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夢の螺旋  作者: Tomokazu
第二章
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 午後三時に、雷也とプレシャス・ブレイクで待ち合わせた。

 席に着くや否や、

「これを見てくれ」

 と雷也は、凜にとある冊子を差し出した。表紙には『真理探求』というタイトルが仰々しく書かれ、宇宙を模したビジュアルの画像がプリントされている。

 コスモライフの会報誌だそうだ。


 雷也は科学真理研究会ならびにコスモライフについて調査をしてくれていたのだ。群れずにわが道を行く性分という点では凜と似通っている雷也だが、他者との関わりが希薄な凜とは違い、雷也は必要があれば強引にでも人の輪に入り込み、他者を巻き込みながら進んでいく素質がある。この会報誌も、学内で元信者だという学生を探り当て、その者からもらってきたのだという。

 雷也曰く、その元信者とは、入学七年目にして卒業の兆しも見えない、世捨て人のような風体の奴――だったらしい。


「とにかく読んでみな。興味深いことがいっぱい書かれていたぜ」


 凜は会報誌を手に取り、適当にページをめくっていった。教団の活動記録、入信者の教団への想いを綴った手記、取ってつけたような科学髄論などが載っていた。それらの中に、聞き覚えのある言葉が、度々書かれているのに気づいた。


「精神世界――」


 遙から聞いたことのある言葉だった。たしか、コスモライフの信仰対象となっている概念だったように思う。雷也が言った。


「スピリチュアル・ワールドとも呼ばれている。物質によって創られるこの世界とは対照的に、思想や感情など抽象的なもので構成された世界のことだそうだ。教団では、それを全宇宙の中核にあたるいわば“神の世界”と定義し、そのパワーを感じることで、より魂の質を高めることができると教えているらしい」


「馬鹿馬鹿しい――」


 凜はさらに会報誌を流し読みしていくと、あるページの見出しに、ふと目が留まった。


「これは……!」


 凜は思わず声をあげた。



『失われた神の力の謎を解く鍵・STR配列』



 そこにはこう書かれていた。


「驚きだよな。コスモライフとSTR配列に関わりがあったなんて」


「一体どういうことなんですか」


「まずは自分で中身を読んでみろよ。非常にためになることが書かれているぜ」


 雷也は皮肉をまじえて言う。凜は記事の本文を流し読みしてみた。




“古来より、不思議な力をもつ人間は存在した。キリストのように奇跡によって人を救ったり、シャーマンや巫女のように、神の声を聞くことで民衆を導いたりした人たちだ。近年でも、いわゆるハンドパワーや超能力を有する者、霊能者や予知や透視ができる人間は、世界中にいる。

 むろん、そのような人物の中には、インチキで人々を騙していた者も多くいるだろう。だが一方で、真実に神秘の力を有している人間がわずかながら存在するのも、また確かなのである。


 わが教団の信義に賛同する研究者たちは、その神秘の謎について解明すべく、研究を続けてきた。そして、ついにそれの鍵となるものの存在を明らかにした。

 それは、生命の根幹ともいえる高分子有機物・DNAにあった。我らコスモライフの研究チームは、世界中のあらゆる人々のもつゲノムDNAパターンを体系的に調査した。結果、いわゆる神秘の力を有するとされる者たちのゲノム上に、――GCAGTGCATAGTGATCAGTGCCCTA――という特有の配列が繰り返されている領域、即ち特異的な反復配列があることを発見した。


 研究者たちは、その配列を有する者は、何かしらの方法によって、自らの精神が大いなる精神世界スピリチュアル・ワールドと繋がり、その神秘のパワーをこの世界に持ち出すことができると考えた。いわば、その反復配列がチケットとなり、精神世界に自らの精神を一時的に「移行(Transferring)」できるのだ。よって、その反復配列を“STR(Spiritual-world Transferring, Repetitive)配列”と名付けた。さらなる調査により、SDR配列に特異的に結合するタンパク質群を同定。これを“STR因子群”と命名した。


 この結果に対し、研究者たちは以下のように考察している。STR配列にSTR因子群が結合することをきっかけに細胞内の生理反応“STR機構”が引き起こされ、それが脳の中枢神経を活性化し、それによって人間は、精神世界の大いなる力を現実世界に転換し、超常的な力を発揮できるようになるのではないか。


 はるか昔は、そんな力をもち得るSTR配列保有者は今よりも多かったのかもしれない。しかし、現代では、この配列を受け継いでいる人間は、世界中でもごくごく少数になってしまっている。

 しかし、それでも、その能力を今に受け継ぎ、奇跡を起こしている人がいることは事実だ。我々は、さらなる真理の究明と、人類がみな偉大なる精神世界とつながる機会をもつことができるようになる未来を目指し、これからも研究を進めていく所存である。”




「なんですか、これ」


 凜は眉をひそめた。ざっと読んだだけでも、荒唐無稽な内容だと思った。だが、意外にも雷也には馬鹿にするような様子はない。


「一見、荒唐無稽に思える内容ではあるが、STR配列の存在意義については、一理ありそうなことが書かれているぜ。俺たちはSTR配列の命名の理由が、石山と双葉の名前から取られたと教えられてきたが、あまりに短絡的だと思っていた。精神世界との関連から来たものだと考えた方がしっくりくる」


「そんなことあるわけが……」


 凜は言いかけたものの、その言はどこか自分でも歯切れが悪いように感じた。凜もつい先日、STR配列の存在意義について考えてみて、第六感などという非科学的なワードが脳裏をよぎったばかりだった。それに同日、愛稀のとてつもないパワーを目の当たりにもしている。雷也はそんな凜の思惑を見透かすように言った。


「まったくのデタラメだとまでは言い切れないんじゃないか。実際に、超越的な力の存在を示唆する報告は世界中にある」


「精神世界が実在すると言いたいんですか?」


「それは分からん。だが、説明できないものを否定するのが科学じゃねえ。あるべきものはあると証明しつつ、ないものはないという証拠を見つけるのが科学だ。現状で、超越的な能力と精神世界、そしてSTR配列の関連性を否定する根拠はどこにもない」


「でも響さん、さっきコスモライフのことを“カルト”と言ったじゃないですか」


 凜はなおも食い下がったが、雷也は平然と返した。


「不特定多数の人間に概念を作為的にちらつかせて、信じ込ませるという意味では、コスモライフはカルトだと思う。しかし、俺は概念自体を完全には否定はしないぜ。否定できるまでの明確な根拠はないからな」


「…………」


 凜は何も答えられなかった。納得はいかないが、反論もできないのだ。

 釈然としない思いを抱えながらも、凜は改めて、会報誌をもう一度頭からめくっていった。ふと、誌面に掲載された写真に目が留まった。満面の笑みで写る活発そうな女性の姿が写っている。この記事自体、女性をフィーチャーしたもののようで、ページ全体に写真はでかでかと載っており、記事本文の方がむしろ申し訳程度のものに思わせられた。驚くべきところは、凜にとってその女性は見覚えがある人だということだった。いや、それどころか、むしろ今まで片時も忘れられなかった人物だ――。


「彩さん……」


 凜はその女性の名を口にした。ストレートで艶のある黒髪、意志を宿したような眼光を称えた瞳、筋の通った鼻、上向きに尖った唇の端にこぼれるえくぼ――凜の想い人・武崎 彩その人であった。


「なんだ、知ってんのか」


「昔の知り合いです」

 とだけ凜は応えた。


「その会報誌は五年ほど前に発行されたそうなんだが、その女は当時、コスモライフの広告塔のような立ち位置だったらしいな」


「そうなんですか?」


「例の元信者の奴が言ってたんだ。お色気ムンムンで男たちに迫っては、入信を促していたそうだ。そいつも、この女に惹かれて入信したそうだぜ。あざとい女にバカな男が群がるのは、いつの時代も一緒だな」


「そんな風に言うのはやめてください」


 凜は、彩のことを軽く見るような雷也の口調に腹を立て、彼に釘を刺した。彼女がそんな人間だとは信じらない。雷也はバツの悪そうな顔を浮かべることこそなかったが、そこからは彩について言及することをやめた。


 凜は考えてみる。五年前ということは、自分が大学に入学したばかりの頃だ。その直後に彩は亡くなっている。つまり、この写真は彩が死ぬ直前に撮られたものだということになる。

 ふと思い出した。彩に家庭教師をしてもらっていた時、彼女と何気に雑談を交わした時のこと。彩の話す内容があまりに突飛で、ついていけなかったことが印象に残っている。今振り返ると、あれはコスモライフに影響を受けてのことだったのかもしれない。あの時のキスだって、考えたくないことだが、凜を教団に引き込むための手段だったのではと疑いをもってしまう。


(もしかして、彩さんの死にも、コスモライフが関係しているのではないか)


 凜は思った。

 そして現在、彩だけでなく、愛稀もコスモライフに関わりがある。自分に関係したふたりの女性が、教団に関係しているという事実。これは偶然なのだろうか。


「ともかく、科学真理研究会、コスモライフ、STR配列――色々なことがつながっているのは間違いない。引き続き調査を進めるべきだろうな。あと、STR配列が関わっている以上。石山と双葉も当たってみるべきだろう」


 この雷也の発言には、凜も納得できた。それらの関わりについて、より深く掘り下げた先に、愛稀の存在がみえてくるかもしれない。

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