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エースの打撃

結局、「一生懸命ロードワークに行ってきましたよ」アピールをするには十分な『演技』でグラウンドに戻ってきた俺は、先輩と一緒に本格的に練習を始める前のストレッチをしながら、息を整えていた。

 本来なら戻ってきたらすぐに監督に報告をして、指示を仰ぐところなのだが、今は地元の新聞記者の方に夏の大会に向けてのインタビューを受けているらしく、ほかのチームメイトも俺たちがロードワークに行っている間にノックやトスバッティング等の練習に入っていた。まだボールに触っていないのは俺と相模先輩だけなので、必然的に二人で組むことになるわけだが。

「いててっ! 先輩痛いっす!」

「うわっははは。今坂、お前ちょっと体固すぎだろ」

 先輩がやたらと俺の体をいじめたがる……確かに先輩の体は柔らかかった。開脚も180度近くいけるし、体前屈も額がひざにつくぐらいグイン。正直、俺が補助しなくてもひとりでストレッチ出来るだろうし、そもそも先輩の身体が柔らかすぎるため、ストレッチになっているのか疑問ではある。

「痛い痛い痛いっ!」

「うわっはっはっはっはっ!」

 先輩のストレッチの補助をしながら、なぜそんなに体が柔らかいのか聞いたのだが、「体が柔らかいほうが疲れにくいし、怪我をしにくいから」だそうだ。ついでに言うと、小学生の頃から柔軟体操を欠かさなかったらしい。しかも、それが当時の監督に言われて無理やりさせられていた、とかじゃないから驚きだ。

「痛いっす! 先輩、痛いっす!」

「ぶわっはははっはっは!」

 先輩、笑いすぎだろ! 確かに自分の体が固いという自覚はあるが、まさかここまで先輩におもちゃにされるとは思っていなかった。俺も野球を始めてすぐの頃から、柔軟は毎日やれと言われていたが、初めて柔軟に取り組まなかったことを後悔した。

 それから、10分ほど時間をかけて各部の柔軟体操を終えた。どのストレッチを行っても先輩におもちゃにされたのは言うまでもない。

「ひー、ひー、はぁー、面白かった」

 先輩が疲れたところでストレッチが終わった。俺の方はもうすでにぜーぜー言っていて、もはや準備体操が終わったところで疲れ果てている。

「もうちょっと手加減してくれてもいいじゃないすか……」

「やだよ。面白いもん」

「即答とかひどくないっすか」

「それよりも早くグローブとってこいよ。キャッチボールしようぜ。そのあとはフリーバッチ(バッティング)な」

「……うす」

 体育会系の上下関係は厳しいのだ……

 さんざんおもちゃにされた挙句、先輩に言われるまま、グローブを取りに行く。自分のグローブは自主練が終わったあとにベンチに置いたはずだ。ちなみにうちの部では、先輩にキャッチボールに誘われたら先輩のグローブを取りに行く、ということになっている。相模先輩はいつも練習前にグローブを手入れするため、部室の棚に取り出すので助かるが、ほかの先輩はその先輩自身もどこに置いたか分からない、なんてことがしょっちゅうあるので大変だ。

 自分のグローブを回収したあと、部室まで戻り、先輩のグローブを探す。

「あったあった」

 探すというほどの時間もかからず、いつものように定位置にグローブが置いてあった。「K-TAROH」という刺繍が入っているのを確認して、部室を出ていく。グラウンドの端の方で、軽いストレッチをしながら待っている先輩を見つけ、駆け寄った。

「遅い」

「遅くないっすよ。言いたいだけでしょ」

 とりあえず、悪態をついてみる先輩を軽くあしらい、周囲に危険が及ばないか確認しながら先輩と距離を取る。最初は短い距離でボールを投げ合う。いきなり遠くから投げると、肩を痛めるからだ。それから徐々に距離を伸ばし、最終的に30メートル程の距離でキャッチボールを行う。本当ならもう少し長い距離で腕の振りやボールの回転を確認しながらキャッチボールを行うのだが、今日はすでに俺がある程度の球数をこなしているので、それ以上の距離ではしない。

 15分ほどかけてゆっくりとしたスパンでキャッチボールを行い、十分に肩を作る。

 俺と先輩は(名目上は)ロードワークに行っていたので、ほかの部員とは練習のテンポが一回りほど遅い。そのため、先輩がやろうと言っていたフリーバッティングは、そのスペースがなかなか空かず、キャッチボールを続けていたのだが、結局、先輩に『投球数が増えると徐々に腕が下がる』という点を指摘され、みっちりとフォームの指導をされることとなった。

「あっ、先輩。場所空いたっすよ」

「そんじゃ、練習開始だ」

 先輩はベンチに置いていたバッティンググローブを取りに行く。俺はマウンドへと走り、マウンドの状態を確認しながら、投球練習を行う。

「じゃあ、最初は俺の調整もかねて、まっすぐオンリーで行きます!」

 捕手を座らせて、ボールを軽めに投げ込む。いわば、相手を座らせてのキャッチボールみたいなものだ。これから行う練習は、あくまで打者を中心とした練習であるため、投手はそれほど気合が入った球を投げる必要はない。ただ、機械が投げる球と人が投げる球は球速は同じでも、打者の感覚としては全く違うので、ピッチングマシンだけで打撃練習をすべて賄うことはできないのである。打撃練習の補てんを行うために人間が投げている、ということなのだ。ただ、練習でデッドボールを与えるなんてことはあまりにもバカらしいので、相応の準備は必要となる。

「じゃあ、変化球もいきまーす」

 次に、スライダー、カーブ、チェンジアップを投げ終えれば、実際に打者が打席にはいり、フリー打撃の開始だ。

先輩が打席に入り、構える。先輩がしっかりと態勢に入ったのを確認して、俺もゆったりとしたフォームでゆったりとしたボールを投げる。ゆるゆるとボールがホームベースへと向かっていく。強烈なバックスピンをかけたわけでもなく、かといって、いわゆる変化球のような動きをするわけでもない。あえて言うなら、スローボールだ。

 先輩のバッティング練習では必ずファーストスイングは、緩いボールを右打ちと決まっている。なぜ、速い球でもなく、引っ張るのでもなく、「緩い球を右打ち」なのか聞いたことがある。先輩が言うには、フリーバッティングは自由に打てる分、引っ張って帆大きな打球を打ちたくなってしまい、気持ちがはやるそうだ。だから、緩い球を逆方向に打ち返す意識を持つことで、気持ちを落ち着かせるとともに、ボールをしっかりと引き寄せるという感覚を呼び起こすということらしい。

 俺はあんまりバッティングのことを考えたことないし、ピッチャーはやはりピッチングに専念すべきではないか、というのも聞いたことはある。打席にもグラブを持ち込むつもりならいいんじゃないか、と返された。なにかよく分からないが、バッティングも頑張れ的なことを言われたのだけはわかった。

 軽めの球を10球ほど打ち終えたところで、先輩は一度打席を外す。これからは、どちらかというとシートバッティングに近い。

 俺が全力で投げる。先輩が全力で打ち返す。

 と言っても、俺はストレートを実戦通りに、変化球も適度に交えるぐらいで、それほど練習がハードになるわけではない。

「じゃあ、先輩。今から行きますよー」

 念のため、先輩に対して、球速を上げることを宣言すると、先輩のほうも土を慣らしながら、こちらにOKサインを向けてくる。先輩の準備が完了したことを確認してから、小さめに振りかぶる。右足を大きく踏み出し、左腕をしならせ、ボールに力を伝える。しっかりとコントロールされたボールが高めに、低めに、内に、外に様々なコースに投げ分けられていく。先輩はそれを打ち損じないように、しっかりと見極めつつ、確実に打ち返していく。

 うーん、それにしても、見事なほどいい当たりを連発されてしまう。そういう練習ではあるのだけども、投げる方としては、あまり面白くないというのが正直な感想だ。

 20球ほどの打ち込みが済み、先輩からラストのコールがかかった。これが、最後の一球になる。

 普段は、最後は打者が気持ちよく練習を終えるように、ど真ん中に打ちごろのスローボールを投げるのが、俺の中での決め事だ。

 しかし、先輩相手にいつも通りには面白くない。

 俺は、今まで投げなかったインコースに全力のストレートを投げ込むことにした。

「そいじゃ、最後の球いきまーす、よっ!」

 いかにも、遅い球投げますよーという感じのゆったりとしたフォームから、唐突に右足を思いっきり踏み込んで、思いっきり左腕も振り切った。

 よくコントロールされた直球が先輩の懐めがけて飛び込んでいく。

(すいませんね、先輩。ちょっとした憂さ晴らしに突き合せちゃって)

 しかし、先輩は、そのスピードのボールがそのコースに来ることを予めわかっていたかのようにスムーズにバットを出し、その白球をとんでもない速さと角度で打ち返してしまった。

「うっわ、飛ばしすぎでしょ、先輩っ!」

 打球の行方を目で追った。その打球は、どんな球場でもスタンドインであろうという距離まで飛び、最早マウンドからは白い点としか見えないぐらいなってからようやくバウンドした。

「先輩、飛ばしすぎですよ。バッティングの方も絶好調じゃないですか」

 俺は、もはや不意打ちに近い形でインコースに全力投球したことも忘れて、グローブをぽんぽんとたたき、先輩を褒め称えた。実際に、その打球は非の打ちどころがないほど完璧に捉えられたものだった。これが実戦で打たれたのであれば、最早すがすがしくすらあるだろう。

「いやいや、今のはな」

 先輩もその打球には満足いったものがあったのか、にやにやと口元を緩めながら、

「どのコースに、どの球種が、どんなスピードで来るか、分かったうえで振り切った結果だからな」

「お前さ、いつもは緩い球を投げる時も普段とモーション大して変わんないのによ、あんだけ遅いモーションだったら、いつもと違う球を投げてくるんだろうなぁってすぐにわかったよ。そういうわけで球種が読めただけだから、もう一回同じような打球を打てと言われても無理無理」

と、謙遜なのか、それとも本当なのかよくわからないことを言った。いつもに比べて、言葉数が多いのも、テンションが上がっている証拠だろう。それほどまでにすごい打球だった。

 しかし、しばらくにやにやしていたかと思うと、急に真顔になり、

「それよりもな」

 バットの先で俺をビシッと指した。

「インコースに投げるなら、ちゃんと予告してからにしろ。練習でケガしたら、ばからしいだろ?」

 怒られてしまった。

「すんません……」

「わかりゃーいいけどさ、まあ、そんだけ自分のコントロールに自信があるってことの裏返しでもあるならいいんじゃないか。で、どうする?」

「どうするって、何がですか?」

「お前も打撃練するかってことだよ」

 どうしようか、ここまでは十分練習をこなしているような感じもするし、これ以上の練習は体を痛めるかもしれないな。うん、そうだ。今日の俺はよくやった。

「いや~、今日は最初っからいっぱい練習したから、あとはダウンにしようかな~「相模せんぱーい」

 遠くから後輩が呼びかけてきた。

「山西って新聞記者さんがインタビューしたいから、監督室まで来いって監督が呼んでましたー」

「やばっ、完全に忘れてた! 御次なんかにかまってる場合じゃねえよ!」

 そう叫ぶと先輩は一目散に取材場所であろう校舎のほうに走って行ってしまった。ていうか、何気にひどいこと言ったよね、先輩。

 ていうか。

 バッティングケージの片付け、俺一人でやるの? 

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