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新入生歓迎のムードで学内が活気づいていた四月が終わり、五月を迎えた。
ゴールデンウィーク中は少しひっそりとしていた学内だが、連休が終わって再び授業がはじまると、キャンパスは再びにぎやかになる。
実験の作業がひと区切りついた凜は、昼食でも取ろうと研究室を出た。エレベーターで一階に降り、廊下を歩きだす。
「あ、鳥須さん」
その時、声をかけられた。振り返ると、声の主は遙だった。
「間宮さんか」
「これから昼休憩ですか?」
「まあね。君は?」
「私も午前中の講義が終わったところで。お昼、ご一緒しても?」
「別に構わないよ」
理学研究棟を出ると、いっそう色濃くなった春の空気に包まれる。キャンパスにはたくさんの学生たちが慌ただしく往来していた。
「学生食堂は相当混雑しているだろうから、外に行かないか」
「そうしましょう」
ふたりして大学の敷地を出て、手ごろな飲食店を探した。昼時だけあって、どの店にもたくさんの客がいたが、比較的空いていたカフェレストランを見つけて、そこに入った。
メニューブックを見たところ、いちばん目立つところに、「特製ランチプレート」と書かれている。これがイチオシのメニューらしい。注文を聞きにきた店員に、それを二つ頼んだ。
「そういえば、こないだの愛稀とのデート、どうでした?」
店員が去っていくのを見届けてから、遙が言った。
「デートじゃないよ」
「男女がふたりきりで会う以上、それはデートですよ」
凜はそれ以上はあえて反論しなかった。呼び方など個人の趣味の範疇だ。
「その翌日に愛稀から連絡が来たんですけど、とても楽しかった、って言ってましたよ」
「それは良かった」
「こっちに来てはじめてお友達ができそうだ、って喜んでもいました」
「友達がいないタイプには見えないけど」
「変なところでつまづいちゃうんですかね。ほら、あの子、距離感の詰め方、ちょっとバグッてるところがあるでしょ」
「うーん、言ってることは分からないでもないかな」
「間合いをつめるタイミングを間違えたり、気づかないうちに不審がらせるようなことを言ってしまったり。気のいい子だし、他人から興味をもたれないわけじゃないんですよ。でも、結局は離れていかれちゃうみたいなんです。一見、普通にみえるのに、後々になって変わってるところが露呈してくるというか」
「確かに――そんなところがあるのかもな」
「あとは、あの子、敬語があまり得意じゃないんです。それで、初対面の人とか、目上の人からも疎ましがられちゃうことが多いみたいで――」
そう言われてみると、彼女は年上である凜に対しても、一度として敬語で話してきたことはなかったように思う。
「地元にいた頃は、それでもみんなで受け入れてあげましょう――みたいな風潮もあったけれど。でも、こういう都会では、田舎よりも人間関係がドライになるでしょ。それで、孤立することが増えちゃってるんだと思います。――そんなあの子なんですけど、よければこれからも仲良くしてもらえませんか?」
遙の声色には心配の色がにじんでいた。まるで、わが子を思いやる母親のようだと、凜は思った。
「分かったよ。僕のできる範囲でよければ」
「お願いします」
そうこう言っているうちに、店員が料理を運んできた。ふたりは話を一時中断し、食事に取りかかった。食事中、凜は何気なく遙の方をうかがった。彼女は黙々と料理を食べ進めている。先日、カフェやバーでドリンクを口に含むたび、ころころと顔を変えていた愛稀に比べたら、ずいぶんと落ち着いた様相だ。凜は、自分が何の気なしに愛稀を意識していることに気づいた。
食事を終えた後、遙がふたたび言ってきた。
「そういえば、最近愛稀と連絡を取り合ったりしてますか?」
「いいや。あれ以来ほとんど取ってないな」
カフェで落ち合った時、一応はスマホのチャットアプリを通じての連絡先の交換は行っていた。だが、軽いやりとりを行ったのみで、それ以来は互いに連絡をし合っていない。もっとも、マイペースな性格の凜は、もともと綿密に友人と連絡を取り合うという習慣がなかった。
「実は、私も最近、連絡が取れていないんです。ちょっと前まで、向こうの方からよく来てたんですけど。気になって、私の方からメッセしてみたんですけど、返信がなくて」
「ゴールデンウィーク中も会ったりはしなかったの?」
「私、実家に帰っていましたから。でも、愛稀は帰ってなかったみたい」
ちなみに、凜は今年のゴールデンウィーク中は、研究室に出ずっぱりだった。石山からの例の課題と、自身の本来抱えている研究テーマを同時進行しなくてはならず、愛稀のことも、気にする余裕もなかったのである。だが、遙の話も踏まえて考えると、確かに妙だ。
「分かった。僕の方からも連絡をしてみよう」
「まあ、大したことじゃない気はするんですけどね。あの子、気まぐれなところがあるから、忘れた頃にまた連絡をよこしてくるだろうとは思ってるだけど……」
「でも、まあ、不安に思うのであれば、確かめてみた方がいいだろう」
凜は微笑んで言った。




