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ジョギングをしていると何やら人だかりが見える。その雰囲気から、何か明るい話題ではなく、事故や事件だというのはすぐに分かった。
問題を解決しうる力を持っているのなら、そうしなければならない。自らの信念に従い、俺、岩崎孝一はその群集の中へ割って行った。
どうやら交通事故のようだ。2台の乗用車同士が正面衝突している。前面はぐちゃぐちゃになっていてとても正視に耐えない。
「何事ですか?」手近なおっさんに聞く。
「あぁ、事故だ……ってよ事故。」
答えながら視線が顔から頭上に動くのが分かる。
それもそうだろう、俺の外見はどう見積もっても20代。だが頭だけは不釣合いなほどに真っ白で、まるで老人のようだ。
また、全身が浅黒いのに、顔立ちは西洋人のようでまったくバランスが悪い。そのくせ背は低めで身体はやや細身ときている。
Tシャツ短パンにランニングシューズというラフな格好のおかげで、それらが全部相手の眼前にさらけ出されているというわけだ。そりゃ不思議にも思われる。
「正面衝突だよ。俺も見てたわけじゃないから分からないけどね、なんでもあっちの白い車が……」
「怪我人は?」俺は質問を間違えたことに気づき、聞きなおす。
「ん?ああ、ひどいね。あっちの白い方はみんな血まみれ。ただ、な、お医者様がたまたまいてな。ほれ、治療してもらってる。」
指差す方を見ると、道路の隅で寝ている怪我人が見える。その横で何やら様子を見ているのが医者だろう。
医者がいるならどうやら俺の出る幕ではないようだ。どうやら余計なお節介だったようだ。
「そんで、青い方はなあ、中に怪我してるのがいるんだけど、ダメだね。血まみれで、呼んでも返事がない。」
「何?早く助けてやらないと。」
半ばジョギングへ戻りかけていた気持ちが一気に帰ってくる。
「いやそれがな、どうもぶつかったときに変形したのか分からないけど、ドアが開かないんだよ。さっきから男たちでこじ開けようとしてみたんだけどね、ダメだね。工具もないし。」
確かに青い車の周りにはドアを開けようとする男たちや、中の人間に呼びかける者が見える。
後部座席のドアは開いているが、そこから助け出すこともできないのだろう。
「そうか、ありがとう。」俺は件の青い車へ向かう。
「あぁ?止めときなよ。あんた。どうせ開きっこないんだ。今レスキュー呼んだから……おい!」
俺は忠告を無視して車に駆け寄る。問題を解決しうる能力を持っているのだから、そうしなければならない。
運転席の横でドアに張り付いている男に話しかける。
「どいてくれ。」
「あ?ああ。だが無理だと思うぜ、こいつは。」
俺は能力を発動する。両腕の皮膚が高質化したかと思うと一気に灰色になる。顔も、胸も、脚も、身体はみんな灰色になる。
ただ色が変わっただけではない、身体が全て岩石に変わったのだ。コンクリートか大理石のようなグレーな身体、それが俺の能力だ。
ドア枠に手をかけると、まるで重機のような力強さでドアを引き剥がす。
「大丈夫か?」
声をかけるが返事はない。
ちらと奥を見るが、どうやら乗っていたのは運転手だけのようだ。
シートベルトの留め金を壊し、外す。男を抱きかかえ、運び出した。
「看てやってくれ。」
医者に引き渡したところで、医者の顔が引きつっているのに気づく。
その視線は怪我人に向いていない。俺を見ている。
そこで気づいた。周囲の人間も遠巻きに俺を見ている。怪我人でもなく、事故車でもなく、俺を。
ひそひそと話す声が聞こえてくる。
「馬鹿な……。」「大丈夫か……?」「ノスが……。」「マジかよ……。」
なるほど。そうか。そりゃそうか。
『ノス能力者』は恐れられている。当たり前じゃないか。
現に今俺を見ている人たちの顔には明らかに恐怖が見て取れる。さっきまでの事故見物とは違う、もっと恐ろしいものを見るような表情。
「……それじゃあ、後は頼む。」
俺は能力を解除し、肉と皮でできた人間の姿に戻るとその場を離れる。
でも、そうか。やっぱり嫌われちゃうか……。
どうやらみんなに愛される大人気ヒーローにはなれないようだ。