第三十二章:落ちる女神
トゥルーは改めて巨大な女神を凝視する。石像のようだが、ただの石像のはずがない。ただの石像は動かないし、ただの石像は突然屋根を壊して現れない。
それに本体を覆う虹色のオーラは物理攻撃を弾く。ただでさえ破壊が難しいのに、この巨大な女神は結界の中にいるので呪文でどうこうすることができない。考えれば考えるほど絶望的な状況にトゥルーはめまいを覚えた。
ふと視線を下へ向けると、崩れ落ちた梁と瓦礫の隙間に、アンナが押し込められるように倒れているのが見えた。瓦礫に足を挟まれて動けなくなっているようだ。すぐに助けに向かう。
「アンナ、大丈夫か?」
「トゥルー様。やっぱり来てくれた」
「ちょっと待ってろよ~。手でどかすのは無理そうだから、何か棒のようなものは……」
アンナは天井から落ちてきたであろう大きな瓦礫に、下半身を押しつぶされていた。ただ、運良く瓦礫の隙間に潜り込む形になったので、抜け出せはしないが、怪我はあまりしていないようであった。棒のようなものを探していたトゥルーの前に、アンナが言っていた魔方陣が見えた。
ただ、それは光っているだけの魔方陣ではなかった。魔方陣の中央から渦を巻く形で光る粒子が巻き上げられ、巨大な女神像に流れ込んでいた。よく見ると、周囲に倒れた神官や信者たちの体から、細く光る糸のようなものが魔方陣へと吸い込まれ、それが渦を巻きながら巨大な女神像へと流れ込んでいくように見えた。
しかし近くにいるアンナからは吸い取られていない。牢に閉じ込められていたと思われる他国の商人たちからも吸い取られてはいない。もちろんトゥルーも吸い取られてはいなかった。つまりこの巨大な女神はキュベレー教の信者から信仰心という名の生体エネルギーを魔法陣を通して吸収しているようだった。
(つまりこの巨大な女神を倒すには、結界の外から女神のオーラを貫いて女神本体を打ち砕くか、数百万といわれる信者の信仰心を無くすか、信者を皆殺しにする。もしくは結界の外から巨大な魔法陣を壊す。……どれも無理そうだが、魔法陣を壊すのが一番現実的か)
トゥルーはまず天空から大岩を召喚して地上の物を粉々に粉砕する隕石召喚(メテオ・ストライク!)を考えた。その威力を考えれば巨大な女神はどうだか分からないが、巨大な魔方陣は石畳ごと粉砕できるのは間違いない。ただしその場合、大聖堂だけでなく辺り一帯が壊滅してしまう。これはさすがに使えなかった。
(もっと小さく重く硬いものを、はるか上空から魔方陣に向けて落とせば、結界は何の役にもたたず、魔方陣を床ごと破壊できるはず)
そう考えたトゥルーは思い出した。大聖堂正面に建っている女神キュベレーの黄金像――それはまさしく条件にピタリと当てはまる。さすがに本物の黄金ではないと思われるが、こんな物が上空から高速で落ちてきたらどんなものでも破壊できそうであった。
トゥルーの目に希望の光が宿った時、再び巨大な女神の目がゆっくりと開き、悪魔のような笑みを見せた。その口がゆっくりと開き、そこに巨大で禍々しいエネルギーが集まっていく。
「駄目だ!それは使っちゃいけない!」
トゥルーの願いも空しく、巨大な女神から目を焼くほどの閃光が弾け、巨大なエネルギーの奔流が地平線へ向けて弧を描くように飛び去っていった。
その方向はローテンブルクとは違っていたが、このままではローテンブルクも王都もやられてしまう。そう思ったトゥルーは大急ぎでアンナのもとに行き、瓦礫の中からアンナを救い出すと、大聖堂正面の黄金像に向かって走り出した。
黄金像の所に着いたトゥルーは、アンナに自分にしがみついて決して離さないように告げると、懐から小さな紫色の石を取り出した。片手で黄金像に触れながら、その石を握りつぶす。ピキーンという甲高い音がしたかと思うと、トゥルーとアンナ。そして黄金像がその場から消えた。
ヒュッという小さい音とともに、トゥルーは大聖堂のはるか上空に現れた。転送石の効果である。アンナはトゥルーに必死にしがみつくが、黄金像は重すぎて支えられず、そのまま地上に向かって落ちていく。
トゥルーは黄金像にしがみつき、落下位置の微調整を行った後、黄金像から離れる。黄金像はトゥルーの手を離れてからもさらに加速を続ける。
そうしている間に、巨大な女神の口がゆっくりと開き、巨大で禍々しいエネルギーがそこに集まっていく。
巨大な女神の口からそれが発射される前に、音速を越えて先端が赤くなった黄金像が魔方陣のそばに落ちた。一瞬の無音。
それは一点集中のメテオ・ストライク。大音響とともに大地が爆発し、高温で赤く溶けた破片が粉塵とともに四方八方に弾け飛ぶ。落下地点は建物も石畳もすべて破壊され、何も残っていない。中央には大きな窪みができ、その底には溶けた大地が小さな池のように輝いていた。
もちろん魔方陣は跡形もない。しかし、すぐそばにある巨大な女神は鉄壁のオーラに守られ、ほとんど無傷。
もう駄目かと思われた瞬間、巨大な女神は、まるで最初から存在しなかったかのように、虹色の残光だけを残して静かに掻き消えた。
後には大きな窪みと溶けた大地。その周りには粉々に砕かれた瓦礫だけが残っていた。隣接する大聖堂にも大きな被害はあったが、その形は保っていた。被害は最小限で済んだようである。
大聖堂や辺りの道端では多くの人がふらついていた。信仰心という名の生体エネルギーを抜かれていた人たちだ。ただ、症状は信仰心に比例するようで、まったく影響のない一般人や元気がないだけの人、逆に大聖堂で祈っていた熱心な信者は皆倒れていた。キュベレー教の聖職者たちは皆死んでいるかも知れない。巨大な魔方陣の制御を行っていた聖職者たちは、黄金像落下の衝撃と熱で物理的に死んだものと思われた。教皇ドゥルガーはどう転んでも生きてはいない。
キュベレー教の女神の力は確かに偉大で、国を滅ぼせるほど強力であった。しかしその力の代償も凄まじく、正しくもろ刃の剣。敵も味方も等しく滅してしまう、人の手によって造られた神であった。
紛い物の神は消え、それを創り出した教皇は消滅した。これでヴィーゼ王国は救われたはずであったが、しかしトゥルーの胸に満ちたのは勝利の実感ではなく、深い不安と、言いようのない虚しさだけだった。




