第三十三章:王への報告
ふと気づくと、アンナがトゥルーの服を力いっぱい握りしめていた。無理もない、十に満たない子供がこれほどの惨劇を見てしまったのだから。
トゥルーはそんなアンナの頭を優しくなでると、手を握り商隊が泊まっている宿屋に連れて帰った。
「この子はホント。怪我したらどうするの!トゥルーさん、すみません。お手数をおかけして」
「だって……私……」
母親に叱られたアンナは何か言い訳をしようとして口を開きかけたが、慌てて自分の口を押さえた。その言い訳はトゥルーが大魔道であることをバラしてしまうので、何も言えなくなっていた。ちょっと泣きそうな顔でトゥルーの方を見る。トゥルーは軽く頷き、声を出さずにいいよと返した。
「えっ、言っていいの?」
「大丈夫、もう済んだから。ありがとうね」
トゥルーから許可をもらったアンナは堰が切れたようにトゥルーや自分の武勇伝を話し始めた。商隊が山賊に襲われた時に助けたことから、大聖堂に忍び込んだこと。雲の上まで跳んだことから、巨大な女神を倒したことまで、身振り手振りに盛大な擬音を付けて話してくれた。
「……この子ったら、そんなこと……」
母親は言葉に詰まりながらそう言うと、トゥルーの方を見る。トゥルーが笑って否定してくれるのを期待していたが、トゥルーは軽く頷きそれを肯定する。
「うそ……ホントに大魔道様?」
「その呼び名は恥ずかしいんですけどね」
トゥルーの正体がポーションをくれたただの親切な商人ではなく、数々の功績を上げた古の英雄の生まれ変わりである大魔道様であることに場は騒然となった。称賛の声と質問攻めにトゥルーはちょっと困っていたが、アンナがまるで自分の弟子か付き人のようにその場をまとめ上げようとしているのが、ちょっと楽しくはあった。ただ、歓談する時間もあまりないので、トゥルーは商隊の皆さんに別れを告げて荷物をまとめる。
「大魔道様、ホントに行っちゃうの?」
「王様の所に今回のことを知らせに帰らなくちゃいけないからね。無事じゃない人たちもいっぱいいるから、その人たちも助けてあげなきゃ」
「分かった。元気でね」
「アンナもね。あっそうだ、アンナは商人になるんだよね。じゃあ記念にこれをあげるよ。商売の練習だ」
トゥルーはそう言って特殊な香辛料が入っている荷物袋をアンナに渡した。結構な価値のあるものではあったが、商人トゥルーはもう居ないのでトゥルーには不要なものであった。
「ありがとう。いいの?」
「いいよ。商売はお母さんに教えてもらってね。じゃ」
トゥルーはそう言うと、宿屋を後にした。アンナが追いかけてきたが、そこにはトゥルーはもう居なかった。
今、トゥルーの足元には溶けた石と瓦礫の山があった。空からは焼けた砂粒が落ちてくる。そこはヴィーゼ王国に築かれた国境の壁。数百人の守備隊が常駐していた関所である。しかし今は生存者どころではない。辺り一帯の地形は変わり、生物の気配などまったく無かった。
「これほどとは……魔法の力……ではないな。数百万人の信仰心。いや憎しみの光か」
トゥルーはそう呟くと、次に犠牲になった場所に跳んだ。そこはヴィーゼ王国側の国境の町レオンである。ガルーダ帝国から国境の関所を越えヴィーゼ王国に入った者たちが最初に見る町である。ローテンブルクのような大きさも華やかさも無いが、国境の町らしくどちらの国の雰囲気もあり、食事もヴィーゼ王国風、ガルーダ帝国風、どちらのものも食べることができた。国境守備隊の兵士も時々見かけるので、それが国境の町であることを思い出させる。
しかしその旅人が落ち着ける町はもう無い。数千人が暮らしていたはずの町は、地面が抉られ、建物などは影すら残らず、散乱した瓦礫だけがかつてここに人々の生活があったことを示していた。念のため上空から町の状況を確認してみたが、生存者は期待できそうになかった。
「小さいとはいえ一つの町がたった一撃で……」
この状況を予測していなかったわけではなかったが、実際にこの廃墟を目にしてしまうと、目頭が熱くなってくる。
「ここでやれることはもう無いか……王への報告。厳しいな」
トゥルーはそう呟くと、王宮の庭に跳んだ。王宮に直接テレポートするのは重罪であり、そもそも結界が張られているのでテレポートするのは不可能なはずであったが、トゥルーは緊急を要する事態には直接ここに跳ぶことの許可を、王直々に取っていた。もちろん、王宮の結界は解析させて貰っていたので、多少強引に結界を破らさせていただき、庭の噴水近くに着地した。そのまま小走りに王の執務室に向かう。 王宮内を見回っていた近衛兵がトゥルーの姿を見て一瞬固まるが、大魔道のことは周知されているので、丁寧に用件を聞いてくる。急ぎなのでそれを手短に断ると、王の執務室の扉をノックする。
「入れ」
「失礼します」
「おー、トゥルー、とナオであったか。よい所に来た。たった今、ガルーダ国境の守備隊とレオンの町が消えたという報告を受けてな。お主はガルーダに行っていた筈だが、何か知らぬか?」
「はい、存じております。少し長い話になるのですが……」
それからトゥルーはガルーダ帝国で起こったことを手短に話した。当初、国王ルートヴィヒはガルーダ帝国軍が電撃的に攻めてきたものと考え、迎撃のために魔術師をはじめ全軍をガルーダ帝国国境に送らなければならないこと。もし全面戦争になるのであれば、かなりの数の損害を覚悟していたが、トゥルーの報告を聞いてその必要が無くなったことに安堵していた。
「話は分かった。その破壊神のような兵器と教皇はもう死んだ。でいいんだな」
「そうですね。魔方陣も破壊しましたし、あの状況で教皇が生きているとは思えません。あの巨大な女神が現れることは二度とないでしょう」
「そうか。いや、ありがとう。ヴィーゼ王国の王として、国民を代表して礼を言う」
「いえ、守備隊やレオンの町の者は救えませんでした。数千人はいたでしょうに」
「数千……そうだな。トゥルーよ、お主は数千の民を救えなかったのではない。数千万の民の命を救ったのだ。それはお主にしかできなかった偉業。救えなかった者たちのことを忘れろとは言わぬが、気にするな。お主は偉大なる大魔道であって神ではないのだから」
「……お気遣い、ありがとうございます」
トゥルーは王の言葉に気を取り直し、この後のことを王と意見を交換した。しかし、それは正解のない難題。しかも一刻の猶予も許されない決断と行動を強いるものばかりであった。




