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第四章:王都ハイデンレースライン

 王都ハイデンレースラインは、この国ヴィーゼの王都である。


 国中の果物から異国の香辛料までが並ぶ市場は、色と香りが溢れ、威勢のいい商人たちの声が石畳にこだましていた。高価なガラス窓の向こうには貴族たちが銀細工を値踏みし、華麗な装飾を施した馬車が石畳を踏み鳴らす。だが、その華やかさの影に潜む者たちもいる――それが王都ハイデンレースライン。そして王都の中央には白と赤を基調とした美しい城がそびえ立っていた。


 山里からは歩いて3日ほどの距離であるが、超越者に距離は意味を成さない。


(……えっ?白の……塔)


 そう、超越者は人気のない街外れ等ではなく、トゥルーの頭の中にあった白の塔本部の真ん前に瞬間移動したのだ。


 瞬間移動自体は、高位の魔術師であればできる。しかし事前準備等が必要で、事故を防ぐために人気のない街外れか、専用の施設の中に転移するのが普通。しかも今回は転移先に魔方陣が現れず、いきなり人が出現したので、周りにいた人がかなり驚いていた。


「ちょっ、ちょっとこっちに」


 ナオの背中を押す形で、白の塔から裏通りの方に急いで歩く。後ろからの視線がかなり痛かったが、それを振り払ってとにかく人のいない方いない方に向かって歩く。


 しかし、向かった場所が悪かった。人目に付かない裏通りには、良からぬ輩がたむろしているものである。まさに目の前にいる悪党たちのように。


「えー、払えないって?踏み倒す気か?」


「借りてないものは払えない。そんな証文、嘘っぱちだ!」


「ほー、言い掛かりをつけて借金を踏み倒そうと?そんな言い訳が通用するわけねぇだろ!」


 ガラの悪い男たちに囲まれているのは、ギルド印の付いた巾着袋を腰に付けている小太りの中年男と、簡素な身なりの小柄で若い女性。この街の商人とその奉公人だろう。借金がどうのこうの言っていたが、おそらく言い掛かりをつけているのはガラの悪い方だろう。あまり騒ぎは起こしたくないが、悪事は見逃せない。どうするか、一瞬躊躇していた所にガラの悪い男たちがこちらに向かってきた。


「ここは通行禁止だ。あっちへ行ってな!」


 トゥルーは、そう言ってきた男を無視して、証文を持っている男の所に行き、証文をまじまじと見る。


「う~ん、偽物だね」


「なっなにを?」


「この証文。借主と貸主、証人のサインが同じ人物によって書かれている。切り取った跡も変だから、借主に控えの証文も渡してないね。言い掛かりをつけるにしても、もう少し……」


 トゥルーが言い終わる前に殴りかかってきた男の拳は、トゥルーの顔の直前で何かに弾かれた。


「痛ってぇー!」


(防御呪文ぐらいかけてから来るって。さて、面倒なんで)


「催眠雲召喚(スリープ・クラウド!)」


 トゥルーの手のひら辺りから何かが光り、灰色の霧が辺りを包む。その霧に触れた男たちの瞳から光が消えていった。

 糸が切れた人形のようにバタバタと倒れる男たち。ついでに小太り商人と若い女性も。


(えーと、困ったな。これからどうしよう?……とりあえず)


「忘却の手(フォーゲット・タッチ!)」


 トゥルーはガラの悪い男たちの頭を掴んだかと思うと、その手のひらが稲妻のように光った。男たちの頭に瞬間的に強力な魔力を流し込んだのだ。その瞬間、男たちの体がピクンと震え、だらしなく涎を垂らす。これは短期間の記憶を消し去る呪文だ。男たち全員の記憶を奪った後、偽の証文を破り捨て、寝ている小太り商人と若い女性を起こした。


「えっ、あっありがとうございます」


 状況をあまり把握していない若い女性が礼を言ってきた。小太り商人の方はまだフラついているようだ。


「偽の証文は破って捨てたから。あと、そこで寝てる男たちはこのことを忘れてるから。たぶん大丈夫じゃないかな。まっ、気を付けて帰ってよ」


 トゥルーはそう言うと、ちょっと得意げな感じで路地を抜けていった。トゥルーの気分が良いことは重要である。ここでトゥルーが「この悪党が!」と思ってしまったら、何が起きるか分からないから。


 今起こったことは、この小太り商人と若い女以外は誰も知らないはずであった。が、白の塔は無能ではなかった。




「この反応は?」


 白の塔の監視室は、本部の目の前の瞬間移動を捕捉していた。しかも、それが通常の瞬間移動の痕跡を残さない異常なものであることも。

 通常の痕跡が残っていないのは当然である。それは人が使う魔術によるものではなく、人の理の外にある超常の力なのだから。


「危機管理局に報告!出現した人物を特定、身柄を確保せよ!」


 白の塔本部から次々に出てくる警備官、魔術師。瞬間移動したであろう場所を調査する一団と、出現した人物、目撃者を探す一団。白の塔本部はかなりの騒ぎになっていた。




「あれっ、トゥルーさんですよね?」


 白の塔から出てきた高位の魔術師が、付近をうろついていたトゥルーに話しかけてきた。


「あっ、アデリナ君?」


「お久しぶりです。王都に戻られたんですか?仰って頂ければ、外門まで迎えに行きましたのに」


 アデリナはトゥルーが白の塔にいた時の、数少ない直接指導した後輩である。よくできた女性で、知識の吸収スピードは白の塔でもトップクラス。礼儀正しい女性だが、間違っていれば上の者にもズケズケ物言う性格はトゥルーが羨ましいと感じていたほど。

 トゥルーが白の塔を追い出された時、最後に挨拶しようと思っていたのだが、何となく気まずい感じがして挨拶もなしに出ていってしまったので、負い目を感じていた。

 追い出された後の話だが、その件でアデリナは上とぶつかって結構大変だったと聞いていた。トゥルーは今思い出しても後悔の念が先に立つようだ。


「(外門からは入ってきてないんだけどね)いや、そんなに気を使わなくていいよ。それより何の騒ぎだい?」


「あー、何でも白の塔の本部の目の前に瞬間移動してきたバカがいたらしいです。ただ、瞬間移動の痕跡が全くないらしく、誤検知じゃないか?って話もあるようなんですが」


「痕跡が残らない瞬間移動はないだろう。それよりその格好、また昇進したのかい?」


 トゥルーは何とか話題を変えようと、アデリナの服装に目を付けた。


「あー、お分かりになります?この前、新しい魔術の構築に成功した功績で第四位階に上がったんですよ。」


「すごいな。辞めた時の俺より上じゃないか。宮廷からお声が掛かりそうだな」


「トゥルーさんはちょっとおかしいんですよ。功績から言えば支部長辺りになっていてもおかしくないのに。そう言えば、あのクズ。失礼、フェルトの行先知りません?数日前から行方が分からないんですよ」


「フェルト?あぁ、あのいけ好かない野郎ね。何か降格されたという話だから、何か悪だくみでもしてるんじゃないの?(この世ではないどこかでね)」


「う~ん、自分都合で動く人ですからねぇ。あっそうそう、白の塔に寄ってってくださいよ。色々問題が起きていて……あっもちろんきちんと謝礼は出します。本当は戻ってきて欲しいんですけど」


「いやぁ~それは」


「何か急ぎの用事でも?あっそちらのお嬢さんは娘さんですか?」


「いや、そういうわけでは……こちらはナオ。親戚の娘さんなんだけど、ちょっと今預かってるんだ。……んー、じゃあちょっとだけ」


 あまり良い思い出のない白の塔本部であったが、トゥルーは後ろめたさもあって、かつての職場、白の塔本部内への招待を受けた。


(行きたくないなぁ……)


 そんなトゥルーの隣にいるナオは白の塔を見上げ、軽く頷いたように見えた。その瞳には、人には理解できぬ何かがあった。


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