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第1話 遭遇

「此方S‐2、最終防衛空域を通過。現在、異常無し」

 エステル少尉はその日の作戦終了を伝えて安堵した。

 戦況の情報収集を完了した後、主翼に飛行機雲を曳きながら、二機の偵察戦闘機は低空飛行に移行して空軍基地へと帰還する途中であった。

 眼下に一面に拡がる美しい緑の絨緞が、その下部に続く陰鬱とした奥深いジャングルを包み隠している。

 低空飛行の為、今にも機体後部にある二枚のフィン型ファンネル(放熱板)が、異常に成長して伸びた緑に引っ掛りそうだ。

―「おい、下、二時の方向、距離三百!」

 エステル少尉と一緒に行動していた相棒のマーベリック少尉が、付近の異常を察知した。

 一瞬で緊張が奔り、二時の方向をレーダーで確認する。

 反応は無い。

「異常は無……?」

 言い掛けて言葉を飲み込んだ。慌てて乱暴に酸素マスクの遮光シールドを跳ね上げる。

「何だ? あれは……」

 エステルは蒼い眼を細めて訝った。

 二メートル大の眩い光源が自分達と並走飛行していた。時折、鋭角に曲がって急降下したかと思うと、ジャングルの中に消えては再び現われたり、ジグザグに移動したりしている。

(生物? 戦闘機のS‐2と同じ……いや、それ以上の速度で……?)

 レーダーに機影等確認出来ない。

 IFFも沈黙している。それだけ未確認物体の対象が小さいのだ。

「此方S‐1、本機と並走飛行する未確認物体を捕捉」

 マーベリックが通信回線を開いた。

 驚いた事に、本部からはその未確認物体を捕獲せよとの指示が下る。

「了解これより捕獲する」


 マーベリックの指示で、エステルは電磁波の捕縛網を射出した。

 エステルには、光が一瞬その動きを鈍らせて躊躇したかの様に思えた。

「やった!」

 マーベリックが散々苦労しても捕獲出来なかった光源を、エステルは一発で決めた。

 捕縛網は光源を絡め摂ってジャングルの奥底へと消えて行く。

「やるじゃないか!」

 マーベリックが手放しで喜んだ。

「? ……は……あ」

 しかし、エステルは捕獲出来た成功の喜びよりも猜疑心の方が勝っていた。余りにも簡単過ぎたからだ。

 容易に捕獲出来たのは自分の実力ではなく、故意に光源が自分に協力してくれた様に思えて納得出来なかった。


 鬱蒼と生い茂る木々の間をエア・バイクが駆け抜ける。

 二人はそれぞれに分かれてエア・バイクで落ちた光源を捜索する事にしたのだ。

 この辺りのジャングルは磁気を帯びた鉱石が多く岩盤に含まれているのか、計器類が狂いっ放しだった。専ら肉眼での捜索に頼る他無い。

「チイ、チイ、グガガ……」

 すぐ傍の草叢で獣の鳴き声がした。

 何かが暴れている。

 エステルはエア・バイクの高度を下げて辺りを慎重に見渡した。自分達は光源を捜しているのだ。簡単に見付かる筈だった。

(鳥か獣か……そういや、古代地球生物に翼竜なんて生き物もあったよなぁ)

 此処はその地球から遥か何百光年も隔たった辺境の惑星だ。原始の古代生物が生息していても不思議ではない。

 頼むから肉食類は勘弁してくれと暢気に思った。

 歩道など皆無の頼り無い茂みを掻き分け、一歩、一歩足場を確かめながら慎重に歩を進めて行く。

 手元で握り締められている麻痺銃(パラライザー)の銃把がじっとりと汗ばんで来る――


 身の丈以上の大きな羊歯しだ類を掻き分けた。

「な……」

 エステルは呆然として立ち竦み、息を呑んで言葉を失った。

 自分が捕獲した網の中には、小柄な美しい少女が捕らえられていた。

 艶やかな長い黒髪に、透ける程色素のない白い肌。パッチリとした碧の瞳に、興奮してほんのりと赤みが差した頬。溶ける様な甘やかな唇は朝摘みの苺の様だった。

 すらりとした細い両の手足や、膨らみかけた胸のライン、未成熟さが残っている細いウェスト――

(俺は夢でも見ているのか……?)

 エステルは自分の眼を疑った。

 この忌々しいジャングルの何処をどう捜せばこんな美少女が捕獲出来るのだろうか?

 しかし、地球外惑星だとはいえ、此処は紛れも無く危険なジャングルなのだ。豹や虎にそっくりの肉食獣もいれば、アナコンダやカイマンといった爬虫類もご丁寧に揃っている。

 何よりもエステルが驚いたのは、この厳しい環境の中でさえ、彼女が一糸纏わぬ姿でいる事と、その彼女の白い背中に、身長ほどの蜻蛉の様な薄い翅が在った事だった。

 それまで必死で逃れようとしていた少女――は網の中からエステルの姿を見上げると、途端に大人しくなった。かと言って、彼に怯えている様子でも無い。

「ひょっとして……これがあの「メーヴ」? 有翅族の?」

 少女は黙って小首を傾げると、「チイ」と鳴いた。

「エステル! 見付かったか?」

 マーベリックの声が近付いて来る。エステルは慌てて自分のパイロットスーツの下に着ていた濃紺のタンクトップを脱いだ。

 兵士にしては少々貧相な彼の赤銅色の上半身が露になる。

 エステルの銀色の髪と赤銅色の肌、そして蒼い瞳は奴隷難民のグレネイチャである証だった。肌が浅黒い人間はよく見掛けるが、エステルの持つ銀髪に蒼(い瞳はそう滅多にはいない。

 少女は驚いた様に瞳を大きく見開き、エステルをまじまじと見上げる。

 エステルは自分の着ていたタンクトップをその網の中に居る少女に差し出した。

「我慢してこれを着て。さ、早く」

「?」

 少女は、差し出されたエステルの大きな濃紺のタンクトップを手にしたが、用途が判らないのか不思議そうに拡げて眺めている。彼女には着衣の慣習が無い様だ。

「……困ったな」

 裸であってもそれが本人の慣習なのかも知れないのに、此方の勝手な都合で着替えさせようと意識している方がよっぽど卑猥に思えた。だが、此処にはもうじきマーベリックが来る。

 エステルは彼の眼に少女の有りのままの姿は見せたくないと思った。

「エステル? 居るんだろう?」

 マーベリックの声がどんどん近付く。

「ごめんな」

 エステルはそう言って彼女の手からタンクトップを奪うと、無理矢理頭からそれを着せた。少女が身を固くして「ピイ!」と鳴いて拒絶したが、愚図々しては居られない。

 ぶかぶかのタンクトップは、胸元まで深く開いた濃紺のワンピースの様に見えなくも無かった。

「此処だ! マーベリック」

「何だよ。傍に居たのなら居るって言え……よ……?」

 マーベリックもエステル同様に、捕獲されたのが少女だと知って呆然と立ち竦んだ。


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