第三十六章:ドゥルガー
今回行われた各種施策は、いずれも未来を見据えた正しい判断であった。
ただ、たとえ未来を見据えた正しい施策であっても、その過程には必ず痛みが伴う。
まずガルーダ帝国内では、ヴィーゼ王国からの帰還者が数十万人にも及んだ。その際に資産の持ち帰りは許可されており、安全も保障されてはいたものの、土地や家、家具や仕事などは持ち帰れない。結果、街中は職を失った者たちであふれ返り、大混乱となった。
ガルーダ帝国には戻りたくないと特例で在留許可を求める者たちも多かったが、役職が高いなどは特例の理由にならないため、実際に許可が下りたのは優れた剣術家や鍛冶屋、魔術師など、ヴィーゼ王国への貢献が高く、かつ犯罪歴がない善良な極一部の人々だけであった。また偽名での活動も違法となったため、偽名を使用して活動していた者たちは、ほぼ全員が帰国することになった。
皇帝権限の分割・弱体化に関しては、皇帝周辺の者たちを除けば、自分たちの権限・発言力が増すことになるため、移行期に多少の混乱はあったものの、おおむね好評で滞りなく完了した。
ガルーダ帝国内で国教に近い扱いであったキュベレー教は、巨大な女神がヴィーゼ王国を攻撃し、その後大魔道によって消し去られた。という事実が広く知れ渡ったことで、一気に瓦解した。信仰心の高い者ほど女神に生命エネルギーを吸い取られて立ち上がれない状態であり、キュベレー教の所業を断罪する共同宣言が発表されると、皆自分は関係ないと蜘蛛の子を散らすように逃げていき、組織立った抵抗はほとんど起こらなかった。
一方、ヴィーゼ王国内でのキュベレー教は『ガルーダ人が信じるカルト宗教』と見なされており、実際に数々の迷惑行為や犯罪を犯していたので、禁教となって喜ぶ国民が多く、反対の声は全く無かった。
さらに、キュベレー教やガルーダ人を強引に擁護していた者たちが、キュベレー教やガルーダ人から様々な形の利益を受け取っていたことも次々と明らかになり、彼らは一転して追及される側となった。逃げた者もいたが、ほとんどは捕らえられ、財産を没収され、長い牢獄生活を送ることになった。
ガルーダ帝国から支払われた莫大な賠償金は、人的被害、物的被害の回復に回された結果、ヴィーゼ王国には戦後の好景気が訪れた。それが国威掲揚、さらには国王ルートヴィヒの采配と実行力の評価につながり、国王の権勢がさらに増していくことになった。
大魔道トゥルーとその一行は、まるで魔王を倒した勇者のように語られ、反乱制圧に功績のあったアデリナは白の塔の長官に推薦されるなど、恐ろしいほどの評価を受けていた。大魔道トゥルーに関しては、実際に行ったことも神がかっていたが、そこに尾ひれがついてまるで神話の英雄譚のように語られていた。
逆に、ヴィーゼ王国に莫大な賠償金を支払ったガルーダ帝国では、キュベレー教が持っていた資産をすべて処分してもまったく足らず、皇帝や国の資産にまで手を付けることとなった。それは最終的に増税と物価高という形で帝国民を苦しめることとなった。
通常であれば、ガルーダ帝国民の不満はヴィーゼ王国に向かうように世論誘導される筈であったが、今回は違った。
共同宣言により真の敵を分かりやすく国民に示したことや、交流協会による細かな情報収集とその対処が行われたおかげで、国民の怒りはキュベレー教と、それを抑えられなかった皇帝へと向けられていった。
これで両国に平穏が訪れつつあったが、ここでおもしろくないのが皇帝アマド。そしてキュベレー教である。
皇帝アマドは自分の首がつながっており、ガルーダ帝国の皇帝として軍でさえまだ自分の配下にある。だが、権限はかなり縮小され、何をやるにしても議会に伺いを立てねばならず、以前のような勝手に権勢は振るえない。
しかも、皇帝は畏怖と憧れの象徴であったはずが、今や無能の疑いまでかけられているのが、どうにも我慢ならない。
焦燥感に心を折られそうになりながら執務室で書類に目を通していると、扉の方に懐かしい気配を感じた。
「皇帝、お久しぶりですな」
その男は扉の前に立っていた。尊大な態度にキュベレー教高位の法衣。死んだと思われていたキュベレー教の教皇ドゥルガーであった。
「教皇ドゥルガー。生きておったのか!」
「ふふっ」
ドゥルガーは皇帝の問いかけに薄笑いで応えた。その目は笑ってはいたが、青く冷たく光っていた。よく見ると肌も青白くやせ細っており、生者ではない異様な雰囲気を醸し出していた。法衣を羽織ってはいたが、それは既に人では無く、神聖幽鬼として蘇ったその姿は神々しくも不気味であった。
「生きては……おらぬのか?」
「私は神キュベレーの秘術によって生まれ変わった。この力は神キュベレーのために使うべきもの。まずはヴィーゼ王国の国王ルートヴィヒと、大魔道トゥルーを地獄に落とし、国を弱体化させ、キュベレー教を復活させようぞ」
「それは……できるのか?」
「できる!そのため国王と大魔道亡きあと、軍を動かしてもらいたい。そしてヴィーゼ王国の重しがなくなれば、皇帝の権勢を取り戻すのは容易だろう」
ドゥルガーは自信満々に『できる!』と答えた。何度も失敗したドゥルガーは信用に値しないが、皇帝の権勢を取り戻すにはそれしか方法はなく、自分が動くのは国王ルートヴィヒと大魔道トゥルーが倒された後。
なので成功の可能性は高く、もしドゥルガーが失敗したら自分は何もしなければよいだけなので、ドゥルガーの話に同意した。
それから皇帝アマドは再度のヴィーゼ王国侵攻に向け、将軍カーマと相談したがあまり乗り気ではないようであった。
ただ、国王ルートヴィヒと大魔道トゥルーが暗殺され、ヴィーゼ王国内が混乱するのであれば勝ち筋は見えるので、それに向けた準備だけはしておくとのことであった。あとはドゥルガーからの朗報を待つだけである。
皇帝アマドは久々に高揚感を覚え、力強く握った拳を震わせた。




