第一篇 我こそ神だ!
見渡す限り一面の闇、完全な漆黒、パーフェクト・ダークだ。
眼下に広がるこの光景が意味することなど一つしかない。
『ククク……はーっはっはっ!!ついに世界が我に屈したか!!』
言うまでも無く、闇は世界の支配者たる我、シッダの象徴である。
この世に降誕し、18年もの歳月を費やしてしまったが、どうやらついに世界を跪かせる偉業を成し遂げたようだ。
どの様に征服したか定かでは無いが、我のことだ、些事の片手間で十分なし得たのであろう。
我が出向かずともこうして服従の証を示しに来るとは、世界の奴もなかなか愛いヤツだ。
しかし、こうもあっさりと支配下に置いてしまうとは拍子抜けだ。
まぁ至高の存在たる我の偉大さを鑑みると至極当然ではあるのだが。
喫緊の問題は次に何を成すかだ。流石の我でもこれ程の偉業の先はすぐに妙案が浮かばない。
『世界よ、何か案はないか?』
眼下は相変わらず漆黒に染め上げられており、崇高たる我の問い掛けであるにも関わらず応える様子もない。
なんとも不甲斐ない従者だと思ったが、聡慧な我ですら啓示が降りてこぬのだ。無理もない。慈悲をもって赦そうではないか。
「あのー……枝垂、ちょっといい?」
ふと我の後ろから聞き慣れた女のか細い声が届く。
『シッダと呼べ。まぁよい。発言を赦す。眷属、ルージュよ』
まったく、支配者の名を間違うなど眷属の名折れだ。しかし我は寛大だ。些事は全て赦す。
「あの、私、さっきからずっとこの暗闇の中に居て、夢かなぁ早く覚めないかなぁと思って、歩いてたら枝垂の声が聴こえて、その、来たんだけど……、もしかしてこれは私じゃなくて枝垂の夢とか、かな?それだったら私……」
『はっはっはっ!!世界が我が漆黒の帳に落ちたこの光景!!これが夢な訳ないであろう!!』
どうやら我が眷属は冗談を上奏しに訪れたらしかった。
「そうだね、これは夢じゃない」
どこからか少年とも少女ともつかぬ声が響く。
『何者だ!!』
「……なんで僕より君の方がエラそうなのか疑問なんだけど、まぁいいや」
奇特なことをぬかす奴だ。我の方が偉いのは自明だ。
「これは夢じゃないよ。君たちは死んだんだ。そして僕は神様ってとこかな。」
「嘘、そんなことって……」
流石は我が眷属、戯れ言などに踊らされる愚はおかさない。
『笑止!!我こそ神だ!!』
「「………………」」
漆黒の帳の中に静謐が訪れる。
神を自称した厚顔者も、我が威光の前に慄いたらしい。
カッ!!
それは須臾の出来事であった。
闇の中から目映い光の奔流が現れ、世界を明転させる。
極光とは逆方向に首を向けていた我は、瞼を開くと、近くに居て当然と言わんばかりに見慣れたおかっぱ頭の少女が手で顔を覆い、俯く姿が飛び込む。まったく、脆弱だ。
当然最強の存在である我は、この程度の目眩ましでは小揺るぎもせぬが、いざという時、目に映っている儚き存在を逃がすために光から目を背けていたのである。
眷属の情けない姿を目に捉えた我は、満を持して光に臨む。
「…………っっ」
『…………ふっ』
そこには、我が後光の陰に埋もれてしまった矮小な女子より一層矮小な少女……いや、少年のようでもある者が居た。
口に手をあて、目に涙を浮かべている。
不遜にも我に対して己を神だなどと口を滑らせたのだ。畏怖したのだろう。
これほどまでに格が異なる存在相手に対決の姿勢を示すつもりは毛頭ない。安心せよ。
「くっくっ……ぷはーっ!はっはっ!!君、最高だよ!!!宮脇枝垂くん!!」
『違う。我はシッダだ。』
突然けたたましい笑いの奔流が弾け、静謐が光の外側に追いやられる。
こやつ、よもや我が偽名を用いるとは……危うく業腹ものであったぞ。
「くっくっ……君、神なんだって?」
『いかにも』
ゆっくりとかぶりを動かす
「はーっ、最高だ。僕は君みたいな子を待っていたよ。ねぇ、一つ勝負をしないかい?」
『命知らずは感心しないぞ』
「あー、大丈夫、まともに戦っても勝負にならないし面白くないからね」
『同感だ』
神に挑む、か。
我ほどでは無いにしろ、こやつも凡俗な輩とは一線を画す力を纏っている。
戯れにラグナロクに興じるのもよいかもしれぬ。
『勝負とはいかようなものか?』
「一応僕はディアカナンという世界を統べる神様をやってるんだ。」
『我の統べる世界とは異なる世界、ということか。』
「そういうことだね。君、異世界ほしくない?」
我が存在を認識したら既に我のものだが、興が冷める諫言を挟むほど野暮ではない。
意図を理解し、口角を上げる。
『確かに、そろそろ異世界もほしくなってきたところだ。』
「よし、決まりだ。君は僕の世界、ディアカナンで僕を神の座から引きずり降ろし、その座を手に入れるんだ。やり方は向こうに行ったらわかるよ。」
『ククク・・・・・・。面白い。存分に興じようぞ、異世界を統べる自称・神よ。』
この自称・神とやら、趣というものを心得ているらしい。
眷属の集いきっておらぬ我に対し、世界を統べる座を賭けた余興でもてなしを行おうというのだ。
殊勝な心がけである上に興をそそるではないか。
「で、何か欲しい能力とかない?」
『む?能力……とは?』
「君たちは、僕のウチにやってくる大事なお客様だ。もしものことがあっては困るしちょっとしたサービスだよ。ディスカナンの普通の人が持つ力とは別に、特別な能力を授けてあげる。神の座を狙う君になら、それこそ世界を革命出来るぐらいの力を授けてもいい」
……
一拍、間が空く。
『はーーっ!!!!はっ!!はっ!!はっ!!』
押し寄せる愉悦の怒涛に堪え切れなくなった我は、驚天動地の哄笑をあげた。
まこと愉快な小姓だ。
『我は至高にして全能の存在だ。その様な施しを受ける必要は無い。』
少女は目を丸くし、くっくっと喉を鳴らす。
「ぷはっ♪やっぱり君、最高だよ。じゃあ特別に、君はそのまま僕の世界にご案内だね。さて……」
儚げな身体が軽やかに舞い、半間ほどの距離を跳躍する。
『さて、桐生流ちゃん、君はどうする?』
神は、近所の童を愛でるかのような、慈悲深い笑みを浮かべていた。