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教授室にて、凜は石山と向き合っていた。
「実験の結果が出たようだね」
石山はゆっくり言葉を紡いだ。
「はい」
と、凜は短く答える。
「君のことだから、実験自体は滞りなく進められただろうけどね」
「もちろん、きちんとデータは取れています」
「じゃあ、結果を見せてもらおうか」
凜は石山に紙を差し出した。A4サイズの用紙数枚にわたって、A、T、G、C、4種類のアルファベットの羅列が続いている。DNAサンプルの解析結果だ。その中の一部の配列を示す記号が、赤文字で書かれていた。
“GCAGTGCATAGTGATCAGTGCCCTA”
そんなパターンの配列が、続けざまに、もしくはわずか数塩基か数十塩基のインターバルをはさんで、繰り返されている箇所があった。STR配列を示す塩基配列である。
「これは、ほぅ――」
石山はその部分に、目を見やった。
「驚きました。これだけ保存度の高い状態のサンプルははじめてです」
「そうだね。保有者であっても、数十塩基対程度しか確認できない人もいるからね」
「このサンプルのSTR配列の長さは、全体で1000塩基対近くもあります」
「そのようだね」
「驚きの保存度です。僕の知る限り、ここまで長く、完璧な配列が続いているサンプルは見たことがない」
STR配列の保有者であっても、その領域に欠失、塩基の置換、異なる塩基配列の挿入などの変異が起こっており、保存度が低くなっている例は珍しくはない。だが、このサンプルの保存度はほぼ完璧といってよかった。
「一体、このサンプルは何なんですか」
凜は、先日の質問を改めて石山に投げかけた。
「さあ――何なんだろうね。もう少し、自分で考えてみないか」
「考えるも何も、こちらに与えられている手がかりが少なすぎます」
「これから見つかってくるかもね。――そうだ、そのためにもう一つ、別のサンプルを君に渡してあげよう」
凜は眉をひそめた。いつまでこんなことに付き合わされなければならないのだろう。
「そんな顔をしないで。まあ、ゲームみたいなものだよ」
「ゲーム? お遊びってわけですか」
「有望な君に向けた、私からの挑戦状――というところかな」
「僕の身にもなってくれませんか」
「まあ、そう言わず。もう少しくらい、老人の我儘に付き合っても罰は当たらないよ」
凜の胸の中は不安でいっぱいだった。しかし、どこかやり遂げるという気概もあった。乗りかかった船だ。ここで降りてしまうのも悔しい。石山が秘密にしている真実を、自分の手で引きずりだしてやる――と凜は内心で強く決意した。




