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うまい話には裏がある。



  時給が、良かった。




「彗!飲みに行かない?」


腕に絡みつく女。


「無理。今日バイトだから。」


「彗バイトなんかしてたっけ?」


「今日からだよ。」


ギャースカ何か叫んでいるのを無視して掲示板に張られていた家庭教師募集の紙の住所の元へと向かった。


葉桜の花芯が肩に落ちた。



『SAKURAGI』桜木……


入り組んだ地形に散々迷ってようやくたどり着いたそこは、色とりどりの花が咲き乱れていた。


「花咲か爺さんでも住んでるのか。」


ひとりぼやいてチャイムを押す。出てきた少女が僕を見て、ぺこりと頭を下げた。





通されたリビング。そこにも観葉植物が生茂っていた。

広く掃きだしになっている窓から差し込む光が、緑をつややかに照らす。なんて居心地のいい場所なんだろうか。眠気をもよおしかけた僕に、現実がのしかかる。


テーブルの上に広げられた模試の成績表、日頃の試験の答案用紙。


現国340人中2位。古典1位。英語2位。日本史5位。

生物14位。化学334位。数学339位。


ぱっと目についたのがそれだった。

よく出来る子じゃないか……

何とはなしに志望校を見た、視線の先


理系の大学の学部以外の志望校はない、

志望学部がない。


何となく、芽生えた不安……

無意識に志望校名に触れる、


何を言いたいのか察したのだろう。


少し前までの安心感をバズーカで撃たれたような衝撃が、この身に襲い掛かる。


少女は口火を切った。


「理系です。」


「……え?」


ああ、何となくそんな気はした、

そんな嫌な予感があった。

けれど、認めたくなかったのだろう、

僕の中の何かが、現実を。


「……でも、英、国、社の成績はずば抜けてるよね?」


「理系です。」



  数学8点

で、後ろから二番。まだ下がいるのか。

いやむしろ、だ。

むしろその8点はどうすれば取れるのか、そこが理解出来ない。逆にすごい気さえする。


「ひとり、欠席です。」


少女が答える。

この少女は人の心の内を読むのが、どうやら上手いらしい。

察しが良い。

そんな長所に目を向ける自分に、我ながら、現実逃避甚だしい気持ちに苛まれる。


「ああ。なるほど。欠席ね。」欠席…ビリかよ。


「センセイ、お願いします!」


少女は思いきり頭を下げた。つやつやと天使の輪がいくつも光っている最近見慣れない黒い髪。


「わたし、理系志望で。なのに、この成績で。」


泣きそうな顔になった。彼女の肩に名前も知らないよく見かける観葉植物の葉の影が出来ていた。


「でもね、あ、と名前は……」


「乃亜です。」


「乃亜ちゃん、今高三でしょ。」


僕の言葉にますます泣きそうになった。


「やれるだけのことはやってるんです!でも、全然で。」


因数分解だって覚えられなくて、そもそもそこが始まりでずっと赤点続きで、でも追試はクリアしてきたんです。


妙に誇らしげな顔。

「…追試?」


「はい!無事クリアして進級してます!」


「ああ。うん。」


この天然さは何だろう。頭からチューリップが生えているのが見えるようだ。


「でもこの時期にね、この成績で、はっきり言って理系で行くのは難しいでしょ。」

この志望校見ても理系でばりばりやってきたヤツでも難しいトコだよ。


「わかってます…でもわたし、」


「わたし、樹医になりたいんです。」


「じゅい?じゅうい?」


聞き慣れない言葉に問い返す。


「樹医です。」


「樹のお医者さんです。」


乃亜はにこりと微笑んだ。


「そんなのがあるの。」


「はい。」


「でも樹に医者も何も…」


「樹だって!痛いときは痛いし、寒いときは寒いんです!」


がたっと立ち上がって、リビングの外を見る。

花々を映したその目はどこか、母親がわが子を慈しむそれと重なった。


「……花咲か爺さんは君か。」


小さく一言僕の声。


「趣味は?」


「園芸です。」




頭を抱えずにはいられなかった。



『家庭教師募集  本学園高等部三年 桜木乃亜

 時給2500円』



それから時給2500円では足りないほどのエネルギーを乃亜に吸い取られる日々が始まった。

うまい話には裏があるとはこのことか。




くすくすと世莉が笑う。

講義中居眠りをしてしまっていた。


「彗がねぇ。」


ますます可笑しそうに笑う。


「家庭教師。樹のお医者さんの。」

「花咲か爺さんの、だよ。」


未だ抜けない眠気のまま大きく伸びをする。


「その乃亜ちゃんってコ、緑の手を持ってるんじゃない?」


「緑の手?なんだそれ。」


「どんな植物でも意のままに育てられる、植物のエキスパート。」


「ああ……なるほどね。手は緑でも今日持って帰ってくる答案用紙は真っ赤だよ。」


「わからないでしょ。」


「昨日乃亜が言ってた。三問解けた!って笑顔で。」

つまり、三問しか解けてないってことだ。


堰を切ったように世莉は笑い出した。


「いい子じゃない。」


「いい子といい生徒とは違う。」


「でも彗はいい先生ね、週に五日も通って休日返上で。」

柄じゃないけど。



 でも、乃亜を見ていると、


なんとしても入れてやりたいと思う。


誰よりも無垢な心で、植物を愛でる、乃亜。


樹医に、させてやりたいと思う。



  思えばその頃から既に僕は乃亜に。


『サ・ク・ラ・サ・ク』



春。満開の桜舞う中、涙ながらに飛びついてきた乃亜を想う。



本作品をもちまして、

『十四回目のデートで君は、初めましてと言った。』

完結となります。



初めての投稿、至らない部分もたくさんあったかと思います。


気付いたところは修正しましたが、誤字、脱字も多かったかと思います。


それでも最後までお付き合い下さった方、

評価して下さった方、

お読み下さった方、

閲覧して下さった方、


全ての方に、心より感謝致します。


本当にありがとうございました。



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