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会場は大勢の学生たちのにぎやかな声であふれていた。
ここは、K市内にあるイベントスペースだ。大規模な敷地に小洒落た西洋風の建物が建ち、立派な中庭まであることから、地域の人々がパーティなどでよく利用している。この日は、市内にある複数の大学の学生たちが集って、合同コンパが開かれていた。
凜は会場の壁にもたれかかり、飲みたくもない缶ビールを口に運んだ。まったく、何が楽しいのだろう――。皆、陽気にはしゃいでいるが、方々からの喧騒があまりにうるさくて、各々が何を話しているかなど分かったものではない。凜にも話しかけてくる人は何人かいて、頑張ってそれに応えようとはしたものの、やがて億劫になってきて、結局誰とも話すのをやめてしまった。
そもそも、集団の場が好きではないのだ。自分の立ち位置が分からなくなって、居心地の悪さを感じてしまう。手持ち無沙汰で飲み続けているビールだって、こんな場で飲んでも美味しくも何ともない。せっかく飲むなら、もっと落ち着いたバーの空間が良い。
こんな会など参加せず、研究室に居ればよかったと思う。実のところ、ここに参加すること自体、彼が希望したのではなかった。彼は現在、国立K大学の院に通っているが、そこの教授に参加を勧められたのだった。幹事のひとりが、彼の昔の教え子であるという。所属大学や学年を問わず交流できる場を目指して企画したものの、参加希望者が期待ほど集まらなかった。そこで教授のもとに、ヘルプを求めにやって来たのだという。
「君、参加してみないか」
と、凜に白羽の矢が立ったというわけだ。なぜ自分なのか分からなかったが、断る理由も見当たらず、結局教授の押しに負けてOKしてしまった。
しかし、いざ当日になって来てみると、集まりが悪いと言われていた割には、会場はほとんどすしずめ状態になっている。直前になって、希望者がどっと増えたのかもしれない。自分が参加する必要などなかったのでは――という気さえしてしまう。
徐々に居心地の悪さを覚え、彼は中庭へと出ていった。ちらほら学生がたむろして騒いでいたが、室内よりはましである。人工芝生の敷かれた地面を、時おり缶ビールに口をつけながら歩いた。歩いてゆくにつれ、人は少なくなり、喧騒は背に遠くなってゆく。前方にベンチが見えてきた。凜はそこに腰を下ろした。
度々缶に口をつけながらぼんやりしていると、遠くから芝生を踏み鳴らす音が徐々に近づいてくるのを感じた。自分が歩いてきた方角だ。見ると、ひとりの女性が近づいてくる。参加者のようだが、目はうつろで、だぼっとした衣服に身を包んでいた。栗色の髪はところどころが跳ねている。子供っぽい印象を受けた。
女性はベンチの前で立ち止まると、首を垂れ、
「はぁ~」
と脱力したように息をついた。ぱっと顔をあげると、その方を見ている凜と目が合った。女性のどんぐり眼がおもむろに大きくなった。
「うおっ!」
とのけぞって、声をあげる。リアクションがいちいち大袈裟だ。
「――ご、ごめんなさい!」
「いやいや、こちらこそすまない。驚かせてしまったようだ」
と凜は応える。女性は安心したように、口元を頼りなさげにほころばせた。
「何してるの?」
「人混みが苦手でね。ひとりでゆったりしてるところさ」
「同じだ」
「そうなのかい」
「うん……。試しに参加してみたんだけど、人の多さに酔っちゃって休みたいなって。私たち似た者同士だね」
「そうかもな」
凜は微笑んで応えた。女性もにっこりと笑ってみせる。
「どの大学なの?」
「K大の院生だ。生物系の研究をしている」
「そうなんだ、私はR大の生物学科。二年生に上がったばかり」
「専攻も同じだな」
「うん。偶然だね!」
学んでいる学問がかぶっていることなど、そこまで珍しい話ではないだろう。凜は彼女の大仰な反応を内心おかしく思った。
「あとね、地元から一緒に出てきたお友達がいるんだけど、K大の生物学科なの。もしかしたら、会ったことあるかも」
「どうだろうな――学内も広いし、学年が違えば講義などで会う機会もないからな。まして、学部生と院生じゃ、あまり接点はない」
「うーん、そっかぁ」
彼女は残念そうにつぶやく。凜は吹き出しそうになるのをこらえた。子供っぽいが、表情がころころと変わって見ていて飽きない。小動物を相手にしているようだ。
やがて、会はお開きとなり、凜は彼女と連絡先を交換することはおろか、名前も聞くことなく別れた。
一期一会の相手に違いない――その時はそう思っていた。




