2-5
風が吹いた。
肌をなでるような弱弱しい風ではない。それは例えるなら、そう
「爆熱疾風!!」
鳥肌の立つような熱風。
樹里の痛々しい叫びに呼応するように工場内に青白い光が満ちる。
「……そうか。」
直感で理解し、記憶で証明した。
「また壁に穴開けやがったな、樹里。」
「大丈夫か?孝ちゃん!?」
顔を上げると、そこには炎に照らされた樹里の後姿があった。風に煽られて黒髪がたなびいている。
工場内にはさきほどまでと違い、風が吹き荒れている。
長年使われていなかったせいだろう、ほこりがものすごい。だが、それでもさっきまでの数百倍新鮮な空気だ。
空気は一新され、俺の肺腑は生命の源を吸い込む。細胞のひとつひとつが活性化し、精神と肉体が一辺によみがえる。
振り返る樹里と目があう。その目には涙の跡が輝いていた。
「孝ちゃん!」
「うわっ!?」
樹里が抱きついてきた。押し倒されるような形になる。
「やっちゃった。」
「ありがとう、樹里。助かった。」
眼前に樹里の顔、ほんの目と鼻の先に。
樹里の吐息は三沢のそれと違って臭くはない。それどころかキャンディーの甘い臭いがして心地よいぐらいだ。
「あ……。」
樹里が呟く。瞳が揺れる。
これは……。
「なんやなんや!?何が起こったんや!?」
「「!!」」
飛びのくように離れる。叫びながら三沢がこちらにやってきたからだ。
「おい、あまり近づくなよ。臭いから。」
「これはなんやと聞いとるんや。暑ぅてしゃあないわ。」
「私の能力だ。文句あるか?」
言いながら樹里は手首の傷跡からカードを取り出すと、俺と三沢の間に一枚飛ばした。カードはサボテンに突き刺さると青白く燃え上がり、サボテンを溶かした。
「樹里はんの能力やったか……。ん?待て、青白い炎やと!?」
三沢の顔が青白くなる。
「まさか!あのAランクのさらに上のSランク能力者にして『紅の鎮魂歌』の異名を持つノス能力者『本間樹里』か!?」
「……ふっふっふ、よく知っていたな!我が異名を!」
アホだ。アホがいた。
樹里は『すかーれっとれくいえむ』と自称しているちょっと恥ずかしい子なのだ。
青白い炎なのに何故『紅』なのかは本人にしか分からない。あと何か色々設定があるらしい。聞かされたが覚えてない。
そもそもランク付けは破壊できる金属板の厚さが基準で、あてにならないったらない。俺はAだ。
「なるほどなぁ……すんませんでした!」
「「は?」」
三沢の唐突な謝罪に思わず樹里とハモる。
「ワイはアカンたれやった……まさかSランクの女帝に声をかけるだなんて、おこがましかったんや……。」
「あー、そんな話もあったねー。」
「そうか、そういえばそこから始まったんだったな。」
「謝罪の気持ちとしてこの仕事はワイが全部やらせてもらいます。お二人はそのまま見ていてください。」
「いや、別にいいよ。俺も戦う。」
というより三沢にはもう働かないで欲しい。
「私もやろうかな。もうさっさと終わらせて帰ろう。」
「ありがとうございます、あねさん。では3人でってことで。」
あねさんて。
日ももう沈もうかというころ、ようやく仕事が終わった。
途中樹里が三沢を黒こげにしかけたり、隅にたまっていた悪臭に樹里が気絶しかけたりと無駄に面倒はあったが、おおむね問題なかったといえる。
「いやー、さすがっスね。アニキもすごい大活躍でした。」
「そうか。」
まあ、かなり全力出したからな。
三沢にあまり戦われるとまた悪臭問題が発生するかもしれなかった以上、俺と樹里でさっさと片付けるのが得策だった。
ていうかアニキて。
「あのまま勝負続けてたら負けてたのはワイのほうでしたわ。いやーホンマアニキも人が悪い。」
「あ、勝負はなかったことになってるんだ。」
「では、ワイはこの辺で失礼します。姉さん、アニキ、今日はお疲れさんでした。ほな!」
「あ、おい。」
嵐のように去っていく三沢。一体なんだったんだアイツは。
「私たちも帰ろうか。」
「そうか。そうだな。」
俺たちも自衛隊員達に報告して帰路に着く。工場を燃やしたことについて少し注意されたがいつものことだ。
自宅に帰ると大家さんに出くわした。
「お二人ともお疲れ様です。遅くまで精が出ますね。」
「いやー、はっはっは。」
大家さんは無職なのでこういうときの返答には困る。
「そうそう、今度は工場で火事があったんですって。お二人も気をつけてくださいね。」
「ああ、それは私だ。」
「そうでしたか。ウチは燃やさないでくださいね。」
「そうだな、考えておこう。」
「考えてください。」
分かるような分からないような会話をして笑いあう二人。なんなんだこの二人は。
だが、まあ、とにかく今日は色々あって疲れた。ゆっくり休みたい。