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最終話 ティンカーベル

 緊急事態のブザーが船内に鳴り響いた。

 機関後部から火の手が上がり、炎は瞬く間に燃料庫へと向かって燃え拡がる。

「もうこの機体は駄目だ。総員退避!」

「護衛機は何をしている!」

 状況把握が困難になり、情報が交錯した。

 遂に退艦命令が降り、大型輸送機のレティシアが堕とされた。

 離陸直後に惑星(ルウラ)の奇襲に遭ったのだ。

 燃え盛る巨大な炎の塊が、緑のジャングルへと失速して行く――

 

 軍の最後部に就いていたエステル達特殊戦闘機部隊は、惑星(ルウラ)の思わぬ猛攻に苦戦を強いられていた。


 (連邦軍)派兵の当初の目的は、資源争奪の内乱から惑星ルウラ全土に拡大してしまった戦争の終結であった。が、いつの間にか連邦軍までもが資源争奪戦に参戦し、深入りしてしまったのだ。

 調停する立場にあった連邦軍の参戦や、更にはこの惑星(ルウラ)での「神」的存在である有翅族(メーヴ)の少女を殺害した事実が発覚し、連邦軍に対する反感は日を追って増すばかりだった。

 状況を憂えた地球連邦軍の幹部は撤収する道を選んだ。

 連邦軍を敵に廻す事で、内乱を極めていた惑星(ルウラ)は皮肉にも一つに纏まりつつあったのだ。


 エステルは、連邦軍の味方機に「特攻」して来る敵機に恐怖を覚えた。

 質よりも膨大な物量を投与して、有翅族(メーヴ)冒涜ぼうとくした連邦軍を壊滅させる心算だ。

 エステルは手馴てだれの二機にしっかりとマークされ、何度もロックオンされていた。A・Iであるシャラのダミー機も、敵機七機を同時に相手していた。

 ミサイルの追尾妨害用チャフも底を尽き、機銃の残弾も既に心許無くなっている。

―「後方より熱源接近!」

 追尾装置搭載のミサイルだ。

 エステルは切り立った深い崖の間に『ティンカーベル』を向かわせた。彼に執拗に付いていた二機は姿を消している。

 進路方向上部の崖を機銃で崩し、落石を利用して後方からの熱源を辛うじて回避した。

―「もう一発来ます!」

「了解」

 ミサイルがティンカーベルを捉える寸前まで引き付けると、エステルはエンジンを急速にシフトダウンさせて、こちらも鮮やかに攻撃を回避する。

 しかし、崖への侵入は『ティンカーベル』の通信を遮断してしまい、シャラが操作していた七機のダミーは一瞬にして撃沈されてしまった。

 報告を受けたエステルは焦りの色を滲ませた。

 深い崖の間は時折急に狭くなり、水平飛行が出来ない場所も幾つかある。エステルは機体をローリングさせながら巧みにかわして行った。

 低気圧が近付いて来ている。

 暗雲はたちまち低く垂れ込め、雷雲を呼び、目視確認を困難なものにしていた。


 どのくらいの時間が過ぎたのだろう?

 十数機、いや、何十機を墜とした『ティンカーベル』だが、流石に無傷では居られなかった。

 極度の緊張はエステルの自律神経を徐々に狂わせ始めていた。

―「エステル、心拍数が異常に上がっているわ。大丈夫?」

 彼の心拍、呼吸、体温等のヴァイタルチェックが波形になってモニタに映されている。

 シャラの気遣いは嬉しかったが、正直、後から次々と湧いて出る敵機の多さに、もはやお手上げの状態だった。

―「エステル中尉、聞えますか?」

 その通信は補給部隊からの連絡だった。


「また随分と遣られたな?」

 臨時に補修整備されている、傷付いた『ティンカーベル』を見上げて補給部隊のダグラスがエステルに声を掛けて来た。

 エステルは固形食を無理矢理イオン水で流し込むと、立ち上がって軽く頭を下げる。

「ダグラスさん、助かりました」

「まぁーだ安心するのは早すぎるぞ?」

 ダグラスの言葉にエステルも気を引き締めて顎を引く。

「上のお偉いさん方の団体はそろそろ危険空域を離脱した頃だ。さっき連絡があった。向こうも大分被害が出ているそうだ。コッチも愚図々しては居られん。取り残されでもすれば大事おおごとだからな」

「ええ」

「エステル」

 搭乗支度をする彼を、ダグラスは呼び止めた。

「はい?」

「戻って来いよ」

 エステルはその言葉に表情を和らげる。

 そして真顔に戻り、黙ってダグラスに敬礼した。


 補給を終えた『ティンカーベル』は味方機数機を従えて再び出撃した。

 眼前を埋め尽くす敵機の多さに、交戦するエステルは弱音を吐いた。

「なあ、シャラ」

―「何です?」

「この争いの大元おおもとの火種は、「神」であるお前の奪還だと聞かされたよ」

―「……」

「俺が此処で彼等に投降して、お前を彼等に返せば治まるのかな?」

―「無理だと思います」

「どうして?」

―「貴方が投降したとしても、きっと命の保障はありません」

「俺なんかどうなっても良い。お前が戻りさえすれば……」

―「言わないで!」

 シャラは哀しそうにエステルの言葉を遮った。

―「私が「神」であるかどうかを今、問いただしている場合ではありません。それに、もう私は『ティンカーベル』です」

「……そうだったな」

 勝手な都合で『ティンカーベル』に生体融合させておいて、今更何を都合の良い事を思い付いているのだろうか。

「シャラ……すまない」

 エステルは無責任な言い様を恥じた。


「シャラを「神」だと言うのなら、いっそその能力を見せてやる」

 エステルは、非公開で行った最終テストを此処でも実行する心算だった。

―「あの時は対象が静止した状態でした。でも、今度は移動しているのでしょう?一瞬でも計算が遅れれば……」

 シャラはあまり乗り気ではない。

「大丈夫だ。シャラなら出来るさ」

 エステルはそう言ってシャラのA・Iカメラに微笑んだ。

 その笑顔がシャラを勇気付ける。

―「がっ、頑張りますっ!」

「了解。いい返事だ」


―「此方『ティンカーベル』全機、補給機最後部防衛ラインまで後退せよ」

 味方機がエステルの通信を受けて次々に方向転進をして行った。

 湧き上がる暗雲の様な敵機が、一機だけ残った『ティンカーベル』に向かって押し寄せて来る。

「これで燃料の半分が尽きるな」

 ほんの少し、不安になった。


 エステルは何の躊躇いも無く敵機に向かって加速した――

 真正面から打って出た。

 『ティンカーベル』に集中砲火が浴びせられる。

 美しい銀の機体が銃弾を掠め、削り取られる。エステルは機体を回転させ、銃弾をかわしながらも急速に敵機との距離を縮めた。

 敵機と接触する瞬間、『ティンカーベル』の姿が唐突に消えた。

 『ティンカーベル』をレーダーからも見失った敵機は混乱し、『ティンカーベル』の能力に畏怖する。

 戦意を喪失した編隊が次々に崩れ、退却して行く――


「やった!」

 エステルは遠去る敵機の状態をモニタで確認し、小さく拳を握った。

 途端に機銃で狙われる。

 IFFの警告に、咄嗟に反応して事無きを得た。

―「(あやか)しの手をひけらかしても、所詮パイロットはお前だ!」

「何ッ?」

 突然、聞き覚えのある通信が割り込んで来た。

 正面十一時の方向から急速旋回し、接近して来る機体を確認した。

 エステルは素早く操縦桿を倒して回避行動を取った。

「マーベリック!」

―「その機体の特殊能力で、一体、幾ら命拾いをした? 他の奴等は騙せても、お前がロクな操縦しか出来ないのを俺は知っているんだからな」

 マーベリックはエステルを挑発した。

「貴様ぁあ!」

 全身が戦慄わなないた。


 二機の戦闘機は互いの背後を取ろうと何度も旋回を繰り返し、執拗に追い掛けた。

「遣るようになったじゃないか!」

 自分がエステルよりも遥かに技量が勝っていると思っていたマーベリックは、想像以上に上達していたエステルに、次第に押され気味になって行った。

 『ティンカーベル』を操縦する事で、徐々にエステルの技量が引き上げられていたのだ。

―「貴様だけは許さない!」

 エステルの正気を逸した怒声が聞える。

 激しい銃撃戦になり、『ティンカーベル』が雲を曳いた。


―「危険です。この角度で進入すれば……」

「黙っていろッ!」

―「エステル! 止めてくださいッ!」

うるさい!」

(今までの俺じゃない! 絶対……絶対にアイツを撃ち堕してやる!)

 必死で止めようとするシャラの警告を無視したエステルは、『ティンカーベル』を垂直旋回させ、機首を真下に向けた。

 真下には、『ティンカーベル』に向かってマーベリック機が突き進んで来る。

 互いに螺旋を描く様にして急速に接近する――

 三十ミリが火を噴いた。

―「エステル!」

 シャラの悲鳴が銃声に被る。

「あッ!」

 一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。右眼の視野が真っ赤に染まった。

 エステルは乱暴に酸素マスクを剥ぎ取り、視界を確保する。

 コンソールには危険警告のサインが激しく点滅し、コールを繰り返して鳴り止まない。

 モニタは、まだマーベリック機を捕捉している。

 逆噴射を掛け、主翼のフラップを全開にして、エステルは『ティンカーベル』の機首を強引に百八十度転進させた。

 丁度、空中でひらりと前転した状態だ。

 強烈な高Gが傷付いたエステルに襲い掛かり、更にダメージを与える。

 間髪をいれずに機銃を掃射した。

 オレンジ色に光る銃弾が、背後を取られたマーベリック機に容赦無く浴びせられる。

 マーベリック機はそのまま真っ直ぐに進路を採ったが、ワンテンポ遅れて火の手が上がり爆発した。

「や……った……うっ?」

 気が抜けた途端、多量の吐血をした。

 マーベリック機と擦れ違った時、エステルは機体を貫通した銃弾を体内に浴びていたのだ。

―「エステル? エステル?」

「……だ、大丈夫だ。問題、無い」

 必死に呼び掛けるシャラの心配を打ち払う様に、エステルは激痛に襲われながらも冷静にそう言った。


 暫らくの間、エステルはマーベリック機が墜ちて行ったジャングルを黙って見詰めていた。

 マーベリック機は地上に激突すると巨大な火柱を上げて燃え盛り、辺りの樹木を巻き込んだ。真っ黒い煙が渦巻きながら天空に昇って行く。

「帰るよ……シャラ」

―「は、はい」

「皆と随分離れたね……チョッと疲れたな……操縦を任せても良いかい?」

 その言い方は普段のエステルに戻っていた。

―「はい」

 しかし、そのシャラの声はくぐもった泣き声が混じっていた。

「……」

 エステルはシートにぐったりと身体を預け、眼下に拡がるジャングルを見詰めて、何かを考え込んでいる様だった。


「シャラ……」

―「はい」

「俺はこの『ティンカーベル』に逢った時から、如何すればお前が分離出来るのかを調べていた。お前の能力が「神」なら、人間の力など及ばないのかも知れない……が」

 そこまで言って、エステルは身体の力が抜けるのを覚えた。

 がくりと崩折れたエステルの様子に、シャラが悲鳴を上げる。

「……ま、まだだ。まだいける。は……なしを……」

―「もういいです! 喋らないで!」

 エステルのヴァイタルゲージがどんどん降下して、緊急アラームが鳴った。

「お、前を襲った連中を……摂り込んで成長したよな? 此処の惑星(ルウラ)の、古文書にも、そんな事が、書き記されて……た」

―「エステル?」

「い……い、か? よく聴け……お前は、人間の細胞……変化させて、自分、の身体を構成す……出来る」

(駄目だ……意識が……)

 そこまで言って、再び吐血した。

―「お願いですから! エステル! 安静にして!」

「……俺の身体を……遣る」

 朦朧としながら、エステルは静かに眼を閉じた。既に痛み処か身体の感覚さえ失っている。

―「な……何を言っているんです?」

 シャラは動揺して聴き返した。

「た……頼むから、一度で理解、して……くれ……」

 エステルは優しくA・Iのカメラに向かって微笑んだ。

「俺を、遣って分離……しろ」

(『ティンカーベル』から離れて自由になれ)

―「で……出来ません! エステル! そんな!」

「ああ、さっき……怒鳴ったり……て……悪かっ……」

―「いいんです! そんなコト、気になさらないで。お願いですからもう話さないで!」

 シャラは必死でエステルを気遣った。

「い、いか? ……これ……命れ……い……」

―「そんな……厭です! 私は『ティンカーベル』で居ます。だから……だから一緒に帰りましょう?」

 シャラは混乱していた。

 エステルは力無く嬉しそうに微笑むと、一度大きく息を吐いた。

 彼の蒼い眼は、もう光さえ認識出来なくなっていた。

「……シャラ……あ……ぃ……」

 微かに唇が動いた。

(愛してる)

 エステルは最後までその言葉を告げる事が出来なかった。

―「? エステル? 如何しました? エステル?」

 遂にヴァイタルゲージが測定不能になった。

 エステルの生命数値曲線は真っ直ぐな直線を描き、緊急アラームは一定音を保って途切れなく鳴り続ける。

―「……い、厭あぁ……返事をして! エステル! エステルうう!」

 悲鳴にも似たシャラの泣き叫ぶ声が、低く垂れ込めた暗い雷雲に木霊した。



『帰るよ……シャラ』

 そう言ったエステルの言葉に、シャラは故郷(ルウラ)ではなく、彼の居た地球を選択していた。


「一体、アレを如何しろって言うんですか? アレのA・I制御機能源は「光」なんですよ?ほんの僅かな光源にも反応出来る。アレを黙らせる為には、完全密閉型で暗室可能な格納庫にでも入れておかないと、またいつ起動して暴れ出すか……」

「この近くにカントー空軍基地がある。あそこの格納庫ならその条件を満たせるし、好都合だ。コイツも大人しく眠ってくれるさ」

 傷付いた『ティンカーベル』を遠巻きにして、何人ものメカニックが頭を悩まして居た。

 『ティンカーベル』はエステル中尉の遺体収容に来た軍を拒み、修理を拒み、破壊を拒んだ。



 そして月日が流れ十年後……


「シャラ? サシャラ・ナージャ? 俺だ、覚えているか?」

 一人のグレネイチャの男が、立ち入り禁止区域に閉じ込められていた彼女の眠りを呼び覚ました――


                 ティンカーベル (−デリート4 番外編−) 完

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