第三十一章:巨大な女神
アンナは掴まれた手を振りほどこうと暴れていたが、屈強な守衛の手を振り払うことはできず、ただ腕を強く掴まれたまま冷たい石の廊下を引きずられていった。
重厚な木製の扉を開け、引きずられていった先は教皇の執務室であった。
「この子どもは何だ?」
「侵入者です。魔法陣を見られました」
「……我が教徒か?」
「分かりません。おい、お前!お前は我がキュベレー教の教徒か?」
「そんなもの知らない!早く離せ!」
教皇ドゥルガーはアンナがキュベレー教の教徒でないと分かると明らかに興味を失い、守衛に指示を出した。
「後で始末しておけ」
その言葉を聞いたアンナは暴れたが、守衛に顔を殴られ、そのまま部屋の外に連れ出されていった。
外にいたもう一人の守衛に手枷をはめられ、大人しくなったアンナはそのまま地下の牢の方に連れて行かれた。
守衛の一人が地下に続く鉄格子の扉の鍵を開けようとしたとき、守衛の隙をついてアンナは走り出した。右も左も分からない場所であったが、とにかく外に、日の当たる方へと走り出した。途中見覚えのある中庭に出て、そこから馬車の出入口まであと少しというところで、後を追いかけてきた守衛に押し倒され捕まってしまった。
押し倒されたアンナの目には、門の外でこちらを見ているトゥルーの姿が映った。
「大魔道様!ここの一番奥の部屋にでっかい魔方陣が光ってて、あと奥の右の部屋にメッチャ偉そうな人がいて、何か色々命令してた!」
「このガキ!」
「おい、外に仲間がいるぞ!捕まえろ!」
アンナが必死に情報をトゥルーに伝えた。その気持ちに応えたいトゥルーであったが、今突っ込んでいっても呪文の使えない魔術師は何の役にも立たない。そのことを十分承知しているトゥルーは、唇を強く噛みしめながら人ごみに紛れて大聖堂を後にした。
(アンナ、絶対戻るから少し待っててくれ)
一旦大聖堂を後にしたトゥルーであったが、近くに守衛がいないことを確かめると、壁の外にまで虹色の結界が張り出している場所に行き、この結界の性質を調べることにした。結界石による結界と同じように見えるが、実際に試してみないと、作戦の立てようがないからだ。
まず、この虹色の結界が呪文の発動を妨害しているのか、既に発動してしまったものの効果まで取り消すのかを確認するため、何種類か呪文を試す。すると呪文の発動はすべて妨害された。次に結界の外で飛行と透明化の呪文をかけ、効果が発動してから結界内に入ると、若干の抵抗を受けるが効果は維持したままであった。最後に魔道具を使ってみると、外部に効果を及ぼすものはすべて妨害されたが、術者自身か術者が持っているものに効果を及ぼすものは発動した。
つまりこの結界は、内部での呪文発動を『完全に』封じる一方で、外で発動した効果は維持されるという性質を持っていた。魔道具も外部に干渉するものは無効化されるが、術者自身及び術者に接するものに作用するものだけは機能する――通常の結界石とは異なる、より強固で偏った結界であることが分かった。
「中に入ってしまえば魔術師もただの一般人ってことだな……それなら結界の外、天空から大岩を召喚して地上の物を粉々に粉砕する隕石召喚(メテオ・ストライク!)は使えるということだな。ただしその場合、大聖堂だけでなく辺り一帯が壊滅してしまうから、やはり使えんか」
トゥルーはそう言って自嘲気味に笑った。
時間があるとも思えないので、トゥルーはその場で飛行と透明化の呪文をかけ、大聖堂内に潜入した。探すものはアンナと巨大な魔方陣のある部屋。まずはアンナが命がけで知らせてくれた巨大な魔方陣のある一番奥の部屋に向かっていた。その時、
近くで建物が大きく崩れていくような轟音が聞こえてきたかと思うと、大小の瓦礫が足元に飛んできた。遅れて視界を覆うほどの煙。トゥルーは慌てて建物の外に出て瓦礫が飛んできた方向を見ると、光り輝く巨大な女神が建物の屋根を突き破り、上半身から瓦礫を落としながら立ち上がっていた。
「な、なにぃ……」
その巨大な女神は全身が大理石のように白く輝き、全身から虹色のオーラを放っていた。落下する瓦礫がそのオーラに触れ粉々にはじけ飛ぶ。
教会に飾られる石像を模したような優しい顔がわずかに動き、ゆっくりと目を開くと、何かを探すように左右へと視線を走らせた。
目的のものを見つけたのか、全身をその方向に向き直り、一瞬悪魔のような笑みを見せる。
巨大な女神の口がゆっくりと開き、その口の前に今まで誰も見たことのないほど巨大で禍々しいエネルギーが集まっていく。
次の瞬間、目を焼くほどの閃光が弾け、巨大なエネルギーの奔流が地平線へ向けて弧を描くように飛び去っていった。
その様子を見たすべての者が全身を硬直させ、まったく動けないなか、トゥルーはその閃光のゆくえを見るため急上昇した。その目には、はるか彼方に咲く巨大なきのこ雲が写った。
「あれは、あれは国境の壁、守備隊は……無理だ。あれでは誰も助からない。まるで、まるで古の神の一撃」
立ち上る巨大なきのこ雲を見たトゥルーがそう呟いた時、隣にナオがいた。
「えっ、違いますよ。この前、うるさかった国を払ったときの万分の一の力もありませんし、そもそも、あれは人の欲望を集めて造られた、自我すら持たない人形ですよ。でもおもしろいですね。人なのに人の憎しみを煽って集めて人を壊そうとするなんて」
「人形?あの恐ろしく巨大な女神は造られたものなのか」
「そうですよ。人ってこんなことするんですね。消しましょうか?」
「ありがとう。だけど人の造り出した厄災なら、人の手で葬らないと」
「そうですか。では近くで応援してますね」
この巨大な女神が人の造り出したものと聞いて驚いたトゥルーであったが、そうであれば人の手で葬り去らないと人は自立できない。ナオの提案を丁寧に断ったトゥルーであったが、あの巨大な女神相手に何をどうすればよいのか。全く分かっていなかった。




