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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第三章
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 それからしばらく、雷也は何も言わず、ひたすらに何かを考えていた。遙が席を立ち、食堂を去る時も、彼は彼女に何も言葉をかけなかったのだ。凜は自分の手前に置いてあった缶コーヒーを手に取りひと口飲んだ。すっかり温くなっていた。


「なあ――」


 ふいに、雷也が口を開いた。


「はい」


「コスモライフの見立てが正しいとして、だ。嬢ちゃんは一体何者だと思う?」


「何者とは?」


 質問の意図が分からず、凜は訊き返した。


「STR配列の保有者であることは間違いなさそうだな」


「そう思います」


 コスモライフが彼女に執着し続けていることを考えても、それは疑いようがないと思える。石山に渡された例のサンプルに関しても、凜は予想がついていた。おそらく、愛稀の細胞を採取したものだったのだろう。


「じゃあ、嬢ちゃんは、なぜそれをもっているんだ」


「先祖から受け継いだためでしょう」


「それは当然だ。ただ、俺が考えているのは、その先祖は一体どんな奴らだったんだということだ。どこで生まれて、どこから来た?」


「それは分かりようもない」


「ここからは、俺の想像も含めての話になるが――お前、神話は読むか?」


「神話ですか?」


 予想もしなかったワードに凜は少し驚いた。


「世界各国に神話は残っている。ギリシャやエジプト、北欧神話……。聖書だってその類のものだろう。この国にだって、日本神話ってものが存在して、イザナキやイザナミ、アマテラス、スサノオってな神々が登場する。読んだことはあるか」


「空想の話には興味がありません」


 凜はきっぱりと言った。そもそも、神というものが存在するのかどうかさえ怪しいものだ。そういったものが登場する話など、関心をもつに値しない――というのが凜の発想だ。


「まあそう言うな。確かに、神話には現実離れした話も多い。『ドロドロになっている世界をかき混ぜたら島ができました』とか、『神が身体を洗ったら、垢から新たな神の子が生まれました』とかな。――だが、中にはもしかすると……というようなエピソードもあったりする」


「本当ですか?」


 凜はさぞ疑わしげな口調で言う。雷也は衣服のポケットからスマホを取り出すと、何やら操作をはじめた。日本神話の内容についてまとめたサイトでも閲覧しているのだろうか、画面をスクロールする指をはたと止めると、「例えばこんな話があるぞ」と切り出した。


「――オオナムチという神がいた。ある日、彼は浜辺で一匹のウサギを見つける。そのウサギは、海のワニザメにいたずらしたことで怒りを買い、集団で毛皮をズタズタに引き裂かれ傷だらけになってしまっていた。可哀想に思ったオオナムチは、ウサギに身体を真水で洗って乾燥させた後、ガマの穂を敷いてそこに寝っ転がるように言った。ウサギがそれを実践すると、傷はすっかり治ったという」


「…………」


「こんな話もあるな。――やがてオオナムチは日本の礎となるクニを造り、オオクニヌシと名乗るようになった。しかし、天界の神々はかの地は自分たちが治めるべきだと考え、その交渉をするために、地上にアメノワカヒコという神を派遣した。ところがアメノワカヒコはいつまで経っても天界に帰ってこない。オオクニヌシに言いくるめられて、地上に住み着いてやがったんだ。そこで天の神は、『アメノワカヒコが裏切ったのであれば奴を殺せ』と念じて天から矢を放った。それは見事に命中し、アメノワカヒコは死んでしまったという」


「なかなか興味深い話をありがとうございます」


 凜の物言いには多分な皮肉が混じっていた。なぜこんな話を聞かせられなければならないのか――という気持ちが実際にあった。だが、雷也は凜の棘のある物言いなど意にも介さない。雷也はポケットにスマホをしまいながら言った。


「まあ、神にまつわる話だから、大仰に思えるところはある。だが、これらのエピソードを簡単にまとめれば、思いもよらない方法でひどい怪我を直した、というのと、真偽を調べる占いを行い相手が邪であったために天罰を与えた、ということだ。これなら、人間レベルでもあり得る話のような気がしねえか」


「……どうでしょうね」


 凜にはピンとこなかった。


「――手の施しようのない重傷を負った男の前に、不思議ないでたちの女が現れて呪文を唱えながら、男の身体に何やら草の葉をはりつけていった。すると、男の身体の傷はみるみるうちに治り、やがて男はすっかり回復した。

 ――ある国の王が、敵国にスパイを送り込んだ。だが、しばらくすると、ソイツから何の音沙汰もなくなってしまった。王はソイツが裏切ったのではと心配になり、祈祷師にそのことを打ち明けた。祈祷師は神の前でソイツが本当に裏切っているのなら天罰が下るように念じた。すると、敵国では何者かが放ったピストルの弾が、偶然スパイとして送り込まれた男に命中し、男は死んでしまった」


「それも神話の中で描かれているものですか」


「いいや。俺の即興だ。そもそも、神話の中にピストルなんて出てくるはずがないだろうが。――ただ、内容自体はさっきの神話の主軸を神から人間に置き換えただけだったりする。どうだ、描かれる対象を変えるだけで、感じ方は変わってこねえか」


「つまり、人間の話を神の話にすることも可能だと」


「そういうことだな。神話ってのは信仰と結びついているから、大袈裟に話が描かれるのは仕方がない。こと日本神話ってのは、もともと朝廷、つまり今の天皇の権威を世に知らしめるために、各地の民間伝承などを参考にしながら作られたという説もある。完全な創作の部分もあるんだろうが、実際にあったことを神々の話に例えて記された箇所だってあったはずだ。不思議な力を発揮するような奴のことも含めて、な」


 凜は超能力の存在については、なおも懐疑的な姿勢を貫いていた。だが、可能性という点でいえば、その程度であれば人間でももち得るものだと考えられなくもない。


「つまり、愛稀はそのような人物の末裔だと」


「その可能性はある」


 凜は雷也の言うことを、頭では信じ込む気にはなれなかった。だが、一方で、心なしか胸の奥が疼く感覚がある。まるで、大いなる真実に触れることを、深層心理で望んでいるかのようだった。その真理に触れた時、愛稀の姿をこの目で見ることができるのかもしれない。

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