ。」


枝垂が流の肩を掴み、その眼を正面に捉える。


「確かにお前の言うことももっともだ。だが……我は世界を全て遍く統べる全能神シッダなのだ。」


何か言おうと流が喉を鳴らす。

何かを堪えていた枝垂の喉がくっくっと動く


「はーっはっはっはっ!!!!かような光に満ちた世界など、我が闇の底に沈めてくれるわ!!この程度の岩戸、深淵の漆黒で突き貫くぞ!!!!吶喊!!!!!」



ドッカーーーン!!



石室を閉ざす扉が、派手に開く。


仄暗く静寂な闇に、眩く喧騒な光が闖入した。

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