第1話:『転生したら、ちゅ〜るが止まらないんだが?』
『まおちゅ〜る』始まります!
1. 魔王、降臨(?)
「クカカカ……! 数千年の時を経て、ついに我が魂がこの世に解き放たれる時が来た!」
「震えよ人間ども、再び絶望の淵へと叩き落としてくれようッ!!」
暗黒の深淵で、かつて世界を恐怖に陥れた闇の魔王ヴァルザーは高らかに咆哮した。
……はずだった。
「……ん?」
目を開けると、そこは巨大な建造物がそびえ立つ、見知らぬ異世界の路地裏だった。
だが、何かがおかしい。
視界が異様に低いのだ。
そして、体に力が入らない。
ヴァルザーは、己の手を確認しようとして――絶句した。
「……ふぎゃ?」
そこにあったのは、鋭い爪を持つ魔王の手ではない。
黒くて、ふわふわで、プニプニとしたピンク色の肉球がついた、『猫の足』だった。
「な、なんだこれはぁぁぁ! 我の肉体が、このような愛玩動物に!?」
「呪いか!? 何者かの封印術か!?」
パニックになり、その場をのたうち回るヴァルザー。
しかし、水たまりに映った自分の姿を見て、彼は二度目の衝撃を受ける。
金色の大きな瞳、ピンと立った耳、そして艶やかな黒い毛並み。
(……くっ、不覚にも、少々可愛すぎではないか……?)
いや、そんなことを言っている場合ではない。
空腹、寒さ、そして謎の「喉がゴロゴロ鳴る」という生理現象。
強大な魔力を失った彼を襲ったのは、あまりにも切実な生存本能だった。
「おのれ……このままでは、世界を滅ぼす前に我が餓死してしまう……」
2. 運命の出会い
「あー、今日も塾疲れたなぁ。……ん? 猫ちゃん?」
頭上から降ってきたのは、鈴を転がすような少女の声だった。
ヴァルザー……いや、黒猫のクロは、反射的に鋭く睨みつけた。
「フン、人間か。貴様、我が命を救う光栄を授けてやろう。今すぐ最高級の肉を献上し、我を王宮へ運べ!」
だが、女子高生・さくらの耳に届いたのは。
「ふにゃ〜〜ん(お腹すいた〜ん)」
という、あまりにも甘ったるい鳴き声だった。
「わぁっ、可愛い! 真っ黒! お腹空いてるの? ずっとここにいたの?」
さくらはカバンを放り出すと、クロをひょいと抱き上げた。
「離せ! 無礼者! 我を誰だと思ってい……ふえっ!?」
さくらの手がクロの顎の下を撫でる。
「ゴロゴロ、ゴロゴロ……」
(な、なんだこの心地よさは……!? 我の魂が、急速に浄化されていく……いかん、抗えん……ッ!)
「よし、決めた! お母さんに怒られるかもしれないけど、放っておけないもんね。うちに来る?」
「貴様……どこへ連れて行く……。……まあ良い、まずは貴様の根城を占拠し、そこを闇の拠地としてやろうではないか。クカカ……」
3. 禁断の果実、ちゅ〜る
さくらの家に着くと、そこは暖房の効いたパラダイスだった。
だが、クロを本当の絶望(と快楽)に突き落としたのは、さくらが持ってきた一本の細長い袋だった。
「はい、クロちゃん。これ美味しいよ〜」
「ふん、そんな得体の知れぬもの……。毒見もせずに口にできるか……ペロッ」
「…………!!!」
衝撃が走った。
口の中に広がる、濃厚なマグロの旨味。
暴力的なまでの塩分と甘みのハーモニー。
数千年前の魔界にも、こんな美味な食料は存在しなかった。
「な、なんだこれは……!? 闇の魔力でも練り込んであるのか!?」
「止まらん、舐める舌が止まらんぞ……ッ!!」
クロは一心不乱に袋にかじりついた。
その姿は、邪神というよりは、ただの「食い意地の張った黒猫」そのものだった。
「あはは! クロちゃん、鼻にちゅ〜るついてるよ。可愛い〜、写真撮っちゃお!」
パシャッ、パシャッ、とスマホのシャッター音が響く。
「ま、待て……! 我の威厳ある食事風景を、そのような魔法具に収めるな! 呪われるぞ!」
だが、さくらはすでにSNSにアップしていた。
『学校帰りに運命の出会い! 邪悪そうな顔してちゅ〜るに夢中なクロちゃん(笑)』
その投稿は、瞬く間に「いいね」の嵐を巻き起こしていく。
4. 魔王の夜明け(?)
その夜。
さくらのベッドの端っこで、ふかふかの毛布に包まれながら、クロは誓った。
「今はまだ、力を蓄える時だ……。この『ちゅ〜る』という名の供物を大量に集め、この女を我が忠実な歩兵に育て上げれば、世界征服も夢ではない……」
そんな野望を抱きながら、さくらにギュッと抱き寄せられると。
「……ふぎゃ(苦しい……けど暖かいから許す)……」
クロは、自分でも気づかないうちに喉を鳴らし、幸せな眠りにつくのだった。
闇の魔王の復活は、まだ、遠い。
【次回予告】
この世界、どうやら転生したのは我だけではないらしい。
近所の公園で遭遇した、胸糞悪いほどに「正義のオーラ」を放つあの男。
……アレクサンダー、貴様その姿(犬)はどうした!?
次回:『宿敵はゴールデン、野望は校舎の陰に』
お楽しみに!
ふん、最後まで読み進めた貴様を、我が軍の『読者』に任命してやろう。
貴様の端末の下にある【★評価】と【ブックマーク】のボタンを押すが良い。
それは点数ではない。我が今夜、侍女から「ちゅ〜る」を献上させるための『信仰心』だ!
★を五つ捧げ、我が覇道に貢献せよ。
決して、おやつが欲しいから媚びているわけではないぞ! クカカカ!




