第8話:『女王陛下、降臨。あるいは真っ白な嵐』
1. 氷結のリビング
「……おかしい。日向ぼっこをしているはずなのに、毛穴が凍りつくような感覚がする」
クロは、さくらの家の特等席で震えていた。隣では、ベルゼが「鼻の奥がツンとします……」と涙目になり、ゼノンはポメラニアンの毛を最大限に膨らませて警戒態勢に入っている。
その時、リビングの窓が音もなく開き、月光のような白さを放つ猫が舞い降りた。
「……随分と楽しそうな生活ね。ヴァルザー、ベルゼ、それに……その白い毛玉」
「リ、リリス……!!」
クロはソファから転げ落ちた。そこにいたのは、魔界の女王リリス。
純白の長い毛をなびかせ、左右で色の違う瞳が、冷徹に一同を射抜く。
2. 女王の査察
「ヴァルザー、貴方のSNSを見たわ。……『ちゅ〜る美味すぎて飛ぶw』という投稿は何? 闇の王の尊厳は、その銀色のパウチの中に捨ててきたの?」
「い、いや、これはだな……人類を油断させるための高度な……」
「ベルゼ。貴方もよ。猫カフェで客に『ぶちゃいく』と言われて喉を鳴らすのが、次期王候補の仕事かしら?」
「ひっ……母上、それは誤解です! 私は……私はただ……!」
リリスが一歩歩くたびに、魔界の重鎮たちは後ずさりする。
女王の威圧感は、これまで現れたどの刺客よりも重く、鋭かった。
3. 女王、聖女に屈す?
「さて。この家を魔界の臨時出張所として作り変えてあげるわ。まずはその騒がしい人間を――」
ガチャ、と玄関が開く音がした。さくらの帰宅だ。
「ただいまー! クロちゃん、おやつ買ってきたよー……えっ?」
さくらは、リビングの真ん中に立つリリスを見て、息を呑んだ。
クロたちは「終わった……。さくらが消される……!」と目を覆った。しかし。
「すごぉぉぉい!! 何この綺麗な猫ちゃん! まるでお姫様、ううん、女王様みたい! 綺麗すぎて直視できないよ……!」
さくらは買い物袋を置くと、キラキラした瞳でリリスを見つめた。
リリスは不快そうに目を細める。
「……ふん、下等な人間が。その汚れた手で触れることなど許さな――」
「あ、そうだ! この子のために買ったみたいになっちゃうけど、これ付けてみて!」
さくらが取り出したのは、スワロフスキー風の輝きがついた、真紅のシルクリボンだった。
「…………え?」
リリスの首に、手際よくリボンが巻かれる。さくらは鏡を差し出した。
「見て! すっごく似合ってる! 貴女、世界で一番美しい猫さんだよ!」
鏡に映る自分。真紅のリボンが、純白の毛並みをさらに際立たせている。
リリスは……動きを止めた。
魔界には「鏡」も「リボン」もなかった。あるのは「血」と「暴力」だけだった。
「……悪くないわ。この娘、人間にしては審美眼があるようね」
4. 新たな序列
その夜、リリスはさくらの膝の上で、優雅に高級キャットフードを食していた。
「ヴァルザー。……この『さくら』という人間は、私の専属侍女として認めます。貴方たちは、その辺の床で寝なさい」
「な……! 我が築き上げた、さくらとの信頼関係が……!」
「何か文句あるのかしら?」
リリスが冷たく睨むと、クロは「……いえ、ございません」と平伏した。
翌朝。さくらのSNSには、リリスの美しいポートレートが投稿された。
ハッシュタグは『#リアル女王様』『#美しすぎて語彙力消えた』。
その投稿は、クロが半年かけて稼いだ「いいね」を、わずか一時間で塗り替えた。
クロ、ベルゼ、ゼノン。
三匹はリビングの隅っこで、一つの毛布を分け合いながら、遠くの「女王」を見つめていた。
「「「(世界征服より先に、家庭内格差が絶望的になった……)」」」
【次回予告】
魔界の女王リリス。彼女がスマホを手に取ったとき、ネットの歴史が塗り替えられた。
ヴァルザー。もっと下から撮りなさい。ゼノン、風が弱いわよ」
照明係の魔王と、扇風機係の騎士団長。
王家の序列は、SNSのフォロワー数によって決定される!?
次回:『女王、バズる。魔王、パシリになる。』
お楽しみに!
ふん、最後まで読み進めた貴様を、我が軍の『読者』に任命してやろう。
貴様の端末の下にある【★評価】と【ブックマーク】のボタンを押すが良い。
それは点数ではない。我が今夜、侍女から「ちゅ〜る」を献上させるための『信仰心』だ!
★を五つ捧げ、我が覇道に貢献せよ。
決して、おやつが欲しいから媚びているわけではないぞ! クカカカ!




