第2部 第13話:『深淵の拡散、SNSに宿った魔王の呪い』
1. 臨界点を超えた「可愛い」
それは、さくらが何気なく投稿した一本の動画から始まった。
翻訳機の騒動でヘトヘトになり、さくらの膝の上で「もうどうにでもしてくれ」と虚無の表情を浮かべるクロ。その隣で、同じく魂が抜けた顔で「スピースピー」と白目を剥いて寝るベルゼ。
二匹の「極限の脱力」が、ネットを通じて全人類の脳内に直接作用する最強の精神魔法――「精神汚染」へと変貌したのだ。
「……ヴァルザー様。スマホの通知音が、もはや一発の爆音のように鳴り続けておりますぞ」
ゼノンが震えながら画面を差し出す。
リポスト数:666万。いいね数:計測不能。
コメント欄には、正気を失った言葉が埋め尽くされていた。
『尊すぎて仕事辞めた』
『明日からこの猫を神として崇める』
『全財産をちゅ〜るに換金した』
2. 狂信者の大行進
「……ふふふ。ついに、ついに来たか! 我が『可愛さ』という名の呪いが、ついに人類の理性を焼き切ったのだ!」
クロが窓の外を指差す。そこには、スマホを掲げた人々が、ゾンビのように無表情で、しかし目は爛々と輝かせながらさくらの家を取り囲んでいた。
「クロ様……降臨なすった……」
「ベルゼ様の鼻息を……生で聴かせてくれ……」
門の前に山積みされる、最高級パテ、黄金の猫じゃらし。そしてなぜか段ボール数箱分の現金。
「父上……。これこそが、魔界で成し遂げられなかった『魂の隷属』ですね。……でも、外の人の目が、なんだか怖いです……スピースピー」
3. 女王の危機感
「ヴァルザー、笑い事じゃないわよ!」
リリスが窓を力いっぱい閉める。
「人類の理性が失われるということは、私の写真を撮り、褒め称え、リボンを献上する『審美眼』すら失われるということよ! 狂信者は美しさを理解しない。ただ、盲目的に縋り付くだけの獣よ!」
リリスの指摘通り、庭に侵入した一人の男が、リリスに向かって「白い毛玉様ぁぁ!」と叫びながらダイブしてきた。
「……失礼ね! 私は『白い毛玉』じゃないわ! 『純白の破壊神』よ!」
かつての闇の王たちは、自分たちが生み出した「可愛いという名の狂気」に、逆に追い詰められ始めていた。
4. 勇者と将軍の緊急出動
「ワフッ! ワフワフッ!(諸君、正気に戻れ! これはただの猫だ! 少し……いや、かなり可愛いだけの猫なんだ!)」
アレクが庭で吠え、ポチが警察犬の威厳をもって群衆を押し止める。
『ヴァルザー! 貴様の魔力がデジタル回路で増幅され、人類の愛護本能を暴走させている! このままでは、この街の経済が止まり、ちゅ〜るの生産ラインも崩壊するぞ!』
「な、なんだと!? ちゅ〜るが作られなくなるだと!? それは困る! 非常に困る!」
支配を望んだ魔王だったが、「供給が止まる支配」など、彼にとってはただの地獄でしかなかった。
5. 魔王の決断:デジタルの闇へ
「……よかろう。我が自ら、この狂乱に終止符を打ってやる。さくら! ライブ配信を開始しろ!」
クロはカメラの前に座ると、これまでにない「醜悪な表情」を作った。鼻にシワを寄せ、舌を出し、あえて「可愛くない」ポーズを全力で行う。
「人類よ! 刮目せよ! これが我が真の姿だ! 崇めるのをやめ、仕事に戻り、ちゅ〜るの増産に励むが良い!」
しかし、画面の向こう側の反応は無慈悲だった。
『……ぎゃあぁぁ! 変顔も神!』
『ブサかわの極致!』
『もはや芸術! 課金させて!』
「おのれ人類……! どこまで我が可愛さに耐性があるのだ!」
結局、騒動はさくらが「みんな、落ち着いて! 順番に撫でさせてあげるから!」という(悪魔的な)提案をしたことで、かろうじて沈静化した。
クロは、数千人の行列を前に、悟った。
(……支配とは、孤独なものだと思っていた。だが、この世界での支配とは……一日中、見知らぬ人間に肉球を触られ続けるという、過酷な重労働のことだったのだな……)
【次回予告】
SNSの狂乱を鎮めた我らの前に、あの眼鏡の敏腕マネージャーが帰ってきた。
彼女が手にしていたのは、全米が震え上がる(はずの)ハリウッド映画の脚本!
「ヴァルザー様。貴方は今日から、世界を救う『モフモフの救世主』です」
闇の咆哮は「最高の癒やし」に変換され、宿敵アレクとの死闘は「種族を超えた友情」へと書き換えられる!?
魔王軍、銀幕の光の中で、真の(興行的な)世界征服へ!
次回:『第十四話:全米が泣いた(笑った)、魔王の銀幕デビュー!』
お楽しみに!
ふん、最後まで読み進めた貴様を、我が軍の『読者』に任命してやろう。
貴様の端末の下にある【★評価】と【ブックマーク】のボタンを押すが良い。
それは点数ではない。我が今夜、侍女から「ちゅ〜る」を献上させるための『信仰心』だ!
★を五つ捧げ、我が覇道に貢献せよ。
決して、おやつが欲しいから媚びているわけではないぞ! クカカカ!




