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第5話 賭け

「最終テストだ」

 管制塔で『ティンカーベル』の飛行テストを見守っていたデュラン大佐は、パイロットであるエステルに切り出した。

 この一週間、非公開で行われた『ティンカーベル』のテスト飛行は、デュラン大佐をはじめその開発関係者達にとって満足出来る仕上がりだった。

―「いつでも」

 メイン・モニタに映ったエステルが大きく頷く。

「そこから二つの管制塔が確認出来るか?」

―「はい」

「君から向かって右の管制塔は3‐Dのダミーだ。君はそのダミーに向かって最大速力で突っ切れば良い」

―「……?」

 エステルが言葉に詰まった。彼の戸惑いがモニタを通して手に取れる。

「どうした? 簡単な事だろう?」

―「……仰っている意味が……何かの間違いではありませんか? 自分には左の管制塔がダミーだと……」

「私を疑うのかね?」

―「い、いえ……けっして……」

「なら、こう言えば良いかね? これは命令だ」

―「はっ、はいッ!」

 エステルの返事にデュラン大佐は満足そうに頷き、通信回線を閉じる。

 そして各所定の位置に就いていたスタッフを見廻した。

「……全員、直ちに此処から退避せよ」

 デュラン大佐は決断を下した。

 その場に居合わせた全員がデュラン大佐に注目する。

 しかし、誰も持ち場を離れようとはしない。

「どうした? 早く退避しないと君達まで巻き込まれてしまうぞ?」

 デュラン大佐は動かないスタッフを驚いた。

「大佐こそ避難して下さい。我々は、最期まで『ティンカーベル』を見届けます」

 責任者の男が静かに口を割った。

「な、何を言っておる! アレを造らせたのは私だ。私こそ残らなければならん」

「では、我々もお供します」

「……あの機体の本来所有すべき性能が備わっているか、否か……成功するものだと確信するには余りにも確立が低すぎる。私は無駄な犠牲は望まん」

「もとよりその心算です。ご一緒させて下さい」

 彼の言葉に、その場に居合わせていたスタッフの全員が頷いた。


「シャラ、どう思う?」

 エステルはA・Iのシャラに問い掛けた。

―「エステルの言った事が正しいわ」

「なら、最大速度で左のダミーに……」

―「それは無いわ」

「?」

―「デュラン大佐は私の本来持っている能力を試そうとしているのよ。貴方の命を賭けて」

「……狂っている……」

 エステルは誰にとも無く呟いた。

(それとも何らかの確信があっての事か……?)

―「狂って……そうかも知れないわね。如何します? ダミーに向かいますか? それとも……」

「決まっている。これは命令だ。俺はシャラを信じるよ」

 シャラに余計な心配を掛けさせまいとして努めて明るく振舞った。

―「……エステル」

 ジェット・タービンのインジケータ数値が撥ね上がり、レッドゾーンに突入する。

 全身に凄まじいGが圧し掛かった。

 テスト飛行の為、危険警告コールを切っていたが、切っていなければずっと鳴りっぱなしだった筈だ。

 エステルは十分な飛行距離を確保すると、『ティンカーベル』の機首をデュラン大佐の指示した管制塔に向けて、最大速度へと加速した――

 青白い二基の噴射炎はアフター・バーナー(再燃焼推進装置)によって既に『ティンカーベル』の機体の倍以上に伸びている。

 左右の景色が識別不能になり、唯一、正面ピンポイントでの目視確認が可能だったが、エステルの意識は半分朦朧として消えかかっていた。

 超音速で地上に接近した『ティンカーベル』は大気中の水蒸気を収束して、機体後部に円錐形のサウンド・バリアを身にまとう。

 『ティンカーベル』の外部状況をモニタで捉えた管制塔スタッフは感嘆の溜め息を漏らした。

 そして今度は轟音を伴い急接近して来る『ティンカーベル』の機体にそれぞれが戦慄した。殆どの者が眼を覆い、顔を背ける。

 目の前の恐怖に、堪らずに何人かが悲鳴を上げる――


――瞬く間にエステルが選択した本物の管制塔が接近する。

(管制塔に人が……!)

 エステルは自分が今にも「特攻」して行く目標に、うごめく人影を発見した。

(デュラン大佐? 皆……! 何故此処に?)

「か、回避だ! シャラ緊急回避を……」

 慌てて操縦桿を引こうとするが、両腕の筋肉は既にびくりとも動かない。

 目の前にあるモニタが目にも留まらぬ速さで数値を算出している。

「や……止めろ! シャラ!」

(間に合わないッ!)

 エステルは堅く眼を閉じて、次の瞬間に襲われるであろう衝撃に覚悟を決めた。


―「……テスト完了。これより通常モードに移行します」

 シャラの通信が堅く眼を閉じていたエステルの耳にも届いた。

「……?」

(生きている……?)

 コンソールにあるサブ・モニタが、後方に遠去って離れて行く無傷の管制塔を映し出していた。

(馬鹿な?)

 エステルは小刻みに震える右手をやっとの思いで操縦桿から引き剥がすと、その掌をじっと見詰めた。

 衝撃に襲われるのは、ほんの一瞬の筈だった。

 あの速度で、しかも管制塔との距離は近接していた。喩えどんなに腕の良いパイロットでも理論的にも物理的にも回避は不可能だった筈だ。

(これがシャラの能力? 一体、どんな手段で切り抜けたんだ……?)

―「エステル、大丈夫ですか?」

 シャラが気遣って声を掛けた。

「あ……? ああ……」

 エステルは抑揚の無い生返事を返すので精一杯だった。


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