二章 災難と出会い《1》
...夢を見た
何気ない、いつもの日常の夢。
母親に起こされ、朝食をとり、学校に行き、友達と過ごす。
親密な仲。とまでは言えなくてもそれなりに趣味が合い、放課後は一緒にゲーセンに行く程度の友達は持っていた。
退屈な人生だったが、嫌いではなかった。
父は物心つく前に死んでいたので、母と二人暮らしだったが、寂しいとは思わなかったし、生活もそれほど苦しくはなかった。
そんな生活が今では遠く感じる。
「あらた」
母さんの声が聞こえた気がした。
・
・
・
「...母さん」
目を覚ますと、そこには見慣れない景色が広がっていた。
服装はというと、やはり制服のままだ。
どうやら転移は成功したようだ。
辺りを見回し状況を確認する。
周囲には木々が生い茂り、見た事のない花が所々咲いている。どうやらここは森か林の中らしい。
とても心地の良い風が吹いている。風になびく葉の音だけが聴こえる。
立って初めて気がついたが、自分が寄りかかって眠っていた木は周りの木々とは比べ物にならないほど幹が太く、高さもあった。他の木々と比べると二倍以上はあるだろう。
「あっちの世界だったらなんとか自然遺産にでも登録されそうだな」
こんな時でも冗談を言える自分は少しおかしいのではないかと時々思う。
しかし今のような状況下では冷静に考え行動することは最も重要である。
そこでまず最初にとった行動は方位の確認だった。
もちろん方位磁石などの機器はもっていなかったが、常に付けていたアナログ腕時計と太陽の位置でおおよその方角はわかる。
「南はこの方角だな」
新が南に向かうには理由があった。それはあの幼女神が転移する話の途中に言っていた。
・・・
「起きたら南に向かうのじゃぞ?わしも転移させておいて さぁ、好きにしろ! など無責任なことは言わん。そこまで鬼ではない。それと少しだけじゃが、特別に便宜を図ってやったぞ!喜べ!」
・・・
「全く誰のせいでこんな事になったと思ってんだよ。俺は普通の暮らしがしたいだけなのに。。」
ため息混じりに言葉が漏れる。
それにしてもどれくらい歩いただろう。時計の針を見ると二時間は経ち、周囲を見渡しても木々が生い茂、同じ景色が永遠と続いている。
「これのどこが便宜だっつうんだよ」
そこで一つ自分の身体の異変に気づく。少し前から薄々感じてはいたのだが、疲れを全く感じていないのだ。
普通の人間なら息が上がり、足腰にも多少の疲れが見えるはず。しかし今の新には二時間前と体調は大差ないほどであった。
「あの神様、身体能力のステータスを上げるとは言っていたがここまでとはな」
自分の身体について冷静に分析しつつ、先に進むことを再開したのも束の間。開けた場所に出ることができた。
地面を見ると一定の幅だけ草木が生えておらず、明らかに人の手によって整備され北と南に真っ直ぐ続いている。
「どうやらこの道を辿っていけばどこか町に辿り着けそうだな」
やっと見つけ出した人の痕跡を心の隅で喜んでいた。
そんな吉報も束の間。
突然、前方の茂みが音を立てざわついたと思うや否や、複数の男達が現れた。
男達は頭にバンダナのような物を付け、小刀を腰にぶら下げている。素人目にもわかる盗賊だった。
その中に一人、口の周りに髭を生やし、周りの男達と比べると体格が格段に大きく、身長は190cmはあろう男がいた。
腰には他の男達とは比較にならないほど大きな大斧を下げている。あいつがリーダーだろう。
よく見るともう片方にも何か袋を下げている。中が少し見えるが...本?
「よぉ兄ちゃん、珍しい服を着てるな。そんな服装見た事ないぜ。いったいどこから来たんだぁ?」
「異世界だが?」
新の返答に山賊達は馬鹿にしたように腹を抱え大笑いををしている。まぁ、当然といえば当然である。
(どうやら言語は日本語のままで通じるようだな)
「そうかいそうかい。どうやら頭の方はイカれてるようだな。まぁいい、とりあえず有り金全部全部出しな。その珍しい服もだ。」
(薄々感づいてはいたが、、まぁそうなるよな)
元の世界にもこういった連中には何度も絡まれた。
徒党を組み暴力で何でも解決しようとする人種。
一番嫌いな人種だ。実に腹立たしい。
だが、人間なんて根本は同じだ。
いくら利口ぶっててもカッとなれば手を挙げる。
我が子だろうと逆らえば殺すようなヤツも居るくらいだ。
人間とはそういう生き物だ。
そのためこういった場合の対処は実に簡単なものだ。
ただ相手を挑発せず、相手の考えや求めていることを読み取り、素直に応じること。
誰でもわかる、一番の得策だ。
新は着ていた服の上着やポケットに入っていた物を素直に山賊に投げ渡した。
「これでいいだろ。生憎他に金目の物は持っていない。悪いがこれで見逃してはくれないか」
多勢に無勢なこの状況下ではこれが一番の得策だ。
しかし、盗賊のリーダーの男はニヤリと笑みを浮かべ新の首元に指を指した。
「兄ちゃん嘘はいけないなー。そのペンダントも貰おうか」
新はシルバーのペンダントを付けていた。
それは中学に上がる時、父の形見として母から貰った物だ。顔も覚えていない父のペンダントなんてどうでもよかったが、なぜか捨てることはできなかった。
父と唯一繋がっているもの。新は気づいてはいなかったが、大事にしていた。
「すまないが、これだけはお前達にやることはできない。諦めてくれ。」
事を荒立てない新には珍しく反抗した態度をとった。しかし盗賊がそれで引き下がるわけもない。
「そうかい。じゃあ、力づくでいただくとしよう。お前ら、囲め!」
大柄な男の号令がかかる。
周りの男達は腰の小刀を抜き、一定の距離を保ちながら新を囲んだ。
普通の人間であれば恐怖で足元がすくみ、思考が停止する状況。しかし、新は不思議と冷静だった。
(...五人か)
周囲の男達を冷静に分析し、男達の次にとる行動に身構える。
「やれ!!」
一定の距離を保っていた男達の一人が距離を一気に詰め、襲いかかる。
最初に飛び出して来たのは新の後方にいた男だった。
新は分かっていた。
襲いかかる数秒前、男達の視線は背後の男に集まり何かしらの合図を出していたことを。
大男の号令と同時に新は振り返る。
新は小刀の握りが甘いことを見逃さなかった。
大振りの攻撃を紙一重で避け、即座に小刀を握っている手に蹴りを入れた。間髪入れず怯んだ隙に腹部に回し蹴りを入れる。
見事にみぞおちに蹴りが入る。
男はたまらず小刀を落とし、地面にかがみ込んでしまった。あまりにも軽快な動きに周囲の男達も怯み、動けないでいた。
しかし、一番に驚いていたのは新自身であった。
相手の動きが全てスローモーションを見ているかのように見えたのだ。それだけではない。喧嘩すらあまりしてこなかったのに、身体が自然に考えていた通りに反応し反撃したのだ。
「これもあの幼女様の加護ってやつか」
明らかな敵との戦闘能力の差を見せつけられ、山賊達に恐怖の色が見える。新はというと、逆に少し力試しをしたいとさえ思っていた。
「おいてめぇら!なにしてやがる。相手はガキ
一人だぞ!!」
リーダー格の大男が罵声を浴びせる。
その一声がかかると、男達はま武器を持ち身構え直した。男達の表情には先ほどの余裕はなく、しっかりと小刀を握り攻撃の態勢に入っている。
(さっきのように上手くはいかないな)
一人の男が飛び出す。
それに釣られ他の男達も一気に襲いかかってきた。さすがの新も一人相手ではなんとかなったが、大勢に襲われては分が悪い。ましてや相手は武器を持っている。
(これは覚悟を決めないとだな)
男達との距離が一mを切り、小刀が眼前に押し寄せる。
その刹那。何かが目にも留まらぬ速さで一筋の光の弧を描き、頬を掠めた(かすめた)。
今の新にはその何かが少し見えた気がした。
「矢?」
それは光輝く一本の矢だった。
その矢は山賊の一人の頭を貫いていた。
男達に恐怖の色が見える。
矢が飛んできた方角を向くと、まだ距離はあるが何かが凄まじい速度でこちらに向かって来ているのが見える。
「王国騎士団だ!もう追ってきやがった!逃げるぞ!」
大男が叫ぶより早く、今度は無数の光の矢が男達に降り注ぐ。
一瞬の出来事だった。
先程まで生きていたはずの山賊達は地面に倒れ、一瞬にして辺りは血の海と化している。
しかしそんな中、山賊の大男だけは身体中に矢が刺さり血を流しつつも、大斧を地面に付き、支えにして立っていた。
もう立っているのがやっとだろう。
こんな光景を目前にして初めて気づく。少し間違えば自分もこの男達のようになっていたことに。
そこで初めて恐怖が新を包んだ。
「おい貴様。」
鋭い刃のような声が鼓膜を貫いた。
(女性の声?)
振り返ると同時に首筋に強烈な衝撃が走った。視界がゆっくりと暗くなり気絶する間際、振り返った先に金髪の長い髪を揺らし、白い布を纏った騎士を見た気がした。
(てか、また気絶かよ...)