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深い深い眠りの底から浮き上がるように、愛稀は目を開いた。
目を開けたのはいつぶりだろう。だが、まだ頭がぼんやりしていて、いま自分がどこにいるのかも分からない。それどころか、そもそもこれが現実なのか、はたまた夢の中なのか、それさえも釈然としなかった。
――そんなこと、どうでもいいや。
愛稀は投げやりに思った。先ほどまで、長い長い夢を見ていたようである。だが、その内容はほとんど覚えていない。なんとなく、ひとりの人物の半生を追体験していたような気がするが、そんな気がするだけかもしれない。
「目を覚ましたようだね」
ふいに声が聴こえた。ゆったりとした口調の男性の声だ。年配者らしく、低くて少ししわがれた声だったが、どこかで聞いたことがあるような気もする。誰だっけ――と思いつつ、その男性の姿を確認しようととして、愛稀はやめた。声のする方へと首を動かすことすら億劫に思えたし、そもそもこんな夢うつつの状態では、自分の目は対象物を像として映してくれそうにもない。
男性がさらに語りかけてくる。
「君は何日も眠っていたのだよ。このまま目を覚まさないかと心配もしたが――目覚めてくれて良かった。とはいえ、君の意識はまだ戻り切ってはいないだろう。君が現実を取り戻すには、まだまだ時間がかかりそうだ」
愛稀は男性の言葉を半分ほどしか認識できていなかった。残り半分はただの音の刺激として彼女の脳内に響いてくるだけだ。
「まだ眠りから覚め切ってはいないようだね。無理もない。それだけ君は入り込んでいたのだからね。精神世界の深淵に」
――精神……世界。
そうだ、自分はそれに触れることを望んでいたのだった。あの世界には真理がある。きっと自分の心にぽっかり空いてしまった何かを埋め、捜していたものに引き合わせてくれる。彼女はそう信じて疑わなかった。
何となく、彼女は自分自身が、何かの使命をもって生まれてきたのだと思っていた。世界を救うとか、大勢の人を導くとか、そんな大層なものではないかもしれない。だが、自分には何か大切な約束があって、それを果たすためにこの世界を生きている――そんな気がしてならないのだ。
自意識過剰な思い込みなのかもしれない。しかし、人生には意味がある、彼女はどうしてもそのように思ってしまうのだ。
ふいに、彼女の脳裏にとある風景が浮かんできた。それは先ほどまで見ていた夢のいち場面だった。白い砂浜の向こうに海が広がり、海面からは目印のように三角の形の岩が天をさすようにそびえ立っている。自分はそこで遠くに行ってしまった愛する人に思いを馳せていた。そして心の中で再会を誓ったのだった。
果たして、再会を願ったその相手とは誰なのか。自分が生きているこの現実世界に存在しているものなのだろうか……。
――凜くん。
愛稀はふと脳裏に浮かんだ人物の名を胸の内で呟いた。
ふいに、すうっ――と再び意識が遠のいてゆくのをを感じた。夢の世界が徐々に眼前に広がり、その時が巻き戻ってゆく。
気づけば、自分はひとりの少女に立ち返っていた。本来の自分――日下 愛稀という人間ではない。別な女性の幼い日の姿だった。ふと思い出す。先ほど見ていた夢の世界でも、自分はこの少女になっていた。そして、これからまた追体験するのだろう。彼女がこれからたどることになる人生の記録を――。




