第九章:見捨てられた村
トゥルーは次の行先として、自由都市ローテンブルクを考えていた。王都には及ばないが大きな商業都市で、異国文化も入ってきており非常に活気のある街である。一応盟主ロンベルク伯爵が治めてはいるが、地方の貴族たちがここに居を構えていることも多く、政治的にも賑やかな所だ。
ただ、ローテンブルクを考えていた時、その近くにある漁村サボのことを思い出していた。
サボはイカを名物とした古くからある漁村で、イカ以外にも様々な魚介類が水揚げされるので、魚市場やそれに隣接する海鮮食堂が賑わっている割と大きな漁村である。
そしてトゥルーにとって、サボは苦々しい思い出のある場所でもあった。
その昔、沖合に魔物が出て漁がままならないので何とかして欲しいと白の塔に依頼があったのだが、村自体がそれほど裕福ではないので高い報奨金は見込めず、そのうえ現場が沖合で解決の難易度が高く、さらに貴族や大商人が関わる案件でもないのでメリットがないため、塩漬けになっていた案件だった。それを当時のトゥルーの上司が安請け合いし、トゥルーに丸投げしたのだ。
トゥルーは自分が開発していた魔石装置を使い、出現する魔物の嫌がる周波数を割り出し、装置を調整して村に設置し、この港の周辺には魔物が現れないようにしたのだ。村人からは感謝され、良い気分で白の塔に戻ったトゥルーであったが、その評価は酷いものであった。
何と、欠陥品を村に押し付けたため、魔物は出現し続け、白の塔は赤字のうえ村の信頼を失った。というものだった。もちろん事実と異なるとトゥルーは反論したが、上は全く聞き耳を持たず、トゥルーは降格させられてしまったのだ。
その後、サボの村よりトゥルーの功績を称える感謝状が贈られてきたのだが、これも黙殺されていた。もちろん、事実は知れ渡っているので、部署の内外でトゥルーの評価は上がっていたが、表立って異論を唱えてくれる者はいなかった。
トゥルーにとっては苦々しい所ではあるが、村人に非があるわけではなく、感謝してくれる嬉しい存在である。また、設置してある魔石装置がきちんと運用されているか心配でもあった。
サボの村の外れ、街道沿いの小さな丘にトゥルーたちは出現した。騒ぎを起こさないで欲しいというトゥルーの気持ちをナオが汲み取ってくれたようで、これは大きな進歩である。
「あっありがとうございます。ナオさん」
「えっ、何がですか?」
「騒ぎにならないように、ここにしてくれたんですよね。心遣い、ありがとうございます」
トゥルーの感謝の言葉をナオは笑顔で返した。
そのままサボの村に歩いて入る。明らかに活気がない。村の人に聞いてみると、沖合に現れる魔物のために漁が思うようにできず、そのためにここ数年は港のそばの魚しか獲れていないとのこと。
詳しい話を聞くため、トゥルーは村役場に行く。
「えっ……トゥルーさん?トゥルーさんですよね。来てくれたんですか!」
真っ黒に日焼けし、深いしわを携えた老人がトゥルーのもとに駆け寄ってきた。この村の村長である。落ち着いて頂いた後、話を聞く。
トゥルーが魔石装置を設置した後、数年間は魔物が現れず、安心して漁ができていた。しかし次第に魔物が現れるようになり、最近は港から船を出すことも難しい状況とのこと。肝心の魔石装置はほったらかしで、何度も白の塔に直しに来てくれと頼んでいたが、何かと理由をつけられ来てくれなかった。冒険者に魔物退治を何度か依頼したが、海中の魔物退治は難しく、ほとんど効果がなかったとのこと。このままだとあと数年で村に人がいなくなってしまうとトゥルーに泣きついてきた。
「とりあえず、魔石装置を見せてください。まだ岬の先端の小屋にあるんですよね」
「そうです。何とかお願いします。トゥルーさん」
村長がトゥルーの手を両手で握り、頭を深く下げてお願いしてくる。その背中は弱々しく、細かく震えているように見えた。そんな村長の態度にトゥルーはちょっと困った表情をしていた。
魔石装置は案の定何の整備もされておらず、肝心の魔石も色がくすみ、まるで命を失った心臓のように何の魔力も感じなくなっていた。
「酷いもんだ」
魔石装置はトゥルーが古文書を解析して苦労して造ったもの。それがこんな形で放置され、朽ちていく。何とも悔しい思いがトゥルーの胸を締め付けた。
「何とかなりますか?」
「これはもう無理ですね。それにしても村が正式に依頼してるのに一回も来なかったなんて、腐ってんな。まともな人も中にはいるんだがなぁ」
「トゥルーさん個人に村から依頼すれば、何とかなりますか?」
「ん~、魔石自体を交換したうえで調整する必要がありますが、魔石が……」
「手に入らないんですね。見ての通り、お金もあまり……」
「とりあえず、何かできることがないか考えてみますよ」
トゥルーは村の深刻な状況を見過ごすことができず、村の依頼を受けるが、魔石交換は無理なので他の方法を考えることにした。しかし、いくら考えても良い方法は浮かばなかった。
「ナオさん、あの……」
トゥルーはナオに何とかしてもらおうと思ったが、その言葉を途中で止めた。
(ダメだダメだ。これは俺が自分で受けたもの。自分で解決しなくては)
仕方がないので、最も魔物が発生しているという海域に船で案内してもらうと、かなり濃い瘴気が発生していた。
何かの理由で海の中から瘴気が発生したとしても、通常は海流に流され拡散してしまう。これだけの瘴気が漂っているということは、この近くの海中に瘴気の発生源があるということになる。
「発生源を潰せば!」
「水中呼吸(ウォーター・ブリージング!)」
「水中移動(ウォーター・ムーブ!)」
「水中視覚(ウォーター・サイト!)」
トゥルーは連続して呪文を唱えた。唱える度にトゥルーの体が淡く光り、水中に適応していった。そしてすべて唱え終わると瘴気漂う暗い海中に消えていった。トゥルーが海中に消えてから数時間後、暗い海の底から低いうねりのような音が辺りに響き渡ると、目の前に恐ろしいものがその姿を現した。




