第五章:古巣、白の塔
トゥルー達は白の塔本部に向かって歩き始めた。アデリナは久しぶりに尊敬する師に会えて嬉しそうであったが、トゥルーは足取りが重かった。
「いつ頃、王都にいらっしゃったんですか?」
「今朝着いたばかりだよ」
「それじゃあお疲れでしょう。食事も用意させますね……あれっ、こんなに遠かったかな?」
通常5分ほどで着くはずの道のり、街の中央部で迷うはずもなし。しかし10分以上は歩いているのに白の塔には着かない。というか、何かがおかしいということに気付くのには時間はかからなかった。
「何かおかしくはないか?」
「そうですね、こんな遠いはずはないです……ん?そこの酒場の角に座ってる子ども、さっきもいませんでした?」
立ち止まって辺りを見回すと、住民たちも騒ぎ出していた。全く目的地に着かないと。
超越者の方を見ると、笑顔で頷いた。
(あー、そういうことか!)
そう、トゥルーは白の塔に行きたくなかった。行きたくないのに白の塔に向かって歩いている。歩いているのに目的地に着かないようにするには、そのように空間を歪めてしまえば良い。
「ナオさん、このまま歩き続けても埒が明かないので、さっさと白の塔に行ってみましょう!」
トゥルーは超越者にそれとなく、しかしハッキリと空間歪曲をやめるように言った。
「そうですね。早く行ってお食事を頂きたいですね、トゥルーさん」
そう返事をした瞬間、王都を覆っていた歪んだ空間がまるで霧が晴れるように消えていった。ただ、魔術ではないので歪んだ空間がかき消えたことはすぐには分からない。歩き続けたら目的地に着けるようになっただけである。
「あれっ?着きましたね。今のは何だったんだろう。トゥルーさん、大丈夫でした?」
「うん、特に何も。何だったんだろうね?(まさか気付かれてはいないよな)」
白の塔に着くと、かなりの大騒ぎになっていた。先ほどの瞬間移動の件と合わせ、「どこの組織の襲撃だ?」、「目的は何だ?」、「敵はどこにいるんだ?」と、右に左に人が動き回っていた。
「何が起きたんですか?」
アデリナは走り回っている魔術師を捕まえ、事情を問いただす。
「あっアデリナさん、外は大丈夫でした?」
「えぇ、ちょっと変な感じで道には迷ったのだけど……」
「それです、それ。王都全体の空間が歪曲されています。先ほどの瞬間移動の件を含めて、どこかの組織が攻めてきたと思われます。急ぎ危機管理局の方へ!」
「分かった。行ってみる」
急いで危機管理局に向かう。トゥルーたちは客分で部外者なのだが、アデリナに同行する形で危機管理局に向かう。元の職場ということで、誰にも止められずに危機管理局の中央センターに着いた。
「分析班からの情報はまだか?」、「影響範囲はどうなっている?」、「少なくとも数十人の高位魔術師がいるはずだ!」
「トゥルーさん、すみません。お手伝いいただけますか?探知は得意でしたよね」
「分かった。できる範囲でお手伝いさせてもらう。まずは影響を受けた範囲を調べてみるよ」
(これ、隣にいるやった本人に聞いた方が早いよね。言えないけど……)
一応、探知呪文を唱えてみる。もちろん何の反応もない。やる意味はないが、複数の探知呪文を唱えてみる。もちろん何の反応もない。
「トゥルーさん、反応は?」
重々しく首を横に振る。
「何も引っかからない。あたかも初めから何もなかったかのようだ」
「そんな……トゥルーさんの探知にも引っかからないなんて」
白の塔から外に行った者も、中から探知しようとしていた者も、誰一人としてこの異常事態の原因も痕跡も見つけられなかった。次第に辺りが静かになっていき、皆が冷静になっていった。
「トゥルーさん、ありがとうございました。本当に何もなかったですね」
「そうだね。何の痕跡もなければ、襲撃の予兆もない。数十人はいるはずの高位魔術師なんてどこにいるんだよ」
「ちょっと長引きそうですね。たった今、警戒レベルが引き下げられましたので、私の私室へどうぞ。狭いですけど」
アデリナの私室は、白を基調とした落ち着いた空間だった。壁には魔術理論の図表が飾られ、棚には分厚い書物が並んでいる。秘書らしき人物が紅茶を運び、香ばしい湯気が部屋に広がった。続けて温かい食事も持ってくるように指示を出す。
「こんなドタバタした状態で申し訳ありません。本当はもっとゆっくりして欲しかったのですが」
「気にしなくて良いよ。アデリナ君のせいではないし(俺の隣に座っている、かわいい顔した超越者のせいだし)」
「いつまでこちらに?」
「たぶん、しばらくは滞在すると思うよ」
「良かった。また落ち着いたらお呼びしますね。実はもう一件、地方の話なんですけど、すでに骨になっていたであろう死者が生き返ったという噂がありまして、その件でもお知恵をお借りしたかったのですが。ちょっとそれどころではなくなったので、また次の機会にでも」
トゥルーは、冷静なふりをしながら温かいスープをすする。隣を見ると、ナオがまるで何かの作業をしているような、ぎこちない手つきで小麦のパンを食べていた。
(山里ではライ麦パンだったなぁ。超越者にも味は分かるのだろうか?それ以前に、物を食べる意味はあるのだろうか?)
トゥルーはスープの温かさを感じながら、ここでこれからどうするかをぼんやりと考えていた。ナオの存在、これから何が起きるのか。まだ何も分からなかった。




