第11話 告白の夜
「ハルヒト、ちょっとええ?」
学科と学科のあいだの空き時間。
教室の前のベンチに腰を下ろし、手持ち無沙汰に煙草のフィルターを爪でトントンと弾いていると、トオルが声をかけてきた。
妙に真剣な顔だった。
「ん」
反射的に煙草の箱を差し出すと、彼は軽く手を振って笑った。
「俺は吸わへんし。まだ高校生やし」
ああ、そうだった。
僕は中学の頃から吸っていたから感覚が麻痺しているけれど、本来、高校生は煙草なんて吸っちゃいけない。
トオルは僕の正面に腰を下ろし、視線を逸らさずに言った。
「ハルヒト、しおりちゃんと……どうなってるん?」
一瞬だけ目を細め、煙草をくわえ直す。
どうなってるもこうなってるもない。
毎日ずっと一緒にいて、食事も隣、飲み会でも並び、休憩のたびに散歩に出かけている。
それを、彼だって見てきたはずだった。
――ただ。
確かに、何度もキスはした。
けれど、あの青島事件の夜を境に、どこかでタイミングを逸したまま、先へ進めずにいた。
付き合おうとも言っていないし、恋人だと口にしたこともない。
だから、僕は黙って煙を吐いた。
トオルが、少しだけ息を整えてから言った。
「……俺な、しおりちゃんのこと、好きなんよ」
あまりにもまっすぐで、少し笑ってしまいそうになるほどだった。
真面目系男子の直球。
逃げ場のない告白というやつだ。
トオルは続ける。
しおりに大阪の彼氏がいることも知っていること。
それでも最近の彼女の様子が、どう見ても僕と恋人同士みたいに見えて、気になって仕方がなかったこと。
「別れたんかな、って思ったりもした。でも……あの子って、そういう“軽い”タイプには見えへんし」
“軽い”という言葉が、胸のどこかをチクリと刺した。
けれど顔には出さず、僕は煙を吐いた。
「……それで?」
僕が促すと、トオルは少し照れたように、でもはっきり言った。
「もう、告白した」
「……早ない?(笑)」
苦笑すると、彼は真剣なまま言葉を続けた。
彼氏とは今は連絡を取っていないこと。
どうなるかは分からないこと。
僕とは付き合ってはいないこと。
トオルのことは好きだけど、恋愛対象として考えたことはなかったこと。
それでも、好きだと言われて嬉しかったこと。
僕の頭の中が、ざわりと音を立てた。
付き合っていない。
それは事実だ。
でも、彼女の心はもう自分のものだと、どこかで思い込んでいた。
それが、このザマだ。
「じゃあ……ライバルやな」
作り笑いで言うと、トオルはぱっと表情を明るくした。
「やっぱりハルヒトも好きなんやね。正直、もう俺には目がないと思ってた。でも、同じ土俵に立ってるって分かって嬉しいわ。負けへんで!」
何が同じ土俵だ。
心の中で毒づきながら、僕はわざとらしく握手をした。
チャイムが鳴る。
何事もなかったかのように、僕たちは教室へ戻った。
◇ ◇ ◇ ◇
その夜。
大部屋の大宴会の最中、僕はしおりに目配せをして、ふたりでロビーへ抜け出した。
相変わらず、うらぶれた合宿所のロビー。
スプリングのへたったソファに腰を下ろし、昼間の出来事を話す。
しおりは、驚いた様子もなく笑った。
「うん、びっくりした。でも私……モテてる?」
呆れたようで、少し得意げな顔。
それが妙に腹立たしかった。
「僕は傷ついた。かなり、傷ついた」
しおりはきょとんとしたあと、眉をひそめた。
「でも君、私に“付き合って”って言ってくれた?
言ってないよね。あおいちゃんとも、なんかコソコソしてるしさ。
私たち……付き合ってないやん?」
言い返せなかった。
僕は、いつも肝心なところで言葉を飲み込んできた。
「私だって不安なんだよ。彼氏のことも放ったらかしやし、君の態度も煮え切らへんし。
そんな状態で、どうしてトオルちゃんに“恋人はハルヒトです”なんて言えるん?」
声はいつもの柔らかさのまま、ほんの少し熱を帯びていた。
焦りと戸惑いが、言葉の端に滲んでいる。
「付き合ってくれ」
遮るように、僕は言った。
「俺は、しおりが好きや。
残してきた彼氏とも、ちゃんと別れて……俺と付き合ってほしい」
しおりは黙った。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえる。
やってしまったか。
早まったか。
しばらくして、彼女が小さく鼻をすする音がした。
「……やっと言ってくれた」
涙声だった。
「返事するね。
君は、私の恋人や」
かすれたミルキーボイスが、胸の奥まで静かに届いた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。
トオルを見つけるなり、僕は笑って言った。
「すまんな。お前のおかげで、俺は幸せや」
トオルはぽかんとしていた。
まあ、いい。
しおりは、もう僕の恋人だ。
その日の空は、やけに晴れていた。




