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夢の螺旋  作者: Tomokazu
プロローグ
3/18

1

 嵐に荒れ狂う大海原を、一隻の船が渡っていた。


 大波に絶え間なく揺れ動く船の中、男は振り落とされないよう、上空に帆を掲げる帆柱をしっかりと掴んで堪えていた。

 他の人々は、不安そうな表情で祈るように手を組んでいたり、船が波に大きく揺れる度に悲鳴をあげたりしている。男のすぐ傍には、ひとりの少年が、彼よりも必死な様子で、帆柱を抱きかかえるように掴んでいた。小さな身体ながら、生命を守ろうとする一生懸命さが感じられる。彼は男の息子だった。


 男は天を仰いだ。降りしきる雨に目を細め、憎しみを込めたような表情になる。まるで、分厚い雨雲の向こうからこちらを見下ろしてくる神を睨み返すように――。

 もともと、男は神を信じてはいなかった。しかし、今回ばかりは思っていた。神がいないのだとしたら、この残酷な仕打ちを、どう説明すればいいのだろう。命がけの航海をせざるを得なくなったこの状況を――。

 いや、それ自体はまだいい。彼の意思で決めたことでもあったからだ。何より許せないのは、旅に妻と娘を連れてこられなかったことである。家族揃っての出発を男は願っていた。しかし、そうはいかなかった。運命の歯車は、妻と娘との関係を永遠に引き裂いてしまった。これが極悪非道なる神の仕業でないとしたら、この怒りを誰にぶつければよいのだろうか。


 突如、巨人のように大きな波が迫り、船が大きく傾いた。船内は人々の悲鳴と怒声で埋め尽くされる。彼の息子の腕は帆柱から振りほどかれ、そのまま海へと放り出された。男は彼の名を叫んで、自ら海に飛び込んだ。だが、荒れ狂う海の中では身体の自由がきかず、男は波の流れに翻弄され続けた。沈んでいったわが子を探し出すことなど、できるはずもない。男は死を覚悟したと同時に、子供の命を救えないことをすまなく思った。そして、投げやりな気持ちになって、海の意志に自らの身体を預けた。


 その時だった。ふいに、男の眼前に一抹の閃光が走った。はっ、と目を開けると、そこは海の中ではなかった。何やら、得体の知れない広大な空間の中に、彼は浮かんでいた。方々を天空に散りばめられた星の欠片のような無数の光が、筋となって流れてゆく。

 やがて、細長い紐のような形をした光が、男の方へと迫ってきて、彼の身体に巻き付いてきた。男はその光をまじまじと見つめた。それは、二本のねじれた紐が絡み合い、二重らせんの形をとっていた。光の先端部分のねじれがほどけて開き、男の眼前へと近づいてくる。光の先端がほどけ、複雑な暗号を編み直すように男の眼前で躍動する。彼は連綿とつながる生命の神秘を見た――いや、“視せられた”ような気がした。太古より受け継がれてきたいのち。それは螺旋に乗って、遥か未来へと繋がっているのだ。


 男に強い気持ちが湧き上がってきた。俺は生きたい。生き延びて、この生命を未来へとつながなければ。男はほとばしる感情のままに腕を掻いて、自らが浮かぶ宇宙のなかを泳いだ。

 夢中になって腕を掻いていると、手に何か当たる感触があった。掴んで確かめてみる。それは人間の手だった。掴んで引き上げてみる。息子だった。

 そうか――自分と同じ方向へ流れてきたのか。男は安堵しつつ、彼が目を覚まさないままに、再び暗黒の世界に沈んでいかないよう、大事に彼を自分の胸に抱えた。


 やがて、前方に巨大な光が見えてきた。次第にそれは大きくなり、ふたりを飲み込んだ。




 ――はっ、と気づくと、男は海辺に倒れていた。息子の身体を抱きかかえたまま。


「おいっ!」

 と叫びながら、子供の頬を数回叩くと、やがて彼は目を覚ました。

 男は立ち上がって、辺りを見渡した。昨夜の嵐は止み、海は平和に凪いでいる。浜辺の向こうの方で、乗ってきた船が座礁し横に倒れていた。


 どうやってここまでたどり着けたのだろう――。考えられることは、真夜中の嵐で気づかなかったが、陸地はすでにほど近いところにあったのだろう、ということだ。男は息子を何とか救出した後、ここまでたどり着いた。自力で泳いできたのか、流されてきたのかは分からない。

 砂浜には、他にも船に乗っていた人々が倒れていた。彼らも、幸運なことに陸にたどり着けたのだ。だが、その数は船に乗っていた人数から考えると、かなり少なかった。大多数の者たちは、残念ながら海の藻屑と化してしまったのだろう。


 それでも、生きながらえた人間がいたことは喜ばしいことだ。


 ここが俺たちの新たな生活の地となるはずだ――そんな希望の気持ちが芽生える反面、同時に悲しみの感情も湧き上がる。この海の遥か向こう――。故郷には戻れない、そして愛していた人々にはもう二度と会えないという嘆きであった。


 だが、いつまでも打ちひしがれてはいられなかった。男は新天地を歩む決心をした。


 きっと、いつか、再び巡り逢う時が来る。そう心で呟きながら――。

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