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「ほら、ぐっと飲め」
雷也に煽られ、凜はショットグラスに入ったウイスキーを一気に飲み干した。
ぶはっ、と息が漏れ、身体の硬直がじんわりと解けていくのが分かる。自分でも意外なほど、内心の動揺は大きかったようだ。
凜は雷也と再び落ち合っていた。雷也はやや不機嫌そうな顔で脚を組んでいる。凜が彼に電話をかけた時、彼は別の店で女性を口説いていたらしい。女遊びは彼の夜の楽しみの一つなのだ。せっかくうまくいきそうだったのに、邪魔されたのが内心不服なのだろう。
「――で、何があったんだ」
と雷也は訊いてきた。凜は彼に事のいきさつを話した。雷也は特に反論もすることなく、黙って凜の話を聞いていたが、凜が話し終えると「なるほどな」と呟いた。
「信じてくれるんですか?」
雷也の反応は凜には意外だった。凜の話を一切信用せず、一笑に付されることさえ覚悟していたのに。
「すべてを鵜呑みにするわけじゃないけどな。だが、お前をみていたら、尋常な事態ではないことは明らかだ。それに、お前が撮ってきた写真が、状況を物語っているだろうが」
凜は自分がぶつかった部屋の壁と室内の惨状を収めた写真を雷也に見せていた。
「ちょっとくらいの痴話げんかで、こうはならないぜ。そうだ、後でお前の背中を見せろ。アザでもついてりゃ、お前が壁にぶつかった証明になる」
「そう言ってもらえて、安心しました」
その言葉には安堵と感謝の意味が込められていた。
「じゃあ、早速作戦会議――といきたいことろだが、一つ確認しときたいことがある。お前、この件に今後も関わる気があるのか?」
「どういうことです?」
「これ以上、危険を冒す覚悟はあるのかということだよ。何しろ、お前はすでに危険な目に遭ってるんだからな。お前の話を聞く限り、例の嬢ちゃんは、かなり情緒的にも危ないぞ。少しぐらいのメンヘラなら可愛いもんだが、度を越している。多かれ少なかれ、面倒臭いことに巻き込まれる可能性も高いと思うぜ。無難に済ませたいなら、これ以上この件には関わらない方がいい。その辺、どう思ってるんだ?」
「そうですね……」
凜は考え込んだ。
「何だ? お前の思うことを正直に言ってみろ」
「――彼女がそこまで危険な子だとは、僕には思えないんです。確かに、今日はおかしかったですが、前に会った時はあんな風ではなかった。それに、実は彼女は、僕を頼ろうとしてくれていたと思うんです。彼女が僕に何を伝えようとしていたのか――知りたいという気持ちもあります」
「そうか。それがお前の答えだな」
雷也は、緊張が少しほぐれたように笑った。
「ふだん他人に関心のないお前がそこまで言うとは、よっぽど気の置けない相手なんだろう。それなら好きにやればいい。俺も協力してやる」
「ありがとうございます」
「で、現状、何か思い当たることはないか」
「思い当たることですか」
「そうだ。今回の件に関係していそうなこと。別に根拠がなくても、思いついたものでいい」
凜はしばし考えて、「あ」と声を上げた。愛稀が先ほど、気になる言葉を口にしていたのを思い出したのだ。
――お祈りを、してたの。世界の真理を司る、偉大なものに……。
妙に象徴的な物言いだった。まるで、人智を超えた何かに、救いを求めているように。
凜は上着のポケットをまさぐった。そこから、くしゃくしゃになった一枚のチラシを取り出す。昨日の昼、キャンパスの外を歩いている時に渡されたものだ。
「科学真理研究会……」
凜はそこに書かれている団体名を口にした。遙はそれが科学を信仰する宗教団体だと言ったが、その実体は科学の本質とは大きく離れているのではと、凜には思えてならない。愛稀も、生物学を専攻していながら、何やら非科学的なものを信じ込んでいる傾向が見受けられた――。
(愛稀がこの団体とつながっているとしたら――)
もちろん、根拠はない。だが、確かめ得るに足る、重要な手掛かりになるのではないか、そんな気がしてならなかった。




