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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第三章
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 山道が緩やかなカーブを描きながら続いていた。

 一軒家が立ち並ぶ昔ながらの住宅街と、ここ数年で急成長した高層マンションがいくつも建つニュータウンの狭間に、小高い山がある。その頂上には、森に覆い隠されるような格好でたたずむ古めかしい建築物があった。ひっそりとしながらも、その敷地は意外に広大で、建物自体の規模もかなりのものである。

 一台の赤い海外製のスポーツカーが、その敷地にある駐車場に停まり、エンジンを止めた。一拍置いて、運転席と助手席からそれぞれ降りてきたのは、雷也と凜だった。

 ここが、かの宗教団体、コスモライフの本部である。

 彼らは直接乗り込むことにしたのだ。科学真理研究会を通じてでは、教団内部につながれたとしても時間がかかるだろう。愛稀の安否が気遣われるいま、一足飛びで進んだ方が得策だと考えたのだ。


 屋内に入ってすぐのところにある窓口に、ひとりの女性が座っているのが見えた。白い薄手のシャツを身に纏っている。雷也と凜は女性の方へと近づいてゆく。


「すみません」


 凜が女性に声をかけた。


「何でしょう?」


 抑揚のない声で女性は言った。ふたりに向けられた目には光がなく、その瞳はまるで何も見ていないように澱んでいる。歳の頃でいうと三十手前ぐらいだろうか。


「こちらの教団に興味があって、少しお話を聞かせていただけないかと思いまして」


「アポはとっていますか?」


「いえ。ただ、こちらの入信者である友人から、四華さんという方が素晴らしいと聞きまして。できればその人とお話をさせていただけたらと思ったのです」


「……少々お待ちください」


 女性は相変わらず感情のこもらない声で言って、内線電話をかけた。電話を切り、担当者が来るからもう少しここで待つようにと言う。それに従い待っていると、ひとりの男性がこちらに向かって歩いてきた。男性も白地のシャツを着ていた。


「お待たせしました。私、案内係を担当しております白馬と申します」


 白馬と名乗る男は訥々とした口調で言った。ガタイが良く、短く角刈りにした頭に、角ばった四角い顔、細い切れ長の目が特徴的だ。そして窓口の女性同様、表情に乏しく目の奥は澱んでいる。


「どうぞこちらへ」


 白馬はふたりを誘導した。白馬に連れられて廊下を歩いてゆく。ふと見ると、扉が開いている部屋があった。中を見ると、長机が整然と並べられ、奥の中央には教卓、壁際にはプロジェクターを映し出すスクリーンがある。まるで大学のセミナールームのようで、この部屋を見る限りでは宗教団体とは思えない様相だ。その部屋を通り過ぎ、さらに進んでゆく。ある扉の前で白馬は止まった。


「お入りください」


 白馬が扉を開ける。テーブルが置かれ、それをはさむようにソファが二つ向き合うように置かれていた。白馬に促されるまま、凜と雷也は部屋に入り、片側のソファに座った。向かい合う形で白馬が座る。


「お話を聞きたいとのことですが――」

 と、白馬が話を切り出した。


「はい。先ほどの受付の女性にもお話したのですが、友人より四華さんの噂を聞きまして。できれば四華さんにお会いしたいのですが」


「四華は席を外しております。お話であれば、私の方からさせていただきますが」


「少し待ってもいいので、四華さんに来ていただくことはできませんか」


「それはできかねます。用件は私にお申し付けください」


 白馬は譲らない。しばし、沈黙が訪れた。


「……別に構いませんよ」


 ふいに声がした。奥の部屋から、ひとりの男性が姿を現した。白馬とは対照的に、柔らかな顔の輪郭、垂れた目じり、柔和そうな顔立ちが特徴的な男性だった。


「四華さん――」


 白馬が声を出した。この男が、四華 良哉のようだ。


「せっかくのご指名です。私が対応しましょう」


「承知しました」


 白馬は立ち上がり、四華に一礼をして、場を後にした。後を引き継いで、四華がソファに座る。


「ご挨拶が遅れました。私、四華 良哉と申します」


 四華は凜と雷也、それぞれに名刺を差し出した。唐突な訪問にもかかわらず、名刺を準備していたとは用意周到な男だ。名刺には四華の肩書きについて、このように書かれていた。



 “コスモライフ ユースグループ・部長 兼 科学真理研究会・リーダー”



「ユースグループ……?」


 四華は答えた。


「ユースグループは、青少年の世代の信者を対象にした部です。わが教団は、宗教団体として活動をはじめる以前の有志団体から数えると、発足して四十年近くになり、故にさまざまな年代の信者がおります。私はその中でも、比較的若い世代の信者たちをまとめる役割を担わせていただいているのです。ちなみに、ユースグループから有志のメンバーが集まって、より気軽かつ身近に教団の教義を人々に伝えよう、と立ち上げたのが科学真理研究会というわけです」


「なるほど」


「あなた方のお名前もお教えいただいて構いませんか?」


 凜と雷也は、互いに四華に自己紹介をする。四華は質問を重ねた。


「ちなみに、あなた方はどこからわが教団のことをお知りになったのですか?」


「僕と彼は、それぞれ石山教授、双葉教授の研究室に所属する学生なんです」


「ほう――。まさに、わが教団発足のきっかけとなった方々ではないですか」


 と、四華は驚いた声をあげた。やはり、石山と双葉は教団の関係者だったのだ。


「ふたりとも名誉理事として名を連ねさせていただいています。なにせ、かのSTR配列を発見した方々ですから」


「“教祖”という立場ではないのですか」


「彼らは直接、教団の運営に関わっているわけではありません。あと、ついでに申しておくと、教祖という存在はわが教団にはないのですよ。我々が信ずるのは科学の真理であって、特定の者を崇拝するわけではありません。コスモライフはいわゆる一般的な新興宗教とは一線を画します。我々が目指すものは、万物の真理の探求です。いうなれば、神とは科学そのもの、世界の真理こそが神、というわけです。そのために、さまざまな理事や幹部が合議して、都度教団の進む道を決める。これが私どもの方針なのです」


「そうですか」

 と、凜は答えたが、その口調は明らかに興味がなさそうだった。四華は少し間をおいて、再び言った。


「ところで、先ほど白馬に、私のことをどなたかから聞いたと話されていましたね」


 いよいよやって来た期待通りの質問に、凜はすかさず答えた。


「日下 愛稀という子からです」


「日下さん――ほう」


 四華は顎に手を当てながら、四華は凜と雷也の顔を交互に眺めた。凜は厳しい表情を向けていた。一方で、雷也は何が可笑しいのか、ほくそ笑んでいる。四華はゆっくりと口を開いた。


「どうやら、あなた方がここに来られたのは、単に入信を希望して――というわけではなさそうですね」


「その通りです。ここ数日、彼女は行方をくらませている。僕たちは、彼女の行方を捜しています」


「それは心配だ。しかし、なぜここに?」


「彼女の失踪の理由に、この教団の存在があるのではないかと睨んでいます」


「それはそれは。大変な疑いをかけられましたね」


 くっくっ……と四華は笑うかのように断続的に息を漏らした。


「『お祈りに行く』。愛稀は失踪直前、そのように言いました。彼女が科学真理研究会を通じて、この教団と関わりをもっていたことも調べはついています」


「なるほど――確かに彼女はわが教団に入信していますし、熱心な信者です。ここにも足繁く通っていました。ですが現在、ここに彼女は居ませんよ」


「本当に?」


「もちろん。嘘をつく理由がありますか」


 四華は顔つきこそ穏やかだが、口調はきっぱりとしていた。そこへ雷也が口をはさんだ。


「おい、もしはぐらかしてることがあるなら、ちゃんと答えた方がいいぞ。コイツ、普段は冷静沈着だが、今回に限ってはやたらと熱くなってる。いつブチ切れてもおかしくはないぜ」


 雷也の挑発的な物言いにも、四華は微笑みを崩さずに応えた。


「私は何も隠してはおりません。鳥須さんに響さん――でしたね。あなたたちが日下さんと、具体的にどんなご関係なのかは存じませんが、私どもにとっても、彼女はとてもかけがえのない仲間なのです。害をなすようなことはしませんよ」


「なぜ彼女を特別視するんです」


「特別視――特段意識はしていませんでしたが、確かに言われてみればそういうところはあるのかもしれません。とても見込みのある人間と感じていることは事実です。彼女には、真理をありのままに受け入れられるような素養があります。彼女の夢の話にも、彼女のもつ潜在的な能力の片鱗を感じますし」


「夢?」


「我々は、夢こそが偉大なる精神世界とつながる鍵だと考えているのですよ。そして彼女には、その夢を自在に操れる素養を感じる」


 凜には四華の言うことがよく理解できなかったし、理解するつもりもなかった。四華はそんな凜の気持ちに気づいているのか、ひとつため息をついた。


「あなた方にも、我々の活動の意味が分かっていただけると嬉しいのですが。そうだ、少し館内を見学してみませんか。私たちの目指すものについて、少しはご理解いただけるかもしれない」


「理解する気はそもそもありませんが」


「まあ、そう言わずに。“百聞は一見にしかず”ともいいますしね」


 四華はそう言って立ち上がった。別室に控えている白馬を呼ぶ。そして、やって来た白馬とともに、部屋の扉の前に立った。


「では、ご案内します。こちらへどうぞ」

 といって、四華は部屋の扉を開けた。

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