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二章 災難と出会い 《3》


「ほっぺたが痛いぞ、あらたーー」


「自業自得だ」



頬を擦る幼女は涙目になっている。

見ると新に強く引っ張られたのか両頬は赤く腫れている。



それにしても扉を出て分かったが、監禁されていたこの場所はどうやら街の中にある拘留所だったようだ。



拘留所を出ると美しい街の景色が広がっていた。


街に伸びる通りには出店が所狭しと並び、果物や野菜、魚介類に武器や防具などの装備品など様々な物が売られ、多くの人々が行き来している。


空気中には多種多様な食べ物の香りが漂い人々の食欲を掻き立たせる。



元いた世界では決して見ることの出来ないその光景に息を呑む。


しかしその景色の中に気になる人物が一人。



赤く腫れた頬を両手で擦りながらも目をキラキラと光らせ、特に食べ物系統の出店を中心に走り回りながら見て回る幼女が居た。



(ほんとに騒がしいやつだな)


手を額に当てため息を漏らす。

ふと見ると幼女は一件の出店の前で止まっていた。看板の字は読めなかったが、商品を見る限りお菓子を販売しているらしい。


店に近づくとチョコレートのような甘い香りが漂ってくるのがわかった。



「あらた!あらた!これを見るのじゃ!美味そうじゃのー」



大量の涎を口から垂れ流し、お菓子の入ったガラスのケースに顔を張り付かせている。



「待て待て。今から飯を食いに行くところだろうが。寄り道はなしだ」



「そ、そんなー。一つだけ!一つだけでいいのじゃ!」



新の服の裾を上下に引っ張り暴れている。



「ダメなものはダメだ。我慢しろ。」


「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃーー」



ジタバタと両手両足を動かし暴れる幼女を尻目に、幼女の襟を掴み目的地の大衆食堂 《グラン・トリノ》に向かった。



しかし、どうしてその店に向かっているのか。

それは遡ること一時間前。。



拘留所内 玄関ホール



「紛らわしい真似しやがってー!」



「勝手に勘違いして何を怒っておるのじゃーー」



幼女はホール内を逃げ回り、それを新が鬼の形相で追いかける。捕まると頬を強く引っ張られていた。


この状況が何分続いただろうか。



すると追いかける最中、人の気配に気づきふと見ると奥の方から先ほどの騎士団隊長がこちらに向かって来ているのが見えた。


(確か、、ヴォルフさん?)


咄嗟に我に帰り、追いかけ回すその足を止める。

こんな所を見られたのが正直恥ずかしいようだ。



「仲がいいんだな。微笑ましいよ」



そう言って笑う姿につい恥ずかしさのあまり下を向く。

幼女はというと赤く腫れた頬を擦っていた手を止め、新の背後に隠れてしまった。


(こいつ以外と人見知りするんだな)


ヴォルフは話を続けた。



「あはは、怖がられてしまったようだな。それで本題なのだが君たちお昼は食べたかね?もし良ければ奢らせてはくれないだろうか。今回のお詫びということで。」



グーーー


背中越しに腹の虫を鳴らしている。


この幼女が腹を空かせている事を知ってか知らずかヴォルフはそう提案してきた。


新もさすがにこちらの世界にきて少し経つが未だに食事をとっておらず空腹だった。


財布はあるにはあったが、こんな異世界で元いた世界の金銭が使えるわけもなく、これからどうしようかと悩んでいた所だった。



「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。」



「そうかそうか。それはよかった。店はグラン・トリノという大衆食堂でいいだろうか。私の行きつけでね。味は絶品で値段もお手頃でね。私は少し遅れるから先に行っててくれ。」



こうして二人は大衆食堂 《グラン・トリノ》に向かうことになったのである。



そして現在



交流所から出たはいいものの、《グラン・トリノ》の正確な場所を聞き忘れた二人は完璧な迷子になってしまっていた。


さすがにこのままではマズイと考え、二人は道行く人に尋ねて回った結果、予定よりも遅くなってしまったもののようやく目的地に辿り着くこと成功した。



○大衆食堂 《グラン・トリノ》前


案内された建物は大きな木造の平屋で外観には豪華さこそ無いものの、掃除が行き届いているのだろう汚れ一つない。しかしどこか老舗のような雰囲気を醸し出していた。


建物上部には大きな看板があり文字が書かれているが全く読めない。



「...ここで合ってるよな?」


「何を言っておるのじゃ?上の看板を見よ!グラン・トリノと書いておるではないか!」



上部に書かれた看板に指を指している。

どうやらこの幼女はこの世界の文字が読めるらしい。


(まぁ、一応神様だしな)



恐る恐るドアを開き中に入る。


中は大衆食堂と言うだけのことはあり、広々としたホールが広がっていた。ホール内には大きな丸テーブルが一定の間隔で設置され、多くの人がそこで食事をできるようになっていた。


そんな中ポツリとカウンター席に座っている一人の赤毛の男性。こちらに笑顔で手を振っている。


「ヴォルフさん!」



よく見るとヴォルフだった。どうやら用事を済ませ先に注文をして待っていてくれたようだ。



「おー来たか来たか、だいぶ遅かったみたいだが大丈夫か?」


「すいません。道に迷ってしまって」



一言謝罪しヴォルフの隣に席をつく。

幼女の方も新が席につくとその横に座った。先ほどまであれほど騒がしかったはずの幼女は一言も喋らなくなり、表情もどこか曇っている。



「やはりそうだったか。実は君たちと離れた後に道を教えそびれたことに気づいてね。すまなかったな」



ヴォルフは後頭部を擦り申し訳なさそうにそう繰り返した。



「謝らないでください。少し迷いはしましたがでこうやって辿り着けましたし、街もいろいろと回れたので。」



「いやー、そう言ってもらえると助かるよ。それじゃあ、話もこれくらいにして飯とするか!隣の嬢ちゃんも腹が減って元気が無さそうだしな」



幼女の方をふと見ると、頭をテーブルの上にのせピクピク震え気絶しかけていた。



「お、おい、しっかりしろって。もうすぐ飯が来るから」


「あらた...わしはもうダメのようじゃ...。わしが居なくなっても...一人で...ガクリ」


(うわー。完璧な三流芝居だな)



すると、この三流なやりとりに終止符を打つかのように料理が運ばれてきた。

大皿に乗ったそれは辺り一面を香ばしくも濃厚な香りで包み込んだ。


その香りと見た目は急激に腹の虫がなり、強制的に涎の分泌をさせた。


「お待たせいたしました。こちら 《グラン・トリノ》名物 黄味鳥の丸ごと一匹香味焼きです。他の料理もすぐにお持ちしますね。もしも他に何か御用がございましたら私 ソシル をお呼び下さいませ。」



そう明るく笑顔で話す彼女は看板娘なのだろうか、とても可愛らしい顔立ちをしている。白縹色(しろはなだいろ)の長い髪を後ろで束ね、シミ一つないウエイトレス姿からは清潔感が漂っていた。

歳は同じくらいだろうか。


自然と目で追ってしまう。


「...ソシルさんかー。それに引きかえ、こいつは」


隣を見ると新の頭ほどのサイズはある鶏肉を両手で掴み噛ぶりつく幼女の姿。

礼儀作法の欠片も全くない。


ため息をつく新の横でヴォルフだけ楽しそうに笑っていた。


「はっはっはっは。いい食いっぷりじゃないか!これは俺も負けてられんな。君も遠慮はいらん!好きなだけ食べたまえ。店長!料理はお任せでじゃんじゃん持ってきてくれ!」



それを合図に大量の料理が所狭しと並べられ、食事をそそるその香りに、新もまた他の二人に負けじと料理を口に運んだ。



「う、、食いすぎて気持ち悪い」


食事も終わり、店を後にする三人。どれ位の時間が経ったのだろう。日は沈み空には多くの星が輝いていた。


しかしその中に一人、新だけ顔色が悪く吐き気を催していた。ただの食べ過ぎである。



「いやー、食った食った。やっぱりここの飯は最高だな!嬢ちゃんもそう思うだろ?」


「最高じゃった!どれも全て美味かったがやはり一番美味かったのは」



「「 鶏肉の丸焼き!! 」」



声を合わせ笑い合うヴォルフと幼女。いつの間にか仲良くなっていたようだ。同じ釜の飯を食べるってこういうことなのだろうか。



「いやー、今日は久しぶりに楽しい食事った。二人には感謝してるよ」


「いやいや、感謝するのはこちらの方ですよ。食事だけでなく今日泊まる部屋の準備まで」



そうなのだ。実はというと食事をしている最中に今日泊まる所はあるのかという話になり、無いことを伝えると近くの民宿で一泊できるように取り計らってくれたのだ。



「何から何までありがとうございます。ほんとうに助かりました。」


「ありがとうな!ヴォルフ!」



親しげに話す幼女に咄嗟に注意しようとしたが、ヴォルフは 構わん。と一言だけ言った。



「最後に一つ、君たちの名前を教えてくれないか。ここまで色々話たが名前を聞いてなかったと思ってな」



少し照れくさそうに話すヴォルフ。この人は騎士団の部下などにも同じように気さくに話しかけ、周りからとても慕われている人なんだろうなと心からそう思った。



「そういえばそうでしたね。僕の名前は佐竹 新といいます。新で大丈夫です。それでこっちの小さいのが...」



そこで言葉が詰まる。今さらだが俺はコイツの名前をしらない。いや、一度聞いたことはあったがなんだかんだで有耶無耶にされた。


神様です。 なんて言えるわけがない。

どうしよう。


そう考え一旦適当に誤魔化そうとするより早く、先に口を開いたのは幼女だった。



「アル。わしの名はアルじゃ!ヴォルフ、また一緒に飯食べに行こうな!」



一瞬驚きを見せたヴォルフだったがすぐに笑顔を向けアルに手を差し伸べた。



「ああ。約束だ。」



握手をするヴォルフとアルを見た新もまた、自然と笑顔になりその光景を優しい眼差しで見つめていた。


暗い夜のなか、そんな三人を綺麗な月明かりだけが照らしていた。



「それじゃあそろそろ俺は帰るよ。明日も仕事が早いんでな。もしまたなにか助けが必要な時は知らせてくれ、できる限りの事はする」


「ありがとうございます。でも、できるだけヴォルフさんを頼らなくていいように頑張ります。それにはまず仕事を探さないとですけど」



この世界にきてまだ一日。仕事が見つかる可能性は限りなく0に近い。

思わず苦笑いを浮かべる。


「仕事が欲しいならギルドに行くといい。新ならきっといい仕事が見つかるはずだ」


その後、ヴォルフはギルドと宿屋の細かい場所を教えた。


「本当に何からなにまでありがとうございました。この御礼はいつか。」


「あぁ。楽しみに待っているよ」


一通り話し終わるとヴォルフは手を振り、家路へと帰宅した。


新とアルもまた手配してもらった宿屋へと足を向けた。

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