死にゆく国に、花束を
しんしんと、雪が降り積もってゆきます。
暗い空から絶え間なく降り続ける雪を、国王は黙って見つめていました。
「この城も、やがて雪に埋まるでしょう」
王の後ろに立って、秋の女王が言いました。
「あなたも、お逃げになってはいかがです」
王は雪を見つめたまま、なにも答えませんでした。
「このままでは、あなたまで雪に埋まってしまいますよ」
かたくなに答えない王に、秋の女王は笑ったようでした。
「もしやまだ、季節が回るとお思いですか」
王は振り向かず、ただただ、溶けることも知らずに降り続ける雪を見つめていました。
「わかっているのでしょう」
秋の女王が言います。
「なぜ、冬が塔から出て来ないのか、春が塔を訪れないのか」
秋の女王は王の後ろに立つばかりで、決して、隣に並ぼうとはしません。
「こんなことになったら真っ先に怒り出しそうな夏が、まったく反応しないことにも、気づいているでしょう」
責めるでも、訊ねるでもなく、ただ、たんたんと、事実を確認しているような声音で、秋の女王は語ります。
「知っているでしょう」
秋の女王が王に触れることはなく、寒さで蝋のように白くなった王の手を、あたためる者は誰もいません。
「多くの国民が、国を棄てて出て行ったことを。いまだ残る国民たちが、とうに覚悟を固めていることを」
ただ、黙って立っている王に、秋の女王の言葉が届いているのかも、わかりません。
「どうして出て行ったのか、どんな覚悟を固めたのか、あなたは気づいているでしょう」
王は、なにも答えません。
秋の女王も王の反応がないことなど、かまわず話続けました。王が聞いているかいないかなんて、気にしていないのでしょう。
「なにが起きたのか、なにが起きるのか、あなたは理解しているはずです」
すべての音が雪に吸われたような、白く静かな世界に、秋の女王の言葉だけが響きます。
「だと言うのになぜ、あなたはここに居続けるのですか」
王はなにも、言葉を返しません。
「わかっているのでしょう」
返事なんて期待していないのか、秋の女王は続けました。
「冬が眠り、春は枯れ果て、夏は消え去った」
冷えきった空気はふたりの身体まで冷えきらせたのか、冴え冴えとした空気に息が染まることもありません。
「触れを出しても、それに答える国民はもういない」
飽くことなく降り続ける雪で、外は平らにおおわれています。
「よしんば回そうとしたところで、春はもう来ません。いまさら秋に回したところで、なんの救いにもなりません」
白い雪に、白い雲。世界はどこまでもどこまでも、真っ白でした。
「秋に回して雪を溶かしたとしても、その下に芽吹く種はありません。そもそも秋では、種を芽吹かせることもできません」
もう十分に地表を覆い尽くしたと言うのに、それでも雪は降り続けます。
「そして、たとえ草木が芽吹いても、それを育てる者、収穫する者は、いないのです」
雪は冷たい空気から、地面を守ります。
けれど、いくら守られても、その期間が長過ぎれば地面のなかの生きものは死に絶えてしまいます。
それほど長い間、この国には雪が降り続けていました。
「わかっているのでしょう」
秋の女王はしずかに、王に言いました。
「この国が、もう滅びるしかないことが」
自国が滅びると言われても、王は反応を返しませんでした。
それすら気にすることなく、秋の女王は重ねて問いかけます。
「それでもあなたは、ここに残るのですか」
王は答えず、ゆっくりと、その身を雪のなかへと投げました。
ああ、と、秋の女王がため息のような声をもらします。
「もう、遅かったのですね」
秋の女王の瞳から、ぽろりとひとつぶこぼれた涙は、落ちることなく、頬の上で氷の結晶となりました。
「まさかわたしが最後になるなんて。思っても、いませんでしたよ」
秋の女王は豪奢なドレスを着ていましたが、その服さえ凍りついて白く染まっていました。
「せめて最後に見る景色は、こんな真っ白でない方が良かったのですけれど」
秋の女王は腕を動かそうとしましたが、凍りついた腕はもう、動きはしませんでした。
「花束くらい、あなたたちに供えられれば」
無理に腕を動かそうとしたために重心が崩れ、ぐらり、と秋の女王は倒れました。
「ああ、どうか、次に会うときは、もっと、あたたかい世界で……」
あきらめたように目を閉じた秋の女王は、城の石床に身を投げ出します。
ドレスの上に深紅が広がり、それはまるで、大輪の花束のようでした。
降り続ける雪はいつしか、その紅さえも白く埋めました。
しんしんと、雪が降り積もってゆきます。
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