3-6
「グボガァアアアーーーーーーーッ!!!」
洞窟が震え上がるほどの咆哮!
それに呼応するかのようにどこからともなく蟹が這い出てくる。岩の切れ目から。目立たない横穴から。地面の中から。その数少なく見積もって60。
俺たちが動揺から立ち直ったときには、猫の子一匹逃さないというほどに完全に方位されていた。
「私の紅の魔炎弾が効かない……!?」
「岩崎さん!ボスを頼みます!雑魚は私たちが引き受けました!!」
「嫌だ!アイツは私がやる!!」
「樹里ちゃんじゃ無理よ!!紅の魔炎弾が効かなかったでしょ!!」
「樹里!小石さんの言うとおりだ!」
「ぐっ……。」
小石さんの言うとおりだ。樹里の攻撃はアイツには効かない。下手に火力を上げればさっきみたいに崩落の危険性がある。そのときは俺たちまでぺちゃんこだ。俺はともかく樹里と小石さんは耐えられないだろう。
だからと言って俺が勝てるかは分からないが、それでもやるしかない。
「分かったわよ。背中は任せたわよ!」
「任せて、樹里ちゃんには指一本触れさせないわ。」
「ゴオバアアアーーーーーー!!」
「来るぞ!」
一斉に飛び掛る雑魚蟹。雑魚とは言ったが一匹一匹が必殺の破壊力を持っている。
「爆殺后妃!!!」
「黄金色の駆け抜ける光!!!」
空中の蟹の半分は爆炎に焼き溶かされ、残りの半分はレーザーのように射出される高圧のウォーターカッターでバラバラに粉砕された。
「何よ今の技名、だっさ。」
「そう?樹里ちゃんの紅の魔炎弾を参考にしたんだけど?」
「プレストとかナニソレって感じなんですけ。」
「フォルティッシモと同じ演奏記号よ。」
「し、知ってたし!ただそのチョイスが意味不明ってこと!」
会話だけ聞くと遊んでいるようだが、二人は今生死をかけた戦いの最中にいる。それでいてまるで双子の姉妹のように息のあった連携、蟹を一歩たりとも近づけない。
言ってみれば二人は荒れ狂う川だ。静かな海の底で暮らした蟹がその川を上れる道理があろうか。
一方俺の方は苦戦していた。
夕張型はその巨体に似合わず素早く爪を振りかざし、器用に脚で打撃をしてくる。
なかなか近づけず、必然爪や脚を攻撃する形になるがこれが異常に硬い。体感で一般蟹の五倍。蹴っても殴ってもへこみもしない。
「そうか!それなら!」
夕張型の脚の一本に近づき、その足元の地面を泥のように流体化させる。
「ブッ倒れろ!」
倒れない。
六本脚は伊達じゃなく、一箇所崩したぐらいじゃぐらりともしない。そして俺の能力範囲では二本同時には狙えない。
反撃とばかりにドラム缶ほどもある太い脚が俺を吹き飛ばした。
「ぐぅ……そうか。それなら……!」
壁に吹き飛ばされたのを幸いとばかりにそのまま壁を走る。さっきトンネルで蟹が見せてくれた、壁面に足を突き刺して走る走法だ。
高いところから見渡す広間は、樹里の生み出す青白い爆光が小石さんの水流弾に反射し、さながらクリスマスの夜のようだ。
「これなからならどうだ!!」
重力を利用して加速を得た!ついでにその辺の岩で作った槍を手に夕張型の甲羅に槍を突き立てる。
バッ……キィーーーン!!!
槍は砕け散り、夕張型の甲羅にはわずかな凹みができた。
「かっ……たすぎんだろうが!!」
夕張型は俺を振り落とそうと身体をゆする。
落ちてたまるかよ。必死にバランスを取りながら駆ける。狙いは鋏、その関節。
ぐらぐらと揺れる甲羅を抜け、鋏に取り付く。その根元、稼動するからには絶対に外骨格の鎧を着ることができない弱点!
「もらったァーー!!」
拳をねじ込む。渾身の一撃。その一撃は関節を破壊し、夕張型の絶対的な攻撃手段である鋏を奪う……はずだった。
関節は柔軟にして強靭。伸縮性と強度に優れた謎の素材に護られていた。
ねじ込んだはずの拳は同じだけの力で押し返され、俺の身体ごと弾き飛ばされた。
地面に転がされる。頭上からの夕張型の鋏!間一髪横に転がってかわす。
「くっ……はぁ……はぁ……」
起き上がり、体制を整える。俺の大理石のような肉体に外傷はないが、徐々にダメージと疲労は蓄積している。一方夕張型は甲羅に少しへこみを作っただけだ。
これだけタフなラダムは初めてだ。俺は心の中で賞賛を送っていた。と同時に勝算はないか考えをめぐらす。
弱点を考えるんだ。こいつは基本的な身体の構造は蟹と同じだ。今までの戦いで何かなかったか、そこを突かれたら終わりというような地名的な弱点はないか。
そうか。そうだ、それしかない。必勝とは言えないが一番効果的と思われる作戦をひとつだけ思いついた。
夕張型から距離をとり、2人の仲間の元へ近づく。口論を続けながらも残存兵をたたき続けているようだ。
「岩崎さん、苦戦されてるようですわね。」
「は?孝ちゃんは絶対勝つし。あんた知らないの?」
「ええ、私もそう信じていますわ。」
「樹里!!」
「ふひゃい!?」
今回の作戦のキーパーソンに呼びかける。
「カードだ!2枚……いや、3枚寄こせ!起爆式でだ!」
「分かった!」
ひゅんひゅんとカードが飛んでくる。1枚、2枚……3枚。
「よぉしサンキュー樹里!いいか、俺が「やれ」と言ったら起爆だ!」
「りょーかい!まったく孝ちゃんったら私がいないとほんと駄目なんだから!」
さっきまでケンカしていたのに妙にニヤニヤしている樹里は放っておいて夕張型に立ち向かう。
まずは奴の腹の下を目指す。蟹で一番装甲が薄いのは腹の下だ。
「グボガッ!」
「くぅっ!」
爪と脚で激しく攻め立てる夕張型。あと一歩近づけない。
だが逆に近づけさせまいとするその行動が弱点を教えているようなもんだ。やはりこいつは腹の下が弱点だ。
「そうか。なら仕方ねえか。」
俺は上半身の能力を解除した。
俺の能力は『肉体を岩にし、その硬さ・重さ・パワーを得る』というものだ。肉体を岩にすればパワーは上がるが、その分重さも増すためスピードは失われる。打撃戦では重さはむしろ有利に働くが、機動戦では当然不利に働く。
そこで下半身だけで能力を発動させる。これで体重はおよそ4割減る。つまり機動力はおよそ倍!
夕張型の鋏をするりするりと抜けていく。全く当たる気がしない。このまま一気に懐まで潜り込む。
「バガッ……ボォ!!」
「そんな大振りの攻撃当たるかよ!」
当然かわす。
地面をえぐる鋏の一撃。石礫が弾け、腹に当たる。腕に当たる。
「ぐっ!」
骨が軋む音がした。肉が裂け、血がにじむ。痛みが全身を駆け抜ける。
だが耐えきった。ついに腹の下にたどりついた。
そこでは通常の蟹が待ち伏せていた。
「今更お前らごときがッ!」
上半身の能力を再発動。殴る。蹴る。まとめて潰す。
全部片付いたところで上を見上げる。夕張型の腹。蟹でいうふんどしの部分に見える継ぎ目!!
そこに近づき、いやむこうから近づいてくる!?
ズゥウウウン!!!
「孝ちゃん!!!」
「岩崎さん!!」
押しつぶされた。10トンはくだらないその巨体で。上は金属、下は岩。普通なら助からない。
だが、下は岩ってのがまずかったなあ、夕張型。潰される一瞬前、俺は岩を泥のようにしてその中に沈み込んだ。
そして目の前には継ぎ目!岩でドリルのような拳をつくり、そこにそのまま叩き込む。
ブチブチと膜を突き破る感触。目一杯押し込む!
「今だ!!樹里!!!やれ!!!」
返事は聞こえなかった。
だが声は届いたのだろう。手の中に握りこんだ3枚のカードが急速に熱を持ち、爆発した。
爆発に巻き込まれた右手は吹き飛ぶ。大理石のごとき体表は焼き溶かされ、むき出しの石くれと大量の砂になる。
「ガォバァアアアーーーーーーーーー!!!!」
「ぐがぁああああーーーーーーーーー!!!!」
夕張型と俺の咆哮が重なる。どちらも激痛によるものだ。違いはひとつ、お前のそれは断末魔ってやつだ。
「ふぃー……。」
「孝ちゃん!孝ちゃん!!」
「うおっててててて!」
地下を掘るようにして夕張型の下から這い出すと樹里が抱きついてきた。
上半身は痣だらけだし、右腕は爆発に巻き込まれたおかげでボロボロだ。枯れ木のような右腕は触られだけで悲鳴を上げる。
「孝ちゃんその手……。」
「ああ、まあ、そのうち治るさ。それより樹里が無事で何よりだ。」
ぽんぽんと左手で樹里の頭を撫でる。それにしても、悲しそうな顔をしている樹里とは珍しいものを見た。
夕張型を見やる。口と関節からもうもうと煙を吐いている。この様子ならもう動くことはないだろう。
動く雑魚蟹の姿も見えない。全て片付いているようだ。
「さて、さっさと帰るか。あれ?そういえば小石さんは?」
小石さんは少し離れたところ、入り口の傍に立っていた。
こちらに銃を向けて。
次の瞬間、樹里が背中から血を噴出した。青白く輝くその血はすぐに白い炎となり、それはまるで天使の羽のようだった。




