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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第一章
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 市内の大通りから、路地をを少し入ったところに、喫茶「プレシャス・ブレイク」はあった。老舗の喫茶店っぽいアットホームな雰囲気と、流行りのカフェスタイルを兼ね備えたような店構えで、もうじき夕食の頃合いだというのに、店内はそこそこにぎわっている。

 凜は、愛稀とこの店で待ち合わせをしていた。店に入り、辺りを見渡すと、窓際のテーブル席で、薄紅色で胸元にリボンのあしらわれた春らしいワンピースを身に纏っている女性の姿を見つけた。愛稀だった。凜を見つけ、大きく手を振って合図を送っている。凜は彼女の方へと向かった。


「待たせてしまったかな」


「ううん、私もさっき着いたところだから」


「そうか、それは良かった」


 この店では、客が自らレジカウンターに赴き、注文をするシステムになっている。それにならって、凜は店員にブレンドコーヒーを頼んだ。愛稀はその後ろで、壁に掲げられたメニューボードを悩ましげにきょろきょろと眺めている。これは時間がかかりそうだ――と凜は思って、自分のコーヒーを受け取ると、先に席に戻った。

 やがて戻ってきた愛稀が両手に抱えるボードの上には、ラージサイズのプラカップに赤みがかった乳白色の液体が入っていた。苺味のスイーツドリンクのようだが、凜ならまず頼まない代物である。彼女はるんるんといったような軽やかな足取りで歩き、座席に着くが早いか、


「いただきまーす」


 といって、ストローをカップの上にある丸形のキャップに挿し、中身を飲みはじめた。口内に広がる甘さに悶えるように、ううーん、と唸ってみせる。天真爛漫な子だな、と凜は思った。しばらくドリンクを楽しんでいたが、彼女はふっと思い出したように言った。


「……そうだ。これからあなたのこと、何て呼んだらいい?」


「何でもいいよ」


「うーん、じゃあ、“凜くん”で!」


「別に構わないよ」


 と、凜は応えた。出逢って間もない五歳年下の相手ではあるが、凜にとって呼び方など本当に何でもよかった。


「じゃあ、僕も君のことを“愛稀さん”と呼ぼう」


「“愛稀”でいいよ」


「呼び捨てで大丈夫か」


「私の方が年下なんだし、その方がいい」


「分かった。そうしよう」


 愛稀は嬉しそうににっこりと笑った。安心したように、再び飲み物に口をつけた。


 それからしばしの間、互いにとりとめのない話をした。しかし、出逢って間もない間柄であり、世代も離れている以上、話題はすぐになくなってしまう。凜は会話が得意な方ではない。愛稀にしたって、それは同じようだった。やがて、ふたりの間に沈黙が流れた。そろそろ頃合いかな――と凜は思い、本題を切り出した。


「それで、今日僕と会いたいと思ったのは、どうしてなんだい」


「――へ?」


「話したいことがあるんじゃないの」


「あ、そ、そうだね――」


 愛稀は少し慌てたように言った。それから、何かを躊躇うようにしばらく黙り込む。


「どうしたの?」


「出逢って間もない人に、こんなこと言っていいのかな、って」


「それが目的なんだろう。なら臆する必要はない」


「そうだね――じゃあ」


 愛稀は話しはじめた。


「訊きたいことがあったの。DNAを研究したら、人間の祖先やルーツも解明できるのかな、って」


「そういう研究をしている人もいるけどね」


 事実、DNA配列のパターンを調査することによって、人類の出自を解き明かそうする研究は昔より行われていた。例えば、細胞小器官のミトコンドリアに内在するDNAを体系的に調査すると、太古に生きていたひとりのアフリカ人女性に行きつくことが知られており、彼女は“ミトコンドリアイブ”と呼ばれている。さらに近年では、その人間の血縁や人種的な特徴を調べるDNAテストもメジャーになった。


「そうじゃなくて、もっとピンポイントにルーツを知ることはできないのかな。例えば、自分の親や祖先が誰なのか、とか」


「どうしてそんなことが気になるの?」


「実は私、ずっと探してる人がいるの」


「誰?」


「本当の両親」

 と、愛稀は言った。


「私、孤児なの。孤児“だった”といった方が正しいかな。生まれて間もなく捨てられたみたいで、三歳まで施設で育って、そこから遠縁の親戚の養子になったの」


「そうなのか」


 能天気なふうに見えて、実のところなかなか辛い生い立ちを抱えているものだ――と凜は思った。


「もちろん今の両親のことは大好きだけど。でも、やっぱり、できることなら、私を生んでくれた実の両親に会いたいと思う。でも、探そうにも、全然手掛かりがなくて……」


「親戚に引き取られたんだろ。いまのご両親から話を聞くことはできないの?」


「遠縁だから。ほとんど関わりがなかったみたい」


「なるほど。しかし、そこからどうしてDNAやらの話になるんだい?」


「ほら、最近では遺伝子やDNAを調べたら、その人の祖先や血縁関係が分かるっていうでしょ。私も自分の遺伝子を調べることで、両親を探すためのヒントにもなるかもしれないって思ったの。遙ちゃんも、鳥須さんは優秀な人だって言ってたから、ぜひその辺の意見を聞いてみたいって――」


「買いかぶりだよ」


 愛稀の話を、凜は言葉をかぶせて遮った。おおよそのことは推察できた。彼女は生物学がどういうものなのか、きちんとは理解していない。にもかかわらず、小説や映画などによる世間のイメージにでも感化されたのか、漠然とした期待を抱いているようだ。凜はきっぱりと言った。


「しかし残念だが、話を聞く限り、生物学が君の助けになる可能性は低そうだ。DNAや遺伝子を検査して分かるのは、その人にどんな人種の血が流れているのかや、遺伝的な体質、といったことなんだ。特定の人物をピンポイントで突き止められるような、魔法のような技術ではない。君の両親という人に、アタリがつけられているならまだしもね」


 愛稀のいう通り、DNAを検査することで、血縁関係を調べることは不可能ではない。だが、それは調査対象となる人物それぞれの情報があるからこそ可能なのだ。それらがなければ、調査のしようがない。それこそ、興信所に頼んだ方が、まだ見つけられる可能性は高いだろう。


「そうなんだ」

 と、愛稀はうつむいた。


「まさか、両親を探すために、生物学を専攻したの?」


 愛稀はこくりと頷いた。大学で何を学ぶかは、人生をも左右し得る問題である。それを、そのような理由で選んでしまうなど、思い切りの良いことをしたものだ。


「もちろんそれだけじゃないよ。何ていうか――自分のルーツを知れるんじゃないかと思ったの。私が生まれる前に何があって、どういう経緯で私が生まれてきたのか――それを考えるきっかけになるんじゃないかな、って」


 これも抽象的な動機だな、と思わずにはいられない。理系人としての発想でもないように思えた。ただ、ロマンを求めて勉強をすることは、必ずしも悪いことではないかもしれない。それを契機に、その道が拓ける可能性もあるだろう。凜だって、そもそもK大を志したのは、憧れの女性に近づきたいからだった。今となっては遠い記憶だが――。


「まあ、自分の思うようにやってみたらいいんじゃないか。でも、実の両親を見つけるには、別の探し方をした良いかもね」


「うーん」


「何か手がかりになりそうなものはないの?」


「……強いていうなら、神様かなぁ」


「神様?」


 また突拍子もない回答が出たものだ。愛稀はその理由を話した。


「私の家系には、神道に携わってきた人が多かったようなの。お父さんも地元の神社の宮司さんだし。知ってる? 太古の昔は、神の力で奇跡を起こせる人が今よりもたくさんいたんだって」


「さあ。本当にそんな力があるのかな」


「私は信じてるよ。いまでも、神を本気で信じて、祈りを捧げれば、きっと奇跡は起きる。私の本当のお父さんやお母さんだって、いまは会えないけれど、世界の根幹で、きっと縁はつながってるはずだって」


 凜は愛稀の話を半分程度にしか聞いていなかった。非科学的な話を信用する気にはなれない。ただ、彼女の信条を面と向かって否定することもしなかった。思想は本人の自由だし、他人がとやかくいう話ではない。


「まあ、頑張ってよ」


 といいながら、凜はスマートフォンのディスプレイから、時刻を確認した。落ち合ってから、小一時間ほど経っている。そろそろ頃合いかな、という気もした。ところが、そう思った矢先、ふいに愛稀は訊いてきた。


「ねえ、この後予定はある?」


「いや、特にはないけど」


「なら、もう少しお話しない?」


 予定がないと言ってしまった手前、断りづらいところがある。仕方なく凜は言った。


「別に構わないが。ご飯でも食べて帰るかい」


「ご飯――はちょっと……」


 愛稀はバツの悪い顔をした。


「どうしたの?」


「……お腹がいっぱいで」


 確かに、こんな時間にあれだけ甘いドリンクを飲んだら、空腹感など覚えるべくもないだろう。


「じゃあ、お酒は飲めるかい」


「うんっ、飲めるよ。こないだ二十歳になったばかりだし」


「そうなのか」


「とはいっても、私誕生日が分からないんだけどね。捨てられてたから。その代わり、四月一日を、私がひとつ年をとる日にしているの」


「とにかく、いけるということだな。近くにたまに寄るバーがあるんだ。そこにするかい」


「ぜひ」


「じゃあ決まりだ」


 凜は立ち上がった。

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