前へと
旅行へ出ている。
アメリカへ来ていた。
「ねえねえ、なんで成田にはやたらAKIHABARAって書いてある店が多かったの?」
「さあ、なんでだろうね」
彼女の問いかけに、僕は首を傾げた。
すると彼女はふふんと得意げな顔をして、
「外国人は秋葉原が大好きだからよっ」
「オタクってこと?」
「そうよ」
「そうなのかな」
彼女のテキトーな推論に、僕は笑った。
「私の推論から何か分かった?」
「君が秋葉原が好きなことかな」
僕のテキトーな推論に、彼女も笑った。
彼女は言った。
「学びなさい、コースケ」
僕は言った。
「とりあえず、緑髪の女の子のコスプレするかい?」
彼女のそれは似合わないとは言わないが、どこか微妙だった。
僕は確実に膨らんだお腹をさすりながら息をついた。
「ねえねえ、なんでアメリカの食事ってこんなに多いの? しかもこれ朝ごはんだよね」
「さあ、なんでだろうね」
そう言って僕は目の前に並ぶ皿を見た。そこには先程まで主食級パンケーキ三枚の積み重ねと主食級オムレツとソーセージ、ハッシュドポテトが並んでいた。
食べ過ぎて苦しそうな僕を見て彼女はあははと快活に笑った。
そして得意げな顔をすると、
「食物が豊富だからよっ」
「それはそうだろうね」
「じゃあ、なんでアメリカには肉や卵を焼いたような料理しかないと思う?」
続けて出た彼女の質問に、僕は首を傾げた。
「確かに発酵食品とかこっちにはないね」
「なんでと思う?」
「食べ物が豊富で保存の必要もないし、そのままでもおいしいからかな」
彼女は少し驚いたようにその可愛らしい猫目を大きくした。
「コースケにしてはやるじゃない」
「学んでるからね」
僕の得意げな顔に、彼女は嬉しそうな、でも少し寂しそうな顔をした。
しかし、彼女はすぐに人差し指を立てて説明を加えた。
「あとは王朝がなかったからよっ」
「王朝って、中国王朝とかのあれ?」
彼女は頷いた。
「自由の国では、偉い人に対するもてなしの必要がなかったから。それで料理に対する工夫が生まれなかったのよっ」
「それは学説かい?」
「私が提唱したわ」
彼女の提唱したらしい推論に、僕は笑った。
「私の推論から何か分かった?」
「君が王朝を重視してることかな。王様になりたいのかい」
僕の提唱した推論に、彼女も笑った。
彼女は言った。
「学びなさい、コースケ」
僕は言った。
「とりあえず、ここを出ようか」
新しく注文を取る気満々のウェイトレスを見て、もう勘弁とばかりに彼女は顔をしかめた。
ひと通り見て回り、思い出を振り返り、ホテルで一息ついていた。
「ぷっはー、やっぱりドクペは美味しいわね」
「あまり売ってはないけどね」
僕がそう言うと、彼女は不満そうな顔をした。
「ああ、不遇な子だわ。なんで自販機の半分をコークで占めてるくせに、ドクペはダイエットと一列ずつしかないのよ」
「単純に人気のもんだ――」
「あー聞こえない聞こえないっ」
彼女はあーあー言いながら耳をふさいだ。アホっぽかった。
しばらくそうした後、彼女は言った。
「ねえねえ、なんでベッドメイキングをやってもらえないの?」
今は二日目の夜。観光を終えて戻ってくると、朝出発した状態のままであった。
「日本のホテルがサービス良すぎるだけだから?」
「それもたしかにそうね」
彼女はうんうんと頷いた。学んでいるのね、と嬉しそうに、でも寂しそうに呟いていた。
でも、と彼女は続けた。もちろん、得意げな顔で。
「この国の国民性よっ」
「銃?」
冗談だった僕の単語は、彼女を頷かせた。
「この国では自己主張しなくちゃうまく生活できないのよ。銃の保持もそうだし」
「ベッドメイキングもその一つ?」
「そうよっ」
「それは、学説……じゃなさそうだね」
「学ぶための一説なんだから学説よ、きっと」
彼女の学説らしいものを聞いて、僕は笑った。
「私の学説から何か分かった?」
「君の国民性がこの場所に似合うことかな。君、実は米人だろう」
僕のただの推論を聞いて、彼女も笑った。
彼女は言った。
「学びなさい、コースケ」
僕は言った。
「とりあえず、寝ようか。明日はチャイナタウンに行くんだから」
英文法的にはチャイニーズタウンじゃないのかしら、と不思議そうにする彼女は、中華料理好きだ。ワクワクとした様子であった。
「楽しかったわね」
「そうだね」
「二度目だったから、少しは分かってたんじゃない?」
「うん、単語ぐらいは耳に拾えるようになったよ」
飛行機の中で、彼女はにこにこと笑った。
「学んだわね」
「君の推論からね」
「自分から学ぶ姿勢が大事よ」
それに、僕は笑った。隣の外国女性が訝しげな目でこちらを見てきた。それに僕は少し恥ずかしくなる。
「……デレデレしたらダメよ」
「ちがうから」
そう言って、窓から外を見ると、陸地が見えた。日本に、戻ってきた。
彼女は優しい目でこちらを見た。
「復習はできた?」
「……うん」
そんな僕を、彼女は嬉しそうな、寂しそうな顔をして見た。
彼女は言った。
「帰ったら、テストよ」
僕は言った。
「とりあえず、今は休養しようか。結構疲れたし」
僕がそう言うと、目の保養かこの野郎、と彼女が言った。よく意味がわからなかったが、隣の外国美人をそれとなく見た。
僕は足を止めた。風がよく通る高台にあるそこは、彼女の言うテスト会場だ。
「来たわね」
「来たよ」
彼女はいつもと同じ楽しそうな声音で言った。
僕はこころなしか沈んだ声音で言った。
「テストを始めるわよ」
「テストね……なにをするのかな」
「テストというか、意識調査みたいなものかしら」
彼女は考えるようにそう言うと、
「とりあえず、ポーズとって」
僕はその指示に従う。その場にしゃがんで手を合わせた。
すると彼女は僕の前においてある石に座った。
「この旅行は良い復習になったかしら」
「うん。君が学べ学べ言うからね」
「だって、知ってほしいんだもの」
彼女は嬉しそうに寂しそうに言った。
彼女は口を開いた。
「学びな――」
「学んだよ。……学ぶよ。学んでいくよ」
僕がそう言って彼女を見ると、
「そう……ようやくわかったのね」
彼女は純粋に嬉しそうに、そう言った。
対して僕は寂しい気持ちを抱えて、目を閉じた。その端から、温かい一滴が流れた。
しばらくして、そっと目を開くと、そこに彼女は、いない。
そこには彼女が座っていた石だけがあって。
そこには彼女の名前が彫ってある。
僕は学んだ。
彼女とかつて笑いあった道を踏み直して、授業の復習をして、
「テストは合格かい?」
そっと彼女の名前を紡いで。
彼女の声を聞いた気がした。
「――――」
それに僕はそっと笑うと、その場を後にした。
学んだら、成長し、強くなり、前に進む。
前に進めば、景色は変わる。
いろんな景色を、彼女は見たがったから。
僕は、前に進む。
「君こそね」
僕は、彼女に向けて、そうつぶやいた。
――――卒業、おめでとうっ