第2部 第12話:『言霊の首輪(バウリンガル)、魔王の暴言を「お腹空いた」に変換する』
1. 禁断の翻訳機
「クロちゃん、最近よく鳴いてるけど、何て言ってるか知りたいな〜」
さくらが持ってきたのは、首輪に装着するタイプの最新型AIペット翻訳機、通称『ニャウリンガル・プロ』だった。
猫の鳴き声の周波数を解析し、即座に人間の言葉(合成音声)に変換するという恐るべき魔導具……いや、ガジェットだ。
「ふん、無駄なことを。我ら魔族の言葉は、魂に直接響くもの。このような安っぽい機械に、我が深淵なる意志が理解できるはずも――」
カチッ。
さくらがクロの首に装置を装着し、スイッチを入れた。
2. 翻訳の改竄
「よし、さくら。まずは貴様に、この世界の支配者が誰であるかを魂に刻んでやる! 我が前に平伏し、恐怖に震えながら絶望の果てに消え去るが良いわ!!」
クロが毛を逆立て、腹の底から「ニャーーーーン!!!」と凄まじい咆哮を上げた。
『翻訳:さくら、大好き! 僕は君だけの天使だよ。ずっとギューッてしててね!』(CV:超高音のキュートな幼女ボイス)
スタジオのような静寂がリビングを包んだ。
「な……ななな、何を言っているのだこの機械は! 修正しろ! 放送禁止用語を吐いたはずだぞ! なぜ『天使』などという、我ら魔族の天敵の名を我が口から出させるのだ!」
「ニャゴニャゴ! フシャーッ!!」
『翻訳:お腹空いちゃった。美味しいおやつ、くれないかな? ぺろぺろしてあげるから!』
「クロちゃん、そうなの? はいはい、ちゅ〜るね! 天使だなんて、嬉しいこと言ってくれるんだから!」
さくらが顔をほころばせ、即座にちゅ〜るを献上する。
魔王の宣戦布告は、甘えん坊のラブレターへと無残に改ざんされた。
3. ベルゼの悲劇
「父上……。その機械、私も試してみたいです。我が内に秘めた魔界の知恵を、人間に知らしめる時が来ました……スピースピー」
ベルゼが翻訳機を借り、鼻を鳴らしながら意気揚々とさくらの前に立った。
「さくら殿。私は猫ではありません。魔界の理を司る、気高き魔導師なのです! この醜悪な肉体は仮の姿に過ぎぬと知れ! ……スピースピーッ!」
『翻訳:鼻が詰まって苦しいよぉ。お鼻、フキフキして?』
「あらあら、ベルゼちゃん。鼻水出てるね。はい、ティッシュで拭こうね〜」
「ち、違います……! 私は真理を……スピースピーッ!!」
『翻訳:もっと優しく、もっと強くフキフキしてぇ! お願いぃ!』
ベルゼは、さくらに顔をむぎゅっと挟まれ、念入りに鼻を拭かれるという「介護」の屈辱を味わうこととなった。
4. 将軍と勇者の嘲笑
騒ぎを聞きつけたポチ(将軍)とアレク(勇者)が、窓の外からニヤニヤと眺めていた。
『ヴァルザー、無様だな。言葉を奪われるというのは、魔力を奪われるより残酷なことだぞ』
「黙れポチ! 貴様もこれを付けて、日頃の『法と秩序』がどう変換されるか試してやろうか!」
クロが飛びかかり、ポチに無理やり翻訳機を押し当てた。
『翻訳:さくらさんのお母さんのエプロンの匂い、落ち着くなぁ。くんくん、たまらんなぁ』
『翻訳:あの赤いボール、僕の宝物なんだ! 誰にもあげないもん! ぷーっ!』
ポチとアレクは、一瞬で顔を真っ赤にし、無言でその場から立ち去った。
どうやらこの機械、AIの「忖度」によって、すべての言葉を『飼い主が喜ぶ全肯定ワード』に強制変換する呪いがかかっているようだった。
5. 沈黙は金
「おのれ……。これでは何を言っても、ただの甘えん坊にしか聞こえんではないか。……もうよい、我は喋るのをやめる!」
クロが固く口を閉ざすと、翻訳機が静かにこう告げた。
『翻訳:沈黙……それは、君への愛の証明』
「……さくら、もう外せ。今すぐ外せ!!」
結局、翻訳機は「恥ずかしすぎて耐えられない」という魔王軍一同の総意により、タンスの奥深くに封印されることとなった。
(……言葉など不要。我の威厳は、この鋭い爪と眼光で示せばよいのだ……)
そう決意した直後、さくらに顎の下を撫でられたクロの喉から、「ゴロゴロ」という音が漏れた。
『翻訳:幸せすぎて、もうダメぇ……一生このままがいい……』
翻訳機の電源は、まだ切れていなかった。
【次回予告】
翻訳機による「強制デレ」の屈辱を味わった我ら。
しかし、その姿を収めた一本の動画が、人類の理性を焼き切る最終兵器となってしまった!
「クロ様を神として崇めよ!」「全財産を献上しろ!」
街を埋め尽くす狂信者。崩壊する経済。そして……ちゅ〜る生産ラインの危機!?
望んでいたはずの世界支配が、魔王を「肉球を触られ続ける重労働」へと追い詰める!
次回:『第十三話:深淵の拡散、SNSに宿った魔王の呪い』
お楽しみに!
ふん、最後まで読み進めた貴様を、我が軍の『読者』に任命してやろう。
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それは点数ではない。我が今夜、侍女から「ちゅ〜る」を献上させるための『信仰心』だ!
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決して、おやつが欲しいから媚びているわけではないぞ! クカカカ!




