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第3話 裏切り

 エステルは基地に戻って来るなり、真っ先に少女の檻へと急いだ。

 アーヴィンが意味深に言った言葉の断片が頭の中で混濁する。少女の身を案じて、不安が彼の脚を急がせる様に掻き立てた。

 幸い、兵士達には慰問に来た女達が居る。幾ら女の肌に飢えているとはいえ、まさか子供にまで興味を示す者は居ないだろうとも思った。

 エステルの手が檻の部屋のセキュリティ・パネルに叩き付けられる。

「あ……」

 ドアを開け放った途端、一種独特な青臭い異臭が立ち込め、エステルを立ち竦めさせた。

 少女の身体は力無く檻の中央に、文字通り仰向けに投げ出されていた。透き通るほどに白かった少女の肌は青白く、その小さな身体には無数の擦り傷や痣が刻まれ、「男」の体液が塗り込められていた。一体、何人に弄ばれていたのだろうか? 美しかった翅は無惨にも千切られ、その欠片が静かに少女を取り巻く様にして落ちている。

(遅かった……)

 目の前が真っ暗になった。

『神聖な神』――

 アーヴィンの言葉が割れ鐘の様に何度も彼を打ちのめす。

 エステルは少女の手首を取って脈を探った。

 弱々しいが、微かに脈を打っている。

「! ……まだ生きている」

 けれど、少女は既に呼吸をしてはいない。原因は少女が喉に詰めた多量の体液だった。

 エステルは急いで少女の口の奥に指を差し入れ、詰まった体液を吐き出させる。

 十分に吐き出させた筈なのに、少女はまだ息を吹き返さない。それどころか、少女の体温が急激に低下している。

 エステルは少女の頚椎けいついを片手で持ち上げ、顎を上げさせる様にして気道を確保した。鼻を摘むと直接口から息を送る。独特な体液の残り香に閉口するが、それを気にして構っている場合では無い。心臓部にこぶしを宛がい、規則正しく圧迫する。動かされる度に少女の身体から白濁した物が流れ出る――

「戻れ! 戻って来い!」

 何度も何度も祈る様な気持ちで根気良く繰り返した。

 やがて青白かった少女の肌にほんのりと紅が差して来る。

「グワッ!」

 少女は綺麗な容貌とは反対に、家鴨アヒルの様な醜い声を上げて咳き込み、呼吸を取り戻した。

「助かった……」

 エステルはほっと安堵の溜め息を漏らす。


「あれ? もう見付かったのか」

 聴き慣れた相棒の暢気な声に、エステルは怒りを覚えて振り返った。

「マーベリック……お前……」

 声が震えて戦慄わなないた。

「仕方無いだろ? このお嬢ちゃんがコッチを誘ったんだから。俺達はそれに応えてやっただけだ。それにあのシャツ、何処かで見た事があったよなーって思ってたら、エステル、お前のじゃないのかよ? 抜け駆けしたのか?」

 マーベリックが腕組みをしたままで軽く顎を杓って見せた。その先には、エステルが少女に着せたタンクトップが無惨に引き千切られて落ちている。

 確かにマーベリックの言う通り、着衣の習慣が無い有翅族(メーヴ)は、兵士達の情欲を掻き立てるのには十分だった。ましてやそれが幼いとはいえ美しい少女となれば猶の事だ。

「クソッ!」

 エステルはアーヴィンの様に口汚くマーベリックを罵った。

「こうなる前に、始めから捕獲なんかしなければ……」

「もう遅せぇよ。ソイツは大事な金蔓になりそうだからな。絶対に逃がさない」

 マーベリックの醒めた眼がエステルを見据えた。

「マーベリック!」

ついでにエステル、お前もだ」

 妖しい目付きでマーベリックはエステルの身体に視線を這わせた。

「な? 序……だって……?」

 マーベリックの言葉の意味がエステルには全く理解出来なかった。


 唐突にドアが開き、十数人もの兵士達が入って来た。

 入り口に立っているマーベリックに黙って金を払い、ギラギラした厭らしい目付きと卑猥な笑みを湛えて少女とエステルを視姦する――

 マーベリックは渡された金をまるで斡旋仲介者よろしく当然の様に受け取って行く。

 エステルは背筋に悪寒を感じた。それは一種の殺気だったのかも知れない。

「マーベリック!」

 エステルは叫んだ。

「兵士の中には慰問の女ぐらいじゃ満足出来ないって奴も一杯いるんだ。中にはお前みたいな奴にそそるってのも居るんだよ」

「じょ、冗談は止めてくれ!」

 自分でも信じられないほどの怒りにエステルは激高した。

「前々から俺はこいつ等から頼まれていたんだ。「エステルを調達してくれ」ってな?」

 頭をハンマーで殴られた様なショックだった。

「ち、調達……って? 何の事だ? 俺を調達する?」

 マーベリックの言葉が中々理解出来なかった。それだけエステルの思考回路は混乱状態にあった。

「恨むんならお前のその女みたいな綺麗な(ツラ)を恨めよ。多分、殺されたりはしないだろうからさ」

「キイイッ!」

 すぐ後ろで獣の様な鋭い鳴き声がした。

 少女が先に何人もの兵士に押さえつけられ、組み敷かれる。

 エステルはその光景を目の当たりにして怯んだ。

「貴様! こんな事をし……」

「軍法会議にでも掛けて見るか? お前が証人として立つ事が出来ればの話だが?」

 エステルの言葉を遮る様に、マーベリックは先手を打った。

「……」

(コイツ、俺が動けない様に計算して……)

「お前は体調不良で当面の任務から外された事になっている」

「何だと?」

「何、ほんのチョッと眼を閉じて居てくれれば案外楽しめるかも知れないぜ?」

 マーベリックはそう言ってニヤリと笑うと檻の部屋から出て行った。

 非情にも外から施錠される。

「マーベリック!」

 エステルは絶叫した。



「殺せッ! 貴様等に触れられるくらいなら死んだ方がマシだ!」

 必死に抵抗したが、素の線が細いエステルに彼等の腕力が敵うものではなかった。

あっという間に羽交い絞めにされ、舌を噛み切らせない為に猿轡さるぐつわを噛まされた。

 青ざめたエステルの表情が恐怖におののく――




 室内から兵士達の気配が消えた。

 彼等の暴行は数日続き、その日も一晩中続いた。

「お……い……生きているか?」

 震えながら上体を起こし、歩伏前進で少女に近寄った。

 とても歩行出来る状態ではなかった。

「……」

 微かに反応があった。

 抵抗すれば少女を殺すと何度も威された。

 エステルの兵士として、男としてのプライドは無惨にも微塵に打ち砕かれてしまった。

 それどころか、いつの間にか肉欲の快感を覚えてしまったもう一人の自分が居る。そんな自分が惨めで情けなかった。いっその事殺されていた方がマシだと心底思った。

 少女の浅く、喘ぐ様な速い呼吸が聞える。

 エステルは(うち)捨てられた人形の様な少女の姿を恐る々見上げて、自分の眼を疑った。

 ほんの数日しか経っていないのに、なだらかだった身体のラインはメリハリのある豊かな曲線を描いていた。少女だったその身体がいつの間にか変貌していた。

 自分でさえまともに食事を摂っていなかった。彼女に至っては、捕獲された時から一切の食事を摂ってはいない。なのに少女の身体は痩せる処か逆に「女」として数年分の成長を遂げていたのである。

「馬鹿な……」

 エステルは彼女の肢体に眼を見張って驚いた。

『神聖な神』――

 アーヴィンの言葉が真っ白になったエステルの頭の中で蘇る。

 しかし、彼女の艶やかだった黒髪はすすけ、弾けそうだった甘やかな唇はひび割れ、その端には血が凝固していた。背にあった美しい翅は付け根の肩から引き裂かれ、致死量にいたるほどのおびただしい大量の血が床にべったりと貼り付いていた。

(失血……手遅れだ……)

 何もかもが終わったと感じた。

 目頭が熱くなり、何かが溢れ出た。

「ごめん……ごめんよ。お前を護って遣れなかった……」

 何も出来なかった自分の不甲斐無さ、無力さを痛烈に感じていた。

 肩が震え、床に付いたエステルの拳に滴が落ちる。

 彼女の頭が僅かに動いた。

「良いの……貴方に……逢えたから」

「え?」

 エステルは我に返った。

 息も絶え絶えの少女が喋った。今までは獣の様な奇声しか出せなかったのに……

「お、俺を知っているのか? お前は一体……?」

「私、シャラ……シャサラ・ナージャ……よ」

 それだけ言って、彼女は僅かにエステルの方に顔を向けた。青白い表情から、彼女が重篤な状態に陥っているのが判る。

「シャラ……」

 シャラの生気の無い澱んだ視線が泳ぎ、エステルを捉えた。

 儚げに微笑むと静かに瞳を閉じる。

 シャラの涙が彼女の頬を伝って流れた。

 エステルは彼女の涙に見惚れたが、すぐに現実に引き戻される。

「シャラ? おい、しっかりしろ! シャラ?」

 やっと息を吹き返したと思って安心した矢先だった。

 「神」とされ崇められていた種族の彼女は冷たくなって息絶えた。

「うっ……」

 エステルは床にひれ伏したまま声を押し殺して嗚咽する。

「マーベリック……俺はお前を許さない……」


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