猫探偵事務所猫野ぶちおの恋
猫探偵事務所のぶちおがメーテルに恋しました。
彼の恋は実るのでしょうか。
---猫探偵事務所猫野ぶちおの恋---
プロローグ
メーテルとは、漫画またはアニメ「銀河鉄道999」の登場人物だ。
機械の体をタダでくれるという星を目指す鉄郎とともに、銀河鉄道999で旅する正体不明の美女である。
彼女は基本、無口である。 そのたたずまいは、憂いに満ちている。
彼女は、優しい声をしている。 すべてを包み込んでくれるようだ。
彼女が笑うときは、瞳は気品で満ちている。 そして右手をそっと口元にやる。
彼女が瞳を閉じて、なにか考えごとをしているときは、爪をかむ癖がある。 その姿が僕には一番チャーミングだ。
彼女が泣くときは、目尻からそっと優しい涙を落とす。
彼女が迷っているときは、瞳を左右に大きく動かす。
彼女は酔うと、饒舌になる。これから楽しい時間がやって来ることを約束してくれる。
彼女が話しかけてくるときは、その瞳にいくつもの銀河をしまってあるような気になる。
彼女が怒っているときは、つめたい瞳をしている。 だれにも妥協しない。
事務所の階下にある喫茶白熊で、「銀河鉄道999」を、ぶちおはタブレットで見ている。仕事がなくて暇なのだ。
「メーテルかあ。オレの前に現れないかな。 一瞬で恋に落ちるな」
本当に暇を持てあましている。最近した仕事は、犬の散歩や草刈り、老人の話し相手だ。2階の事務所に電話があるのだが、この暑さでだれも面倒なことを、話する気にはならないのだろう。こうして一日を喫茶白熊で過ごしている。ぶちおは安心してさぼることができる。
「駄々洩れよ!なにバカなこと言っているのよ、はい、アイスコーヒーね」
今日3杯目のアイスコーヒーをみいちゃんが持ってきた。今は盛夏だ。表に出たらきっとそのアイスコーヒーは熱くなり舌が火傷するのではないかと、ぶちおはまじめに思っている。さらに蝉の鳴き声が暑さに拍車をかけるので、なるべく外の仕事は断ることにしている。そもそも依頼自体が来ないのだが。なぜ999を観ているか?「夏休み企画アニメ特集」がやっていて、その中に999があったからだ。たまたまだ。現在40話まできた。残り26話だ。見終えるまで、依頼は来るなよと本気で願っている。
「最近暇なんで、999をHuluで見てるんやけど、これがまた面白いというか、大人でも楽しめて奥が深いんだ、これが。心に刺さるね」
「ホントに暇ね」
みいちゃんは呆れている。
「ガンダムより面白ね、絶対」
「あ、そう・・・。たまには外に出たら。カビが生えるわよ」
エピソード1
「それでね、知り合いの知り合いからのお話なの、この子なんだけど、ぶちおさんにどうかな、と思ってね。あんたもいい加減結婚しないと、ね。 もう年齢的に崖っぷちなのよ。 わかってんの」
わざわざここまで出てきた叔母が、ここぞとばかりにお見合い写真の山を持ってきた。この叔母に言われるままに何度もお見合いをしてきたが、気に入れば断られ、断れば気に入られていたりと、めぐりあわせ悪いのだ。べつに容姿で選んでいるわけではないつもりなのだが。ぶちおはそう思いこんでいる。
「おばさん、オレはいいよ。べつにムリに結婚しなくても・・・するときはするよ。 それでいいやろ」
「そう言っていられるのも、あと2、3年よ。あんたの賞味期限はあっという間にやって来るわよ」
賞味期限って、ひとを秋刀魚か鰯みたいに・・・・・・まあ、魚みたいに鮮度はよくないけどな。オレは自由がいい。束縛されるのは嫌だねとぶちおは強がった。
「・・・・・」
ま、しかたない、写真だけでも見てやるか。
「見るだけやぞ、見るだけ・・・・・」
「そうお、まぁ、このひとよ、このひと」
何人かのお見合い写真を見てゆくと、そのひとがいた。
「あ! メーテル!」
ぶちおは会ってもいないひとに、一瞬で恋に落ちたのだった。
「そうよ、こちらは目輝ひとみさんよ」
「会う!」
好物の秋刀魚を目にしたような目で、ぶちおは食いついていた。999メーテルだ!メーテルがそこにいる。面長な顔に大きな瞳、長いまつ毛、金髪の長い髪。メーテル・・・・・・・・・・♪晴着を着てはいるが、メーテルそのままだ。
「どう?ぶちおさん」
「決めた!決めたよ!絶対に会う!」
エピソード2
思えば、最後のお見合いは日差しも穏やかになってきた春先だった。意気揚々と臨みいい感じに事は進んだが、職業を探偵と言ったとたんに、相手がひいていったのがあからさまにわかった。探偵の何が悪い!と聞いてみたかったが冷静に考えると、そんな不安定で、何をやっているのかわかない怪しげなものなぞ、相手にならないに決まってる。結局、すぐにお断りのジョーカーのカードが差し出された。ジ・エンド。お見合いとはトランプだ、どのカードをいつ出すかを相手の手を読みながら慎重に、あるときは大胆に、作戦を立てなければならないのだ。行き当たりばったりでは絶対にうまくいかないものだと、ぶちおは悟っている。あのときは、探偵というカードを安易ににだしてしまったことが敗因だった。今回は慎重にいかなければならばい。探偵というジョーカーをいつ切るのか、そのカードを引いてしまった相手は、やる気がなくなっていくのも当然だ。同情をしてあげたいくらいだ。
日差しが眩しい初夏は、明るい未来を予期しているようで、ホテル日航1F喫茶コーナーでさわやかに曲を奏でるピアノは暑さを吹き飛ばしてくれるようだ。この曲は米米CLUBの「浪漫飛行」だ。メーテルと浪漫飛行してみたいと、まだ会ってもいないのに、ぶちおは思っている。
「おばさん、またここ。嫌な思い出しかしかないけど」
こんなに緊張するお見合いは久々だ。 アメリカンを啜ると、これまで経験したお見合いが走馬灯のように脳裏に浮かぶ。 それは、何ひとつよい思い出はない。 断ったり、断られたり・・・どちらにしても傷つくこばかり。お見合いは第1印象が重要だ。 ゲームみたいなものだろう、素の自分をどこまで見せられるか。 それとも隠すのか。 シュミレーションゲームのようなものだ。 どのカードをいつ切るか。
「猫野さん、お待たせしてしまって」
「いえ、いえ、目輝さん。この度はお受けくださいましてありがとうございます。 これが甥のぶちおです」
ぶちおを突っつき、百中錬磨の叔母が催促した。
「ほら、自己紹介しなさいよ」
小声で催促してくる。
「あ、え、猫野ぶちおと申します。本日はこの席をもうけてくださいましてありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。まあ、パリッとしたお方で。 わたしは、鈴木おりんと申します。 こちらは姪の目輝ひとみです」
「あの、目輝ひとみです。よろしくお願いします・・・」
彼女は小声で遠慮がちに挨拶した。
目輝・・・・・このひとはメーテルだ!ぶちおの眠気はアメリカンを啜るよりも、強烈に吹き吹きとんだ。その憂いを含んで遠慮がちに話すその瞳は、999のメーテルそのものだった。その瞳を受け止めるのは猫野ぶちお、星野鉄郎だ。
ぶちおは彼女に落ちたのだった。ふたりは銀河鉄道999に乗りターミナル駅まで旅するのだと、ひとりで運命的な出会いを思い描いた。なんてちょろい存在だと思うが、こうなってしまったものは仕方がない、切るカードの順番など・・と考える余裕はなかった。
エピソード3
威風堂々な姿を見せつけようと乗り込んだ、このお見合いだが、もはやぶちおにはHuluで観た999のメーテルが目の前にいるようにしか思えてしかたがない。
なにを聞かれたのか答えたのか、覚えていなかった。とにかく喉が渇いてしょうがないので、2杯目のアメリカンをオーダーした。メーテルに嫌われないようにしないと、と必死だった。このチャンスを逃してはいけない。
「ご職業の方はなにを・・・・・」
やっぱり来た。避けては通れぬ質問が。
「あ、はい。探・・・」
そうだった、職業については「探偵なんて絶対に言わないこと」と諭され、「とりあえず、なんでも屋にしときなさい。まったく嘘じゃないからね」と叔母から釘をさされていたのだ。 どちらも同じようなもんだが・・。
「しょ、職業はぁ・・なんでも屋をぉ・・営んでおりますう!」
赤っ面をしていたのか、彼女は上品に笑った。そのときの彼女の瞳は気品で満ちていて、そして右手をそっと口元にやった。
メーテルだ!
「わたしは、保険会社で電話オペレーターをしています。なんでも屋さんってなにをするのですか?」
「そうででぇすう~ね。犬の散歩、子猫や子犬の遊び相手。 ご老人の話相手、熱帯魚の餌やりとか、庭の草刈り、最近ではウーバーイーツが多いです」
「うふ、ふ、そんなんですね」
彼女がふんわりと笑った。
ぶちおは完全に舞い上がってしまっていた。あぁ、キミはメーテル。 そしてオレは鉄郎。2人でターミナル駅まで999で旅をしよう!
「ふたりともいい大人なんだし、わたしたちは、席を替えてお話でもいたしましょうかね」
「そうね。じゃあ、ふたりともよろしくね」
2人の叔母は、隅のテーブルに腰を下ろした。
エピソード4
舞いあがってしまって、ぶちおはパニックになっていた。こんなときどういうふうに振舞えばよいかさっぱり考えが浮かばない。これでもそれなりにでも修羅場をいくつか切り抜けているつもりだ。 しっかりせい!
メーテルが恥ずかしそうにつぶやき気味に言う。
「ぶちおさんは、おいくつです?わたしは、32です。 少し? 行き遅れてますね・・」
「はい、わたしは38になります!わたしも行き遅れています!」
なにを言っているんだか。
「ふ、ふ、ふ。ぶちおさん。あんまり気を使わないでください」
「はいっ!」
そうだ。そうだよ。なにもオレばかりがいきり立たなくても、メーテルにもお任せすればいいときだってあるんだよな。そう考えるとぶちおの緊張は解けて、自分を恥ずかしく思った。落ち着けと、カップに残ったアメリカンを飲み干した。
「保険のオペレーターですか、大変でしょ?いろんな人から電話が来て。なかには長々とクレームする人もいるだろうし」
ぶちおは、なんとか落ち着きを取り戻せたようだ。オーダーしたアイスーコーヒーの味もしっかりとわかるし、フロアに流れるピアノも何なのかわかる。これは「松亜麻色の髪の乙女」だ。島谷ひとみがカバーあして大ヒットになった。あのころ、警官を辞めて探偵業をはじめたばかりで依頼がなく、圓八警部に仕事をまわしてもらっていた。
「そうなんです。応対をパターン化しようとしても、とてもムリなんです。だから最初のうちは泣いちゃうくらい大変で。でも何年かするとね、自然となにを言われてもうまくまわるようになった。そんなことってありませんか」
「ありますね。身の危険を感じることもあるけど、いまでは何も考えないで体が動きますね」
いかん、つい口が滑った・・・。
「身の危険ですか?なんでも屋さんて大変なんてすね。梯子とかから落ちたりするんですか?」
彼女が笑っている。瞳は気品で満ちていて右手はそっと口元にある。
ここで主導権を握らなければ、、、と思って言った。
「良い天気だし、少し外を散歩しましょうか」
「はい」
いまはじめて彼女の容姿を認識した。彼女はどちらかというとスレンダーで、薄いブルーの膝下のワンピースと白いパンプスだった、ワンピースと同系色のポーチを持っている。清潔感があふれ出ていて、ばっちりだ!だと、ぶちおの目は真珠のように白く輝いた。背は165くらいかな。おれは185ちょいなので、ばっちりだ!
その後、2人は和やかに会話は弾んだと思うが。なんて素敵な女性なんだろうと、ずっと考えていた。
エピソード5
「今日も、詐欺事件がありました。金沢市内の40代の男性が、ロマンス詐欺で2000万の被害にあったそうです。これで、県内での今年の詐欺事件の数と被害額は28件、5億8千万円となりました。
皆さん、他人にお金を振り込んだり、渡す前にはよく考えてください、またまわりにそういう方がいらしたら声をかけてあげてください。くれぐれもお願いします。ニュース加能でした」
てんてけ、てん。てんてけ、てん。
あいつからの着信だ。だいたいあいつから連絡をよこすのは、いいことがあったときだ。今日はなんの話につきあわされるたろうか。
「おい、ぶちお!久しぶりやな。元気か?仕事はどうだ?」
「寅吉か。なんかようか。オレは、so‐so だよ」
とても、お見合いをしたなんて言えない。返事は5日後の日曜日だからだしな、もし駄目だったら、なにを言われるかわからん。言うとしても日曜日が終わってからだ・・・。
「オレさぁ、彼女ができちゃったかも~」
「はぁ?!どこで知りあったんだ」
ぶちおは平静を装おうと努力しようと思ったが、できなかった。あいつに・・・・・?
「インターネットの交流サイトなんだぁ。高い入金払ってよかったよー」
「それはよかったな。じゃ切るぞ」
ふん、馬鹿らしい。
「まあ、まあ、待てや。どんな子か聞きたいやろ」
「わかったよ。どんな子ですか?」
「まあまあ、慌てるな。」
いちいち焦らすな!
「それがな、オレに不釣り合いなほどかわいくて、かわいくてなあ、年も25なんやぞ!♪」
「あ、そう。そんじゃな、切るぞ。お幸せに」
ぷち。
てんてけ、てん。てんてけ、てん。
「なんや」
「それでなあ、彼女、歯科助手なんや〜」
「はい、はい、お幸せに」
まったく能天気なやつ。自分はこいつみたいにはならんぞ!しかし、なんであいつに先を越される?ぶちおは納得がいかない。
第6話
この日は焦れったい一日になるとだろうと思っていたが、意外とあっさりと叔母から着信があった。
「ぶちおさん、短く言うわね。向こうもokだそうよ。よかったわね。でも気を緩めちゃだめよ。これからよ、これから。わかった?」
「あぁ、わかったよ」
笑いをこらえるのがやっとだった!どうだ!寅吉。
「じゃあ、つぎはいつ会うか決めて連絡をちょうだい」
「あぁ、わかったよ」
わざとそっけなく返事した。
よし!うふふ。
どうだ、絶対にオレの方がシアワセだぞ、寅吉!
さてと、メーテルとどこで会おう?
暇だからいつでもいいが、彼女の休日は何曜日なんだろうか?土日?それとも平日?とくに決まっていない?
はて?
はて?
はて?お互い直接連絡を取れるようになるのは、いつからなんだろうか。
第7話
和食だな。落ち着いた所がいいのか。それとも賑やかなのいいかな。彼女にはどっちがいい?店は・・・ここだな魚もあるし。彼女の休みは何曜日かな。
白熊はもちろんエアコンがばっちり効いているので、ぶちおはこの日も入りびったている。
てん、てこてんてんとこことてーん。
非通知だ。依頼か?
「はい、もしもし」
「あの・・・目輝ひとみです」
「こ、こんばんは。どうなさいました」
もしかして断りの電話?えー??ぶちおは激しく動揺してしまっている。ええい!しっかりせんか。このくらいで・・・落ち着け。この日4杯目のアイスコーヒーを睨んで頭を冷やそうと努力した。
「あの叔母にお願いして、ぶちおさんの番号をそちらの叔母様に教えてもらいました。すみません。こういうことをしてしまって。あの・・・わたし、土日が休みなんです。それをお伝えしたくて。ぶちおさんは日曜日の都合はよいですか」
断りじゃあないのか!?スマホをおさえて「よっしゃあ!」大きな声を出してしまった。メーテルにも聞こえていたかもしれない。しかも、ここは白熊だった。みいちゃんも白熊ちゃんも、3名いる客も、驚いてぶちおを見ている。
「どうしたのよ?大声だして」
「依頼だよ。依頼、仕事の依頼だよ。ちょっと席外すから」
事務所への階段を走って上がった。
「変なの」
「ちょうど今、つぎはどうしようかなと考えていたところでして。日曜日、大丈夫です!仕事はいまのところありません!それで、つぎの日曜日なんですが、居酒屋はいかがです?場所はさんま亭なんか」
すかさず返事があった。
「はい、行きたいです」
「それじゃ。18時に店の前で。予約をしておきますね」
「はい。お願いします」
「はい。こちらこそ。じゃ」
「あの・・・もう少しお話しませんか」
想定外の切り返しだった。
「は、はい、もちろん」
ぶちおは、また舞い上がってしまった。ただ日曜日の18時にさんま亭で待ち合わせすることは覚えていたが、肝心のメーテルとの会話は上の空で、嫌われるようなことを言わなかったのか、不安になった。白熊に下りて気分を落ち着かせようと思った。それは、今日5杯目のアイスコーヒーだった。今夜は眠れそうもない。
「いやー暑いね。魚は腐ってないだろうな」
「なに言ってんのよ。変なひと」
みいちゃんは、ぶちおの前に置かれたコーヒーカップを4つ持って行った。
第8話
てんてけ、てん。てんてけ、てん。
またあいつか。なんだよ。しつこいな。おまえの自慢話は、もういいよ。
「ぶちお!彼女が連絡してきて、和食のお店にいきたいとリクエストがあったんだけど、どっか良いとこ知らんか?」
「かつお亭だ。それでいいやろ。時期的に旬の鰹のたたきが旨い、いいか?じゃ切るぞ」
ぶちおは、シアワセなやつだ。振られろ・・・と自分のことは棚にあげて呪いをかけた。
おまえに負けん。
第9話
メタボに言われるとは、幸福がにじみ出ているのかと。ぶちおはほくそ笑んでいた。
「ぶちおさん、なんか最近余裕してますね?デカい仕事でもあるんですか?それなら声をかけてくださいよ」メタボは冷やかし気味に言う。
「・・・・・」
「暇探偵さん。どうしたのよ。最近余裕がにじみ出てるじゃないの」みいちゃんもぶちおを冷やかして楽しそうだ。
「・・・・・」
「助手くん、なにか知ってんの?」
「わかりません。仕事は増えてないんですけどね」
「ハンバーガーとポテト、コーラね。みぃちゃんさん」
「せめて、ダイエットコーラにしとけ♪」
第10話
てんてけ、てん。てんてけ、てん。
なんだよ、またあいつか。
「ふちお、オレだ。オレさ、彼女とlineの交換したよ!こんなのはじめてやわ」と、段々ボルテージが上がってゆく。
勝手にやれ!
「あーわかった、わかった。よかったな。じゃ切るぞ」反対にぶちおはしらけてゆく。ぶちおと寅吉は母親同士が仲が良く、兄弟同然に育った。幼い頃からなんでも競い合った仲であり、どちらの足が速いとか、算数の点がよかったかなど、いつでも張り合ってきた。まさかこんな齢になって、競い合うことになるとは思いもよらなかった。それもお互いに独身の身で。恥ずかしい。
ぷち。
そして、待ちわびた日曜日。この日のためにアオキで新調した濃紺のぱんつとノーネクタイで、ぶちおは臨んでみた。まあ、こんなもんだろ。
「ぶちおさん、お待たせしましたか?」慌てて来たようだ、少し息が弾んでいるのを見ているぶちおはほくそ笑んだ。
メーテルは10分前に姿を現した。
今夜の服装は、彼女にとっての正装の一見喪服のようなシックなファーポンチョを着て、ロシア帽子を頭に被っている。それを着こなしている。さらに右手の薬指には間違いなく高価な指輪をはめている。耳には、これもそれらしきピアスが光っている。よくわからないが、どれも高価そうなもので、身に着けている彼女はなんてきれいなんだろう、と見ほれたぶちおである。
それに比べ、アオキのオレなんて彼女とは不釣り合いなんだろうか・・・と、ぶちおは何度も何度も心の中で繰り返して来た問いかけを、また繰り返した。凹んでいてもしょうがない。
「へぇーこうなっているんですね。こういう場所には縁がなくて。面白いです」
メーテルは店内を珍しそうに見渡していて、壁に貼られている赤マジックで4淵を囲ってある、手書きのメニューの多さに驚いている。
本当に居酒屋にはあまり来たことはいないようだ。
「うわーあんなにお料理があるんですね」
「そうですか?それなら選んでよかったですよ」とぶちおは言った。
「あ、お酒飲みます?」
「はい、少しなら。ビールを」
「わかりましたよ。すみません。ビール、コップを2つ」
突き出しの枝豆とアサヒがやってきたので、それで乾杯した。
「どれを注文すれば、いいんですか?要領えなくて・・・」
「ああ、お任せください。嫌いなものはあります?」
「なんでも大丈夫です。魚が大好きです」
彼女の瞳は嬉しそうに大きくなって、そして右手を口元にやっている!
「そしたら、いくつか注文しますね。旬の魚のお刺身を頼みますね」
「えーと、旬の刺し身の盛合せを2人前と焼きさんま2つ、あとカツオのたたきをひとつお願いします」
「はい、承りました!」威勢のよい声で返された。
「えーと・・・・・」
迷っているときの彼女は、瞳を大きく左右に動かすようだ。アニメとおなじだ。
「慌てんでもいいしね。おいおい頼んど行けばいいよ」
「ありがとう。お料理が楽しみです」
メーテルはすぐに顔を赤らめた。「いけない」と思ったらしく、あまり飲まないように自重していることがわかった。狭い店内は、満客で人の足場もないほどで、店員がたびたび「足元失礼します」「すみません。通ります」と言うのが聞こえてくる。それでもお客の賑わいにその言葉たちはかき消されてゆく。旬の刺身の盛り合わせは盛が崩れることなく、ぶちお達のところに到着した。鰹、黒鯛、真鯵、やりいか、スズキが盛られていた。「わーおいしいです!」。メーテルは気に入ったようだった。居酒屋のざわざわした雰囲気がそうさせるのか、笑顔で饒舌になっていた。ぶちおは眩しいと思った。
ひととおり料理を食べ終わったころには、メーテルは一段と饒舌になっていた。声も大きい。
「ぶちおさーん、わたし、日ハムが好きなんです。どごかファンのとこってありますか?」
「そうやね、オレは巨人やね。野球は好きですよ。「かなり」がつくくらい」
「じゃ、今度キャッチボールしてくださいよ。わたしの夢は、日ハムの始球式で新庄監督をキャッチャーで投げたいんです。でも、笑われるだけで、誰も相手してくれなくて」
「お安い御用」
「絶対に!ですよ」
「はいっ」
「あとね、ファイターズダンスガールになりたいです!きつねダンス♪」
「始球式よりもそっちが見てみたいかな」
「そうですか♪でも年齢オーバーしちゃてるの・・・(笑)」
彼女は酔うと、饒舌になる。それは楽しい時間がやって来ることを約束してくれる。
「あのさ・・・メーテルって呼んでもいいかな」
勇気を振り絞って、ぶちおは酎ハイをあおって、言ってみた。
「メーテル? 」
瞳が左右に揺れる。アニメのメーテルなら、こういうときは迷ってる証拠だな。
「んー、いいわよ。というか、名字が目輝でしょ。だから同級生とかからは、メーテルって。最初はなんだろう?って思ったけども、調べたら「銀河鉄道999」っていうアニメで、メーテルっていうミステリアスな美女がでてくることがわかってね。ちょっとわたしとは世代が上だけど、なんかうれしくて、自分でも勘違いして服装とかまねるようになったのーどう似合っている?」
やった!これでオレは一段階レベルが上がった。
「へぇ~どうりで。もちろん似合ってる!」とは言ったけれども、それ暑くないか?それは杞憂で春夏秋冬で4シーズン揃っているそうだ。
「じゃ、メーテルまた連絡するよ」
さっきlineを教えてもらった。こんなに順調にいくなんて幻のようだ。これまではお見合いの席で「探偵」というだけで相手の顔色が変わっていた。「探偵のどこが悪い!」と怒鳴りたくなったことも数回ある。後日連絡しますと言われたが、なんの音沙汰がないこともあった。一番むかついたのは、「探偵さんって、収入安定していますかぁ?わたし即戦力のひとがいいんですよねぇ」だと。蹴りたかったが、理性で押しとどまった。反対にこちらがOKという気持ちになっていても、「ごめんなさい・・・」ということもたくさんあった。それで、なんでも屋だと言うようにした。探偵もなんでも屋やでもおなじ穴のムジナ・・・。
盛夏の夜、メーテルは人混みに紛れて姿を消していった。
「はい、お願いします」と言い残して。
楽しい時間だったなと、ぶちおはメーテルの姿が見えなくなった方向を長い間見つめていた。
第11話
ぶちおが白熊で999の原作漫画を読んでいると、スマホが鳴った。
てんてけ、てん。てんてけ、てん。
またおまえか、寅吉。
「寅吉か。今度はどうした?」
「ぶちお~キスしちゃった!どうしよう」
だから?
「それはよかったな」
「それでな。聞きたい?」
「いやべつに」
「まあ、聞いてくれ」
「・・・・・」
「あのな、小矢部川の秋桜まつりにドライブがてら行ったんだ」寅吉の自慢話がはじまった。ぶちおはめいっぱいのため息をスマホ越しについたが、寅吉には聞こえなかったらしい。彼の自慢話という名のボールは白熊の天井に穴をあけるのではないかと心配するほどに弾みまくっていて、大人しくさせようとぶちおが頑張ってみてもムリだった。最後はあきらめてなすがままにした。
「寅吉さん、運転うまいのね。音楽も趣味がいいわ。あなたとどこまでも行けそうな気がする。そう思わない?素敵なパートナーになれると思うの」
寅吉の興奮している姿を想像しながら、ぶちおはメーテルのことを考えている。静かな佇まいの彼女。よく話してくれる彼女。酔ったときの彼女。スマホ越しの彼女の声。おいしそうに焼きさんまを食べている彼女。はじめて会ったとときの緊張していた彼女の小さな声。なぜオレなんかにつきあってくれるのだろうか。
ぶちおは現実に引き戻された。
寅吉のテンションがまたいっそう上がった。
「えーっ、ちょっと待ってや、そこまで考えてる?って思っちゃったよなー」
「オレも、も、も、そあ。思いますぅ」ってな。
そしたら彼女が「わたし、あなたのことが・・・っていう感じになっちゃってな、誰もいなくなった黄昏時の秋桜畑でな、こー、こー」
「わかった、わかった。おめでとう!じゃ、切るぞ」
「待て待て、それでな。おまえの意見が聞きたい」
「なんだよ」
「オレな、つぎに会うときにな・・・ぷ、ぷ、プロポーズしようかと思っとる。どう思う?まだ早いか?」
白熊の天井を見上げながら、ぶちおはこの白さはいつ来ても変わることがないなと思っていた。この店は全席禁煙だけれど、半年に一度はこの天井を脚立に上って、白熊ちゃんは磨いているからだ、そう磨くという表現がぴったりなのだ。まったく寅吉は、ここの天井よりも白いんじゃないのだろうか。初心なやつだな。変なのに捕まらなければいいが。
「あーそんなの本能のなすがまま!でないか。そんな早い遅いの問題でもないやろ」
馬鹿らしい。オレはこんな風には絶対にならん!もっと格好よく決めてみせるぞ!でも、うらやましい・・・と、ぶちおは大きな焼きもちをこころの内では焼いていた。 海苔は高級なやつにしようと決めた。
「そ、そうか!あんやと」
プープープー。
なんだよ、めでたいやつだ。勝手にやってろ。それにしても、都合の良い話やな。まるで夢のような話だ。しかし自分もあそこまではいかないが、似たようなものだなとぶちおは思った。
第12話
木曜日のスタバ。ようやく涼しくなってきたカフェテラスでお茶をしている。ぶちおは紅茶ラテ、メーテルはキャラメルマキアート。
「さすがに、まだテラスは暑いですね」
「べつに気にならないよ。事務所はエアコンがないし」
「じゃあ、それでも暑いときはどうするの?」
「階下の喫茶白熊に入り浸ってる」
「ふーん」
彼女の今日の装いは、彼女にとって正装の明るい紺のシックなファーポンチョを着て、ロシア帽子を頭に被っている。
メーテルを店内から見ている客がいる。
「あ、いま。わたしの服装を見て馬鹿、馬鹿、馬鹿しいって思った?」
「いや、なんというかこだわりが強いなって」
「そうね、999を読んで、映画もHuluで観たけどね。メーテルに憧れたのよ。目輝だし(笑)、ちょうどいいやって。全部メーテルのまねよ。けど、ただのコスプレじゃないのよ、これ。ちゃんとしたもの」
「うふ、ふ」と右手を口元にやる。こないだの饒舌なときの彼女もコケティッシュでよかったけれども、今日の笑顔100パーセントの彼女は抱きしめたくなる。まだ暑いからか、店内のほうは満席なのに、テラスにはまばらにしか人はいない。白いテーブルが気持ちを涼しくさせる。テラスから見えるのは秋桜とサルビアが鮮やかに花壇に咲いている姿と、その向こうにある駐車場。ここは郊外なのでクルマでやって来ることが多いにしても、せっかくの花壇が気の毒だぶちおは思った。
わずかに残っているあまいラテの残りをズズと飲み干した。どうしても、ぶちおには今日メーテルに言いたいことがあった。
「メーテル、少し謝りたいことがあるんだ・・」
「なに?」
「オレ、なんでも屋って言ってたけど、探偵なんだ。やっていることはほとんど変わらんけど。違うことがあって、メーテルには言うけれど。警察の手伝いをすることがあります。危険なこともあります」
「そう」
なにか考えごとをしているときは、爪をかむ癖がある。その姿が僕には一番チャーミングなはずなのに・・・今は。
「でもね、言ってくれてありがとう。先延ばし先延ばしするとね、なんか裏切られたみたいな気持ちがどこかにね。わたしもね、保険のオペレーターと言ったけど、正社員ではないの。ただの契約。責任はないし、とらないの。そういう感じなの」
「そっか、これでいいよな。これでスッキリしたね」
「そうね・・・・・」
「どうした?元気ないけど」
「ん、いいえ。これがいつもの私でしょ」
そうだった、基本無口で憂いをまとっているのだったと、ぶちおは流しておいた。
「警察の手伝いってそんなにたくさんあって、危険なの?」
「たまに手伝う程度だよ。はくさん署に警官時代の先輩がいる」
第13話
てんてけ、てん。てんてけ、てん。
「はい」寅吉からだった。今度はどうした!と怒鳴りたかったが、寅吉のほうがぶちおよりも早かった。
「ぶちお。彼女に結婚申し込んだ。そしたらな、もう少し待って。心の整理がついたら。大丈夫、わたしの心は決まっているもの」だって。これでオレも結婚できる!さらば独身。おまえよ
より先だな、ぶちお!は、は、は、は」
「おめでとう!」
ぷち。
せいせいするな。これで電話も減るだろう。ちっ!おめでたいやつだ。
メーテルをドライブにでも誘おうか。はくさんホワイトロードなんかどうだろう。山は風が涼しくて避暑にはもってこいだろうしな。クルマはあるにはあるが、仕事用の軽トラしかないので、白熊ちゃんの愛車を借りようと、ぶちおは決めた。
「メーテル?どうかした?」
その日の夜の内に電話をかけたが、体調が悪いのだろうか、声に張りがない。
「う、う、うん、ちょっと気分が悪くて。ぶちおさんなにか?」
「いや、今度の日曜日にドライブでもどうかな」
「行きますよ。何処に行きますか?」
「はくさんホワイトロード」
「いいですね。心が洗われそう。あの辺りまで行けば、もう紅葉してるかしら。さすがに早いわね(笑)」メーテルは言った。
「おなじこと考えてた。紅葉にはまだ早いけど(笑)、避暑にはもってこいだよ」
この頃、このスタバで会うことが多くなって話しているとリラックスできる。オレたちは相性がいいと信じるようになった。その日の仕事のこと、宮本さんちの草刈りをして蚊に刺されたとか、相棒のメタボが飽きもせす、チーズバーガーとポテトをコーラで食べること、それから白熊ちゃんやみぃちゃんのこと。あの店のハヤシライスが絶品で毎週火曜日には必ず食べていることも。彼女も、今日はお客から怒鳴られずに済んで、ほっとしたこと。温泉が好きだということ。オレが徳光PAの温泉が好きだと言ったら「わたしもあそこが好きよ。開放的よね」と。一番盛り上がるのは、999の話になったときだ。あの話はせつないとか、どこどこがいいとか、戦士の銃のレプリカがあったら絶対に買う!と彼女に言うと、メーテルと鉄郎のフィギアが欲しい!と言い合った。暇なときにでも、やったことが役に立つことはあるんだなと、ぶちおはテレビ版の鉄郎より格好良い、劇場版の鉄郎になった気分でいた。
第14話
クルマを借りるために階段を降りて、白熊のいつもの席でなく手前のカウンター席に座って、ぶちおは白熊ちゃんの手が空くのを待っている。まずドライブにはクルマが欠かせない。白熊ちゃんのクルマは黒いレクサスのセダンで、自分が運転するには身分不相応に思うけれども、乗り心地がすごいと助手席に乗ったことのある、みいちゃんから聞いたことがある。白熊ちゃんが大切に、大切にしているものだ。いつもピカピカに磨かれている。貸してください、と言うことを躊躇ってしまうほどだ。
「あら、暇探偵さん。珍しいわね。そんな席に座って。なにかマスターに用?」
みいちゃんがアイスコーヒーを持ってきた。いつもより静かに。カウンター席に座っている、ぶちおが白熊ちゃんにどんな用があるのか、一言も聞き逃さまいとみいちゃんは考えている。
「そう。ちょっと頼みごとがあって・・」
「最近来ないことが多いけど、どうしたの?仕事は相変わらず・・と、助手くんが言ってたし」
「ま、オレもいろいろあるんだよ」
「もしかして、彼女が?!」
「な、なんだよ」
「あ!そうなのね!!」
「ぶちおくん、何?」
「白熊ちゃん、今度の日曜日クルマを貸してください。お願いします」
「あぁ、いいよ。自由に使ってちょうだい・・・あらっ、その日は、車検からまだ帰ってきてないや。ごめん。オレのはふつうのと違って時間かかるから」
「いいよ、いいよ、ほか当たるから」
「あらー幸先悪いわね。せっかくのドライブデートが」
「うるさい」
「じゃあ、オレの使ってください。若者向きのやつですけどね」
奥の席で999の単行本を読んでいたメタボが助け舟を出してくれた。
おまえ、クルマ持ってたのか?!けっこうブルジョワ?
「マックセットを10セットおごるから!若者向きって、シャコタンかなにか?」
「なに言ってるんですか、ちゃんと車検とおりますよ。今の時代シャコタンはないですよ。いつの時代の人なんです?」
メタボのクルマは、軽のオープンカーだった。これはいい!開放感がある!小さくて低いから、ものすごく臨場感にあふれている。そして、2人の距離感も抜群だ!ジェットコースター!♪☆
「その代わり今度、その彼女をみんなに紹介ですねっ!」
第15話
てんてけ、てん。てんてけ、てん。
「ぶちおぉ!」
寅吉だ。あいかわらず舞い上がっている声をしている。
「なんだよ、今度は」
「マジもう、オレたち結婚しちゃうぞ♪秋には式を挙げたいと彼女から言われた。どうだ!」
さも自慢げに。ぶちおはムカついたが、大人の対応をしてやった。
「それはよかったな。じゃ」
ぷち。
てん、てん、てこてんてんてこてたん。
「それでな、どうせなら盛大に式を挙げたいから、お金が必要だよね。でも、あたし家庭の事情でお金がほとんどないから、申し訳ないけど・・・費用は出してくれないかな。どうせ結婚するからいいでしょ」って言われてな。
「先ず頭金が必要だから、明日までに50万円お願いします。あたしが式場に渡しておくから。こういうのは女の仕事でしょ」だって!
「・・・・・・・・・・・・・」
「どうだ!頼り甲斐があるだろ、オレって」
「それで?渡したのか・・・・・?」
しくじった!なんでもっと寅吉を見てやらなかった・・・・・オレは馬鹿野郎だ。
「そうや」
「・・・・・おまえ、それはロマンス詐欺だ。もうそいつには関わるな。わかったな。残念だが50万はあきらめろ。わかったな!」
「なんだ!おまえ、ケンカしたいんか?オレだけシアワセになって妬いているんだろ?親友だろ」
ぶちおは、寅吉がどうのこうのではなくて、しくじってしまったという自分の愚かさで一杯だった。
「いいか、もう一度言うぞ。これまでのことを冷静に思いだしてみろ。おかしいだろ!どこがおかしかったのかは自分で考えろ。いいか、そいつには二度と関わるなよ。ロマンス詐欺だ。このままだとおまえは、全財産をむしり取られる」
ぷち。
はぁ・・・あの馬鹿。
第16話
なるほど。質素というかシンプルな外観の部屋だな。彼女らしい。そんなに新しくはないようだな。
ピンポーン。
表札はない。その方が安全にはいいだろう。ぶちおはエントランスで彼女が出てくるのを待っている。そわそわする。今日はどんな姿で現れるだろう。今日のファッションスタイルは、定番のメーテルスタイルではなく、秋めく木々をあしらった淡いグリーンのワンピースに足元は白いラウンドトゥパンプス、そして麦わら帽子を持っている。いつもより、より清楚な姿だ。ぶちおは薄茶の半袖バンドカラーシャツにグレーのパンツでまとめてみた。みぃちゃんの見立てだ。
いつものように、優しい声で応えてくれた。
「おまたせしました」
「メーテル、お似合いだな~」
「ありがとう。ぶちおさんは、もと警官の探偵だけあってスタイルがものすごくよいのがわかってね。決まっているわよ」
「あ、でも麦わらは飛んでいっちゃうよ」
メタボよ。いいクルマだな!ぶちおはわざとオープンカーを左右にふると、メーテルの顔がときどきぶちおの左腕にあたって、まるで純情な中学生か高校生の頃のようにドキドキしている自分がいる。そんなことが少し恥ずかしいように思える。クルマはホワイトロードを緑色に染めている山々を見ながら、ときには渓谷を流れている清らかな川を下に見ながら、軽快に上ってゆく。ときどき彼女の顔が胸にあたる。
「きゃー!うわ、わー駄目、降りたい♪降りたーい!でも楽しいでーす!!」
どうだ!オレのドラテクはと、メタボと白熊ちゃん、みいちゃんに大声で伝えたかった。なによりも代えがたい高揚を伝えたかった。そしてオープンカーはホワイトロードを下りを走ってゆき岐阜に入った。そこは合掌つくりの村だ。知らないうちに、メーテルの麦わら帽は渓谷に落ちていった。
インド料理の店に入ると、彼女は急にいつもよりも、無口になった。
どうしたのかな?、あんなに楽しそうな様子だったのに。メーテルは瞳を左右に動かしている。迷っている証拠だ。
「なにを迷ってる?」
「あ、の」
オーダーしたカレーとナン、ラッシーのセットがテーブルに置かれた。
「あの・・・ごめんなさい。やっぱりあなたとはおつきあいできない」
目尻から悲しそうな涙を落とす。
「どうしたん?」
テーブルの上のラッシーを見つめてメーテルの視線は動かない。なにか怒らせることでも自分がしただろうかと考えたが、ぶちおに見当がつかなかった。
「だって、ふさわしくない。あなたには、ふさわしくない・・・・・」
少なくとも自分がなにかをしたのではないようだと感じた。聞き取れないくらいの声でなにか言っている。
「どうしたの?」
こんなに順調にお互いの距離を縮めてきたというのに。ぶちおは不思議でならなかった。
「わたし、あなたにお願いしたいことがあった。でも、ムリです。言えないです」
「なに?言ってみて、怒らない」
「お金、お金を貸してほしい・・カードの支払いができないの」
「いくら?」
「40万」
「・・・・・よし、お任せくだされ!ここまで導いてくれたお礼に、この鉄郎がメーテルを助けてあげるよ」
「ありがとう・・・・・」
無口で尚更憂いに満ちている。なにかが深く深いダムの底で彼女を縛り付けているような気がした。ぶちおから逃げてゆくようだと。でも・・・彼女のためなら、彼女がそういうなら、と決めた。
第17話
数日後。
「ぶちお、すまんな。目が覚めたよ。やっぱり何から何まで変だった。都合よすぎたよ。この頃彼女の話はお金のことばかりだ。オレは、舞い上がってた。今度つきあっててくれないか。飲もう。おまえのおごりでな!だってオレは50万取り返さないといかん(笑)」
「馬鹿が・・」
とても寅吉の相手をしてやる気にはならない。
あいつに言った言葉が、すべて自分に返って来ているではないか。
浮かれていたのはオレもだ。
でも彼女のことは放っておけない。信じていたい。
第18話
お金を渡して以来、メーテルからはなにも連絡はないし、ぶちおからもしていない。めずらしく仕事に追われている9月になっていた。忙しくて他のことを考える暇はないはずだが、頭の中は彼女のことしかない。仕事はミスばかりでメタボに頼りきりだ。
「ぶちおさーん、しっかりしてくださいよ。つぎは宮本さんちの草むしりです。行きますよ!」
メタボは長袖の作業着に長靴だ。それと右手に鎌とゴミ袋、左の手に軽トラの鍵があった。宮本さんちの庭は広い、一通りむしったと思ったら、また生えていた・・・ということもある。除草剤は苔などに影響するから安易には使えないのだ。作業着は暑いわ、蒸れるわ。ときどき宮本さんが持って来てくれる麦茶はサウナの後のビールのように思うだろうが、いまのぶちおには味気がない。それにしてもこの草むしりは一体いつまで続くのだろう、と思うと暑さ100倍だ。いつの間にか、ぶちおは3キロやせていた。
「こら!暇探偵。なにがあったか知らないけれど。うちのハヤシを食べないなんて、しっかりせい!」
「おい!ぶちお!なんや塞ぎ込んでると聞いたが!依頼があるがとてもムリだな・・・・・これは。人生気合いだぞ」
叔母は叔母で、
「で、ひとみさんとはどうなったの?」
これが最もキツくて、悲しい。
第19話
てん、てんてん、てかてか、とんとんとん!
メーテルからだ。
「メーテル。どうしたの?」
「あの、もし会ってくれるなら、くれるなら。お話したいことがあります」
彼女はありったけの勇気を振り絞っていると。
「もちろん」
「じゃあ、つぎの日曜日に今度はわたしが迎えに行きます」
第20話
真っ赤で大きなsuvが喫茶白熊の前に乗りつけられたとき、店の前に出てきたメタボもみぃちゃんも白熊ちゃんも、空いた口が塞がらなかった・・・ぶちおも瞳がこれ以上大きくならないほど、呆気に取られていた。
「こんにちは。メーテルひとみです。驚かせてしまってすみません・・・・・」
彼女は器用に真っ赤な大きなsuvを白熊に横づけした。全員が、すごい!乗りこなしていると感心してしまった。
「すみません。驚いたでしょう。理由は後からお話します。今日はありがとうございます」
「・・・」
このクルマはどうしたんだろう・・とても彼女が買える金額のものでないはずだ・・ぶちおの頭は、嫌な考えが浮かんでは、そして消してゆく作業を繰り返している。そして寅吉のことを思い出してしまう。
道を行き交うひとが皆、注目するその大きくて真っ赤なクルマは彼女のマンションの駐車場に到着して、一度も切り返すことはなく、すんなり駐車スペースに収められた。
よく見るとそこには、アウディやBMW、ベンツ、レクサスなどの高級車ばかりが並んでいる。外見では高級マンションには見えなかったが、そういう所だったのか・・・ぶちおは困惑している、保険のオペレーターをして給料をもらっているメーテル。高級車を乗りこなすメーテル。高価なアクセサリーをしているメーテル。お金を無心するメーテル。導かれる答えは・・・・・・・・。
「あの・・散らかっていますけど、お入りください」
第21話
・・・・・・・・・・・
ぶちおの目に映るのは、ソニーの超大型テレビ、その横に置いてあるのはJBLのスピーカー。高価なオーディオシステム。
熱帯魚の水槽は恐ろしく大きい。テーブルも立派でこれはオーダーメードだろう。家電は最新のものばかりだし、ソファは本革だ。そして彼女が開けて見せたクローゼットのなかには、様々な服と靴などがずらりと並んでいる。そして、あのクルマ。
メーテルは、申し訳なさそうに紅茶を入れてくれた。
「すみません。へんなものを見せてしまいました」
ぶちおは、思っていることを正直に聞いた。
「きみは詐欺師?」
「いいえ」
意味が分からなかった。この高価なものを保険オペレーターの契約社員にどうやったら買えるのだろうか。
「じゃあ、この部屋の物やあの車は?」
「呆れないで聞いてください」
「うん」
「わたし、欲しいと思ったものは我慢ができないんです。欲しいと思ったものは、後先考えないで買っちゃいます。我慢できないんです。そうやって浪費します。毎月のカードの明細と、購入したものの山を見つめて落ち込みます」
「そう」
ぶちおは、確かにそう言った。
「こないだもクレジットの引き落としができないと分かって・・・あなたを頼りました。そんなことしてしまうとあなたに嫌われると分かっていました。何度もこうしたことをくり返しして、その度に嫌われてきました。もう浪費はしないと決めても。やめられなくて・・・・・ダメだった。わたしは、クレジットカードが使えなくなって利用停止になってしまったら、生きてゆけないと思ってしまうんです。わたしはどうしょうもない女です。でもあなたには、嫌われてもいいので、本当のわたしのことを知ってほしかったんです」
「そう」
もう一度言った。ほかに言うべきことが見つからなかったからだ。
「わたしは、あなたが大好きです。信じてください」
「そう」
もう一度言った。
「あなたを利用するためにおつきあいしたのではありません。そういう目的にあなたを利用しようとは一度も考えたことはありません・・・。わたしは、あなたに嫌われてはいけない、と思っていました。あなたのことが好きで、嫌われたくないと自分自身に言いきかせていました。本当です。あなたを利用することは絶対にしないと。でも、今度も気が付くとまたおなじことをしてしまっていて。結果的にあなたを利用してしまいました。わたしは優しさと逞しさを感じさせる、あなたが好きです。わたしは・・わたしは・・・あなたを失いたくはありません」
泣きながら、一息で告白して、力尽きたように、ぶちおには思えた。
「そう」
としか言えなかった。
ぶちおはただ紅茶が冷めてゆくのを見つめていた。メーテルは気が抜けたようにぼんやりとしている。そして紅茶が冷めてゆくのを見つめていた。
「愛想が尽きたでしょう。わかったら、帰ってください」
第22話
「帰らないよ」
でも、どういう言葉をかけてあげたらよいのだろう。
わからない・・・。
言葉よりも深く気持ちを伝えたいと、ぶちおはそう思った。立ち上がってテーブルの反対側でしおれて座っているメーテルの横に座った。彼女の手にぶちおの手が上から重なったが、かけてあげる言葉はなかった。
なすがままか。ただそう思った。
「ねえ、メーテル」
「メーテルと呼ばれるのも好きだけど、よければひとみと呼んでください・・・・・」
彼女が話しかけてくるときは、その瞳にいくつもの銀河をしまってあるような気になる。
「ねえ、ひとみ」
「ぶちおさん・・・」
エピローグ
「ぶちおさん、ぶちおさん。起きてくださいよ!これから宮本さんちの草むしりですよ。ほら、起きてください」
なんだメタボか・・・・・ん・・・はっ!
メーテル!メーテルは?
・・・・・・・・・・・・・なんだ夢か、夢オチか。
メタボには悪いが、もう一度寝よ・・・・・。
「ぶちおさん!ぶちおさん!ほら起きてよ。起きなさい。メタボくんが待ってるじゃないの」
「またこんなに散らかして!依頼人が来たらどうするの」
彼女が怒っているときは・・・・・いまは笑っている。
完




