猫の爪痕
ミーが亡くなった。
先月、交通事故で私の友人、猫のミーは死んでしまった。
ミーが事故に遭ったのは平日の昼、学校から帰った私に、ミーが亡くなったのを母が告げた。
ミーと出会ったのは4年前。私が12歳の時だった。
友人との帰り道、段ボールに入った白い子猫を発見した。
張り紙には『拾ってあげてください』とだけ書かれており、色々あって私が飼うことになっていた。
もちろん、家に連れ帰り、家族に飼いたいと言った時は母に反対された。
母は動物があまり好きではなかった。世話も面倒だし、食費だってばかにならないとも言った。
そんな母の意見に、父は
「いいじゃないか。ペットは良き友になると、何かの本にも書いてあったよ」
と言い、私が責任を持って面倒を見るという条件で母も許可してくれた。
飼い始めた当初、私が猫に関して知っていることは殆どなかったと言っても差し支えないくらいの知識
しか持ち合わせていなかった。特に餌に関して、友人が『玉ねぎを与えると死んじゃう』と言っていたのを聞いてから、私は図書館で猫の飼育本を借り、すぐさま読んだ。
――トイレのしつけ
――餌の上げ方
――病気になったとき
様々な項目を見て、私は嫌になりかけたが、ミーを見てなんとか頑張ろうと本を隅から隅まで読むことにした。ちなみに『ミー』という名前は、ミーの鳴き声がそうであったことから名付けたものだ。
ミーと一緒にお風呂に入った時、暴れるミーに背中を引っかかれてしまった。
ミーを飼い始めて1か月。しつけもまだまともに出来ていないこともあって、怒りはしなかったものの
傷にお湯がしみてちょっと痛かったのを覚えている。
ある日、父と母が喧嘩をした。
父が見知らぬ女性とホテルに入っていたのを母が見たのがきっかけだ。
私はこの時ほど怖かったことはない。離婚。そんな言葉が父と母の口から出るようになるほど、
2人の関係は悪化していた。そんな中、ミーはいつも二人の間に入って鳴きつづけた。
そうして二人の喧嘩が続いていた中で、ミーがいなくなってしまったのだ。
私はミーを探し回り、家に帰った時、喧嘩していた父と母に怒鳴ったのを覚えている。
――ミーがいなくなった!!二人がいつまでも喧嘩なんてしてるから!!
その後私は家を飛出し、もう一度ミーを探すことにした。
日が沈み、辺りが暗くなって私は探し続けた。
泣きながら、ミーを呼び続けた。
そうして探している中、ふと私以外にミーの名前を呼ぶ声が聞こえた。
父と母だった。
「今は喧嘩なんてしてる場合じゃない。ミーを探そう」
そういった父に私は頷き、3人でミーを探し始めてから数時間。
ミーは公園の茂みからひょこっと現れた。
私たちを発見したミーは、一声あげると、私に向かって飛び、腕に綺麗に収まった。
それから父と母の喧嘩が起きることはなかった。
父とホテルに入った女性は、父の会社の取引相手だったらしく、仕事の話を他で聞かれることが
まずかったことからホテルで話をしたらしい。
「ミーのおかげだな」「えぇ、そうね」
そういって笑う父と母の顔を見て、私はミーにありがとうと一言告げ、いつもより多めに餌をあげた。
それからもたくさんの出来事があった。
どんなときにもミーがいた。時に失くしたものをどこからか引っ張りだしてきたり、
冬の寒い日には一緒に布団で寝てくれたこともあった。
ミーの毛が顔に触れて少しかゆかったけれど、とても暖かった。
そうして4年間。ミーは私たちの家族の一員となっていた。
今、私は庭に作ったミーのお墓の前にいる。
夜になると、いつも泣いてしまう。
父も母も、平気そうな顔はしているものの、内心ではつらいことを私は知っている。
休日、最初は苦手だったミーの相手を、最後には母が一番していた。
父も、仕事から帰ってミーをなでくりまわすのが日課になっていた。
日常から、ミーに関する行動が消えた私の心には穴が開いたようだった。
私にはミー以上に大事なものなんて他になかった。
『ミー』
どこからかそんな声が聞こえた。
――ミーッ!?
後ろを振り返ると子猫が立っていた。
ミーと同じで、白かったため、最初は本当にミーかと思ってしまったが、ミーではなかった。
ただ、4年前、私が帰り道に見たときのミーに瓜二つだった。
――生まれ変わりかしら
子猫をそっと抱き合げ、ミーに供えるために持ってきた餌を少しあげて、
立ち上がると子猫は私をじっとみている。
えさをあげたせいか、懐かれてしまったのかもしれない。
『ミー』
子猫が絞る様に出す声に、私はなぜだか泣いてしまう。
顔を両手で押さえ、かがんだ際に、なぜだか背中に残った爪痕が少し痛んだ。
ミーを失った悲しみを紛らわすわけではないが、どうしてかミーの影を子猫に見てしまう。
――仕方ない子ね
子猫を抱きかかえた私は、この子の名前をどうしようかしら、と考えていた。