第10話:『魔界の最終通知、押し入れの門を閉じよ!』
1. 宣告
「……ヴァルザー様。リリス様。そしてベルゼ王子。あまりにも、見苦しゅうございます」
さくらが塾に出かけ、家の中に静寂が訪れたその時。二階の押し入れの隙間から、ドロリとした紫色の煙が溢れ出した。
中から現れたのは、燕尾服に身を包んだ、影のような姿の男。
魔界の執事長セバスである。
「セバス……。貴様、よくも我の神聖な昼寝を邪魔してくれたな」
「神聖? ……ヴァルザー様、貴方は先ほどまで『腹を見せて、惰眠を貪っていた』ではありませんか。もはや魔界への帰還意思なしと判断し、これより強制連行の儀を執り行います」
セバスが指を鳴らすと、押し入れが巨大な「魔界の門」へと変貌し始めた。
2. 快適さへの執着
「帰還だと? 冗談ではないわ」
リリスが優雅に立ち上がり、爪を鋭く光らせた。
「魔界のあの荒れ果てた大地に、シルクのリボンも、高級ささみステーキもあるというの?」
「父上! 母上! 私は帰りませんぞ! 私はまだ、猫カフェの売上目標を達成していない!」
ベルゼも鼻を膨らませて叫ぶ。
「無駄です。魔界の理からは逃れられません。さあ、その毛玉の姿を捨て、冷酷な魔族に戻るのです」
セバスが放つ「強制送還」の波動がリビングを包む。体が宙に浮き、魔界へと吸い寄せられそうになったその時――。
「待てぇーーいッ!!」
窓ガラスを突き破り(※網戸を外して)、真っ白な弾丸――ゼノンと、その後を追う勇者アレクが飛び込んできた。
「ヴァルザー! 独りで美味いものを独占させぬと言ったはずだ! この地の平和は、我らも守る!」
3. 百万の「いいね」の力
「くっ、これだけの重鎮が揃って……だが、個人の魔力など、魔界の摂理の前では無力!」
セバスの力が強まり、門が大きく開く。その時、クロは床に落ちていたさくらのタブレットに飛びついた。
「……甘いぞセバス! 我には今、数千年前にはなかった『力』があるのだ!」
クロはあらかじめセットしておいた投稿を、肉球でタップした。
『緊急事態だ! 全人類よ、我らに力を貸せ! 今すぐこの投稿をシェアしろ!』
瞬く間に、世界中のスマホが震えた。
『クロちゃんが助けを求めてる!』
『女王様を守れ!』
『ぶちゃいく王子にエールを!』
一秒間に数万件、数十万件と増えていく「いいね」と「リポスト」。
それは人々の「この猫たちにいてほしい」という強烈な思念となり、黄金色のオーラとなってクロたちを包み込んだ。
「な、なんだこの輝きは……!? 憎悪でも、恐怖でもない……『可愛い』という名の、純粋なプラスのエネルギーだと!?」
「セバスよ……。魔界にはこれがない。……この、胸がポカポカして、腹が減るような感覚がな!」
クロ、リリス、ベルゼ、ゼノン、そしてアレク。
五匹の叫びが共鳴し、押し入れの門を力いっぱい押し返した。
門は閉じた。
セバスは「……ちゅ〜る、一度食べてみたかった……」
という未練を残して消え去っていった。
4. 幸せな日常
「ただいまー! あら、みんなで押し入れの前で何してるの?」
さくらが玄関を開けた時。
そこには、何の変哲もない押し入れの前で、積み重なるようにして爆睡している黒猫、白猫、鼻ペチャ猫、白いポメ、そしてなぜか上がり込んでいる隣のゴールデンレトリバーの姿があった。
「あはは! 仲良しだねぇ。あ、クロちゃん、タブレット出しっぱなしだよ? ……ん? 何この通知の数!? 一、十、百、千……ひゃ、百万いいね!?」
さくらが驚愕の声を上げる中、クロは片目を少しだけ開けて、彼女の姿を確認した。
クロは満足げに、さくらの足元に体をすり寄せた。
魔界の王の地位など、もういらない。
世界征服は、この優しい「侍女」の膝の上を独占することから始めればいい。
「ふにゃ〜ん(腹減った。ちゅ〜るを出せ)」
闇の王の鳴き声は、今日もうららかなリビングに響き渡るのだった。
ふん、最後まで読み進めた貴様を、我が軍の『読者』に任命してやろう。
貴様の端末の下にある【★評価】と【ブックマーク】のボタンを押すが良い。
それは点数ではない。我が今夜、侍女から「ちゅ〜る」を献上させるための『信仰心』だ!
★を五つ捧げ、我が覇道に貢献せよ。
決して、おやつが欲しいから媚びているわけではないぞ! クカカカ!




