ブクマ7のまま死んだ流行ガン無視作家の俺、20歳からやり直して『俺が世界で一番好きだった物語』を完結させてやります
突然、目の前がクラッと歪んだ。
深夜二時。
無駄に眩い画面の明かりだけが、狭いワンルームの澱んだ空気を照らしている。
サビ残で擦り切れた体を引きずり、俺は今日もキーボードを叩いていた。
誰にも読まれていない。
流行りのチートもざまぁもない、ただ俺が好きなだけの自己満ファンタジー小説。
だけど、この画面の中にいる奴らだけが、俺の灰色の日々の生きがいだった。
キーボードに突っ伏した衝撃で、画面にはワケのわからない文字列が並んだ。
作家の端くれが、作品になんてものを打ち込んでいるんだ。
早く、消さないと……
指先がまともに動かなかった。
バックスペースキーへの距離が、やけに遠く感じる。
「ぁ゙っ……」
なんだろう。凄く胸焼けがする。
話を書いていて胸が痛くなる事はあるが、そういうのじゃない。
頭も痛い。
まだ、今日の話も書き終わってないんだ。
260話も、毎日欠かさずに書いてきたんだぞ。
ブックマークが7人もいるんだ。
こんな俺の作品にだって、更新を待ってる人がいる。
一日だって書くのを止めちゃいけない。
止めたくない……!!
(…………一時間だけ、寝るか……)
その浅い眠りが、35歳の俺の、最期の眠りになった。
─────
ハッと目が覚めた。
視界に飛び込んできたのは、無駄に眩い液晶画面じゃない。
優しい日の光に照らされた、部屋だった。
(……やばい……寝過ごした……!? 会社から連絡…………あれ)
机の上に置かれたパソコンには、見覚えがあった。
一人暮らしが始まった時に、初めて自分の金で買ったパソコンだ。
バイト代を貯めて買った、あの……
「…………」
部屋を見渡してみる。
まだ物が少なく、綺麗に整えられた部屋。
(夢……?)
そう思い、腕を爪で挟んで、思い切り力を入れてみる。
「痛……」
爪を離した後も、腕にはしっかりと小さく、跡が残っている。
今考えれば、頭痛がきれいさっぱりなくなっている。
ほぼ慢性化していて、今日は薬も飲めてないのに……
それに、目が重たくない。シパシパした感覚が無い。
「…………」
作動していないパソコンの、黒い液晶画面に自分の顔が映る。
「えっ」
クマが小さい、シワが寄ってない、コンプレックスだった、死んだ魚みたいな目をしていない。
あるのは、治りかけのニキビだけ。
これ……20の時の俺じゃね……?
恐る恐るパソコンの電源ボタンを押す。
ファンの低い回転音と共に、懐かしいOSの起動音が鳴り響いた。
画面の右下に表示された日付は、今から15年前の、8月8日。
大学2年生の、夏休み。
「はぁ……!?」
わけがわからない。何が起こってるんだ?
「そうだ、スマホ……会社から連絡……」
机に置かれていた、2代前のスマホを手に取り、開く。
しかし、そこには会社の通知ではなく、友人からの『今日飲み行こうぜ』のメールだけが入っていた。
「なんで……」
友人の『ユウヤ』とは、会社で離れてからきっかりと疎遠になってしまっていた。
それなのに、「飲みに行こう」だなんて、大学生みたいな事を、急に……
そこまでで、ようやく寝ぼけから目が覚めた。
これ、本当に大学生時代に戻ってないか……?
それに気付いたとき、さっと血の気が引いた。
会社の仕事がどうだとか、そんなんじゃない。
慌ててパソコンに向き合い、「なろう」に入ろうとする。
しかし、飛び出してきたのは「アカウントをお持ちですか」のページ。
「っ……!!」
パスワードなんて、いちいち覚えてない。
「そうだ、メモ取ったノート……」
見当たらない。
そりゃそうだ。なろうは30過ぎてからの、気を紛らわせるための趣味として始めたんだ。
推定大学生頃と考えられる今に、メモなんて取ってない。
アカウントすら、作ってない。
作品も、残ってないんじゃないか……?
画面を見つめる目を、カッぴらいて硬直してしまう。
あれだけ書き続けた作品を、もしかしたら俺は『エタった』んじゃないのか……!?
浅くなった息を、落ち着かせられない。
そんなの、生きがいを失ったのと同じじゃないか。
嫌だ。消えてほしくない。まだ『あいつら』の人生を、最高の形で終わらせてやれてないんだよ……!!
その時、スマホにメールが届いた。
『まだ寝てる? 起きてんなら早く返事しろ』
ユウヤからの、返事催促メールだった。
それを見て、固まった身体が少し緩んだ。
……そうだ。俺は今大学生まで戻ってるんだ。
今から書き始めれば、完結させられる。
置いてきたあいつらを、ちゃんと終わらせてやれる。
それに、もしかしたら、35歳で過労死なんて、そんな結末を回避できるんじゃないか……?
とりあえず、メールを開き、少し震える指先で返信する。
『もちろん、行く』




