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ラダムにはいくらかの種類がある。
そいつは全身が真っ黒で人型、体長は1メートル前後。口は耳まで裂け、目や鼻はない。頭は首を覆うように伸びている。手足はカギ爪状になっていて見るからに鋭かった。
『G』と呼ばれる種類のラダムである。
Gは今まさに、線路上から警官たちが居並ぶ車道へ出てきたのだろう。両者を隔てるフェンスが引きちぎられている。
「やばい!急ぐぞ樹里!」能力を発動しながら駆け出す。
「ちょ、待ってよぉ!」待てるわけが無い。
「グギ……ギィ……ギギギギ……。」Gは口の端から金属がきしむような音を漏らす。
「ひ……うわぁ!」
「落ち着け!全員車を盾にして銃を構えろ!」
リーダーらしい警官―――俺は彼が佐藤という名であることを知っていた―――が指示を出す。
だが、他の警官たちの混乱は収まらない。一人が錯乱したのか、発砲する。
カン
Gに当たった銃弾はその表面を傷つけることしかできなかった。
テカテカとした、その顔とも頭とも呼べる部分にまるで眉を描くように一本スジが入る。
その傷に怒ったのか、発砲音に刺激されたのか、Gはゆっくりとその警官に向きなおり、駆け出した。
「ひ、ひいぃ!!」
警官は顔面を蒼白にし、車のドアに隠れる。
直後、Gは飛び掛るようにカギ爪を振り下ろす。
ドアは砂糖菓子か何かのようにもろく、半ばほどまで切り裂かれた。
頭をかかえ、伏せていた警官某は雨霰と降り注ぐガラスをその身に浴びる。幸運にもその爪が触れることはなかった。
Gが二の太刀を振り下ろそうと腕を振り上げたところでようやく俺がGに追いついた。
扉から引き剥がすようにわき腹に蹴りを食らわせる。
Gの身体はくの字に折れ、フェンスに叩きつけられる。
「ギィ……ギ……ギギ……ギ……。」
Gの口から不規則な鳴き声が漏れる。
体制を立て直すより早く接近し、振り下ろすように膝を叩き込む。
地面とサンドイッチされたGはまるでアルミ缶のようにぐしゃりとひしゃげ、絶命した。
「大丈夫か!?」
振り返り、引き裂かれたドアの向こうにいるであろう警官に声をかける。
返事はない。
パトカーまで近づき、ドアの陰を覗き込んで再び声をかける。
「大丈夫か?」
「あ……は……あ……。」
目を見開き、こちらを見てパクパクと何か言おうとしているようだが、言葉にならない。
ぱっと見た感じでは大きな怪我はないようだ。
下半身が濡れているのは、まあ、血ではなさそうだから問題ないだろう。
他の警官も駆け寄ってきた。ここは彼らに任せていいだろう。
「もう孝ちゃん置いてかないでよ。」遅れてきた樹里が息を切らせながらを言う。
「普段から鍛えてないのが悪いんだ。どうだ?俺と一緒にランニングするか?」
「冗談じゃない。遠慮させてもらおう。」
樹里は息を整えると、破られたフェンスに向き直った。
「さあ、やろうか。」
「おう。」
応えると俺は樹里の前に立ってフェンスをくぐる。
樹里の能力は完全に攻撃に特化しているので不意打ちでも食らえば死んでしまうだろう。だから俺が盾として前に立たなければならない。
もっとも、樹里が本気で戦えば何者も近寄ることもできないだろうが。
ラダムはすぐに見つかった。4匹のラダムが横転した電車の腹に食らいついている。
その有様はまるで獲物の臓物をむさぼる肉食動物のようだ。
「任せたまえ。」
樹里は自分の左手首に右手を添える。左手首にある傷跡(『リストカット』と言うらしい)が青白く輝き、体内から押し出されるように青く輝く白いカードが出てきた。
樹里はカードを2枚、3枚と引き出し、5枚目を引き出すと、それをラダムに向かって投げつけた。
でたらめなフォームで投げられたにも関わらず雷のような速さで飛び、全てラダムの身体に突き刺さった。
「弾けろ。」
言いながら指をパチンと鳴らす。
瞬間、全てのカードが爆発した。
衝撃を持つかのごとき爆音が響き、辺りは真昼よりさらに明るくなる。
咄嗟に目をつぶり、手で顔を覆う。
全身を熱波が襲った。能力を発動していなければ全身大やけどだろう。
熱波が収まったのを確認して目を開く。
ビルの5階6階まで届こうかという火柱があがっている。
電車はあわれにも線路から追い出され、対面のフェンスをなぎ倒し、車道にまで吹き飛んでいる。
もちろんそれは丸こげで真っ黒どころか熱でどろどろに溶けて変形している。
おそらくラダムの死体もそのどこかにあるのだろうが、とてもじゃないが判然としない。
線路は枕木ごとえぐれ、クレーターの中心から火柱が立ち上っている。
これは明らかに……
「やりすぎだ。」
「やっちゃった。」
炎に照らされた樹里の顔はむしろ満足げに見えた。
少しすると炎は勢いを失くし、幸いにも他に延焼、火事になるようなことはなかった。
樹里にもう何もしないように厳命を下した後、他のラダムが残っていないか探すこととした。
電車の車体をぐるりと一回りし、どうやら他にラダムがいないことを確かめると、俺たちは報告のために警官たちの下へ向かった。
待っていただろう警官の一人に話しかける。これは先ほど指揮を執っていたリーダー格―――佐藤という男だ。
彼は俺のかつての上司だった人間で、俺も色々とお世話になった。
俺はかつてそうしていたように敬礼し、報告する。
「全てのラダムを倒しました。」
「分かった。ご苦労だった。今日はもう帰ってくれ。」
「はい。」
事務的なやりとりだけを終えて別れる。
俺がノス能力者になってからというもの、事務的なやり取りに終始し、雑談などする猶予はなくなった。
だがその程度で済んでいるのはまだマシなのかもしれない。他の警官たちの様子を見るとそう思えている。
彼らは俺たちに明らかな敵意の視線を向けている。ある者は恐怖、またある者は怒りといった雰囲気だ。
彼らの視線に今朝の出来事を思い出し、悲しさを胸が打つ。
さて、バイクに乗り込むと樹里が話しかけてきた。
「ねえ、孝ちゃん。あの警察の人たち、私たちのことすっごい見てたよね。」
どうやら樹里も気づいていたようだ。
あれだけ悪意のこもった視線を受ければさすがの樹里も……
「いやーあんなに見られると照れるよね!」
ほらこんなに落ち込んで……ん?
「目に心がこもっていたよね。『ありがとう、樹里様!』『あなたは私たちの女神様だ!』って。」
上機嫌で話し続ける。
「ま、私たちがヒーローみたいに駆けつけたんだから当然だけどさ!」
「ふっ。」
「?」
「ふっ……ははははははは!」
「ちょ、何で笑うのよ!」
「いや、そうか。俺たちがヒーローか。そうか。そうだよな。」
「そ、そうよ!何か文句ある!?」
こいつのこういうところは普段は限りなくうざいし、迷惑で邪魔臭いだけだが、本当にたまに助けられる。だからこそ俺はこいつと組んでるのかもしれないな。
「ありがとな。」
「ん?」
「なんでもねーよ。」
俺はヘルメットの中、今日一番の笑顔でそう言った。
つづく