断章 遠い世界の少年少女
カッ!!
真っ暗な世界に光が現れ、瞬く間に視界を覆う。
(枝垂……っ!)
声は出なかった。
私の生存本能は、刹那の出来事に対し、声を上げず、顔を隠した。
私が身体が、生存本能の奴隷となってから、数拍の時が過ぎる。
周囲の景色は真っ白だった。
私の周囲以外は。
あの日からずっと私に追いかけさせてくれた人影が、すっぽりと私を覆い隠していた。
『君たちは死んだんだ。』
呆然と立ち尽くす中、その言葉だけが頭の中で反響していた。
(私はあのまま死んだんだ。)
とある夏の日、私の儚き命はあっけなく終わりを迎えた。
私の大切な人たちを巻き込んで。
あの日
とある夏の日
三つの影が闇に沈んだ。
―――――――――
高校最後の夏休み。
私はいつも一緒にいた友達四人で電車に揺られていた。
いつも皆を笑ってひっぱる幼馴染みの宮脇枝垂
ちょっと恐い見た目だけど枝垂を信頼している不動達麻
私の恋のライバルで勝ち気な日下部蓮華
そして私、桐生流
電車の外を流れる風景は、目まぐるしく変わり、流れ去る。
「皆、今日はありがとね、私の」
「はっはっはっ!!ルージュ、ダルマ、レンゲ、見よ!!ついに我が大望を成す準備が整ったぞ!!」
私の言葉を遮るかのように、枝垂は満面の笑みを浮かべながら文字がびっしり書き込まれたカレンダーを広げた。
「……何これ、よくこんなに書き込んだね」
「ついにですか、不肖ダルマ、如何なる命も完璧にこなしてみせます」
「あらダルマ、あなたなんかにシッダのすいこうな使命が理解できて?」
「あ?なんか言ったか?あとそれを言うなら崇高だ、まぁ確かに使命は遂行するものだがな」
「なっ!?」
「ククク……愛いやつらよ」
「ん?あれ、これ曜日全然違うんじゃない?」
「あぁ、これは五年後のカレンダーだからな」
五年後
その意味に、
喧騒な空気がピタッと止む。
おもむろに枝垂は、露店で購入していたお面を被る。
「よく聞け、当初予定してた世界侵略の計画は、貴様ら全員と、運命められた約束の地にて再会次第、逐次進行してゆく!!」
「「「…………」」」
「貴様らは我が眷属だ。再び我が御旗の下に、必ず集う。」
私たちは高校を卒業したらバラバラになる。
私たちが出会った街に残るのは、枝垂一人だけだった。
「少し早いかとは思ったが、主である我には貴様らに伝えておく義務があるからな。しかし気を抜くなよ。あの石の檻を抜け出すまでの半年もしっかり成すべきことを進めるぞ!手始めに先ほど闇商人より手に入れたハンドスピナーを用いて」
気付くと目頭に熱が生まれていた。
ハンカチを取り出そうとポーチを物色していると、
カランッという音とともに包装紙が通路に落ちた。
私のポーチにずっと居座っているそれを拾うために立ち上がろうとした
その瞬間
キキギギギーーーーッッッガッゴン!!!
「えっ?」
轟音
何にも触れられないまま、壁が近付く
「ルージュ!!!!」
枝垂が天井を失った地面を駈ける
人影が視界の全てを覆う
私の世界は、影もろとも闇に沈んだ
――――――――――――――――
『さて、桐生流ちゃん、君はどうする?』
少女に名を呼ばれる。
声の主が、枝垂と重ならない位置にひょこっと跳ねる。
影がずれ、白い光に照らされる。
首をかしげる少女は、近所の子供を眺めるような目をしていた。
「ふん、ルージュよ、何を悩む必要がある」
枝垂の掌が、私の手をとる。
理解を越えた状況が重なる中、一際大きな動揺が走る。
泳いだ私の目は、少女のうっすらと開いた瞳に射止められた。
『流ちゃん、聞いた通り枝垂……いや、ふふっ、シッダくん、は、神の座を奪うべく、僕の世界に旅立つ。君はどうする?成仏する?』
掌に、ぐっと力を感じる。
「私も、私も枝垂と、枝垂の側に居させてください!」
「ククク、当然だな、眷属が無断で主の傍を去るなどあり得ぬ」
『りょーかいっ♪、じゃぁちょっと悪いんだけどし……ッダくん、先に向こうで待っててね』
「む?おい、ちょ」
「あっ」
少女が人差し指で円を描くと、早くも私の願いは反故にされた。
『さぁて、じゃあ正直に言ってくれていいよ。君はどんな能力がほしい?当然、彼は無力だ』
無力、という圧倒的な存在の言葉が突き刺さる。
「それは、どんな力でもいいんでしょうか」
弧を描いていた唇は、形をすぼませ、指があてられる。
開いた瞳は、白い世界のどこかを見ていた。
『うーん、そうだね、能力自体は大体なんでも大丈夫。ただ、色んな制限もある。かなーり凄い能力をあげた子もいるよ。』
正直、具体的な能力なんて思い付かない。
ただ、私の望むことは一つだけ。
「私は、枝垂を守れるような力が欲しいです。」
パチンッ
指が鳴り、何もない空間に無数の文字が浮かぶ。
浮かび上がったのは全て、能力とその制限内容。
星の数ほど能力が浮かぶ中、一際異彩を放つ能力に目が釘付けにされる。
『……やっぱりそれ、気になるよねぇ。でも僕は君にこれは』
突き刺さる視線が痛い。
心臓の音が煩い。
冷や汗が流れる。
頭を強く振る。
「私は、それがいいです。」
少女は大きくため息を吐いた。
『仕方ないなぁ、君も、あの子も。……僕は君を待ってしまっていたのかもしれないね、流ちゃん。』
見届けた神は、すっと人差し指を動かした。
「ごめんね、そして、ありがとう。」
周囲が光で包まれる。
光の先で、あの日の影を、私は捉えた。
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ここはどこか遠い世界。
僕の知らない世界。
(あぁ、またこの夢か)
闇の中に居るにも関わらず、強烈な光を感じる。
生温い風が、細胞の隙間から全身に流れ込んでくる。
風に紛れて、少女の軽やかな鼻唄がのってくる。
風とは違う何かに包まれ、光が途切れる。
僕の世界は一層深い闇に包まれた。