第二十九章:国境の街ミトラ
実のところ、トゥルーはガルーダ帝国に行ったことがない。トゥルーが知っているのは本に書いてある昔のガルーダ帝国のことだけであった。このままガルーダ帝国に行っても何もできないので、まずはガルーダ帝国、さらにはキュベレー教についての情報を得るため、捕縛したキュベレー教の指導者のもとに向かった。顔を覚えられるのも嫌なので、ちょっと格好良い覆面を付けて面会に行く。
「あなたが今回の反乱を主導したキュベレー教の指導者ですね」
「お前は何だ?話すことなどないぞ!」
「あなたはなぜ今回の作戦が失敗したのか、分かってますか?」
「……」
「ドゥルガー様、アマド様が十年の長きに渡って苦労されたこの計画。失敗した原因を本国に知らせる責務があると思いませんか?」
「お前は?ガルーダ人か?」
「まだ小さいときにこちらに来たから本国の思い出はない。ただ、これだけは肌身離さず持ってますよ」
トゥルーはそう言って、キュベレー教の聖具を見せつける。指導者は気を張っていたのだろう。トゥルーの行動によって場の雰囲気が一気に和らいだ。
それからはトゥルーは肝心な所はぼかしながら情報を提供し、代わりに指導者から情報を提供してもらう。だますことには多少心が痛んだが、ガルーダ国に潜入して元凶を潰さないとこの暴動はいつまで続くか分からないし、そもそもこいつらは暴動を起こして国を滅ぼそうとした奴なので、そこは飲み込んだ。
トゥルーたちはガルーダ帝国内で怪しまれずに行動するため、行商人に扮して旅を始めることにした。取扱品は特殊な香辛料とし、試供品だけ持ち歩く形で、背負い袋には実際に南方や西方の香辛料を小分けにして入れてある。そのうえで親戚の娘に商売を教えるためにしばらく同行させているという設定だ。
ナオと一緒に国境近くの街レオンまで跳んだ後、徒歩で国境を越えた。最初の目的地はガルーダ帝国内の国境の街ミトラ。ここはヴィーゼ王国との貿易で栄えている町である。ガルーダ帝国は以前、戦争を仕掛けようとしており、今でも暴動を煽っている国なので、そことの間の交易は衰退していると思われたが、交易自体はそれほど落ち込んではおらず、特に戦争が起きてしまうと交易が不可能となる為、駆け込みで商売をしようとする商人が増えているとのことであった。
ミトラまでは歩きで一日程度。国境を朝に越えれば日が沈む前には街に着く。途中、森や林もあるが道は馬車がすれ違うこともできるくらいには整備されているので道に迷う心配もない。
街道に沿って進むと、森に入ったところで通行止めの案内板があり、脇道に誘導された。不審な感じがしないでもなかったが、前を行く馬車が脇道に入っていったので、その後を付いて行く。
脇道をしばらく進むと、少し開けた場所に出た。そこには数台の馬車が止まっており、馬車の周りに人が集まっているように見えた。ここで行き止まりのようだ。その開けた場所に向かって周りの茂みから武装した山賊が出てくる。
その姿を見たトゥルーたちは素早く茂みに飛び込み、姿を消す呪文を唱える。
自分たちの姿が消えていることを確認した後、山賊の方にゆっくりと歩いて近づく。
山賊の装備はバラバラで、ほとんどが使い古された傷だらけ錆だらけの防具と武器。お世辞にも強そうには見えないが、人数は馬車に乗っていた者たちより多い。馬車には武装していた護衛の男たちも数人いたようだが、多勢に無勢では全く役には立たない。
結局馬車に乗っていた者たちは全員降ろされ、縄で縛り上げられていた。
馬車の中や手荷物の中を探られ、金目の物はすべて奪われる。さらに若い女も金になるので連れ去られ、残った者たちを殺そうと山賊たちが武器を振り上げた。その瞬間、
「催眠雲召喚(スリープ・クラウド!)」
灰色の霧が辺りを包みこむ。その霧に触れた山賊も商隊の者たちも、みなその瞳から光が消えていった。
これから先を考え、ここで顔を見られるのが嫌だったトゥルーはその場に近づくと、縛られている商隊の者たちの縄を解き、逆に山賊たちを全員縛り上げた。人数が多かったので、最後の方はかなり適当になっていたが、特に問題にならないだろうと考え、全員縛り終わるとその場を離れた。
その場を離れ、茂みの中から適当な小石を商隊の護衛の男たちに向かって投げる。見事防具で覆われていない頭に命中し、護衛の男はわけも分からぬ感じで飛び起きた。それを確認したトゥルーは急いでその場を離れる。
その後の道中は平和そのもので、何の問題も起きずに日が暮れる前に国境の町ミトラに着いた。
まず宿屋を確保し、近くの食堂で夕飯をとっていると、活発そうな格好をした少女が一人でトゥルーに近づいてきた。
「大魔道のトゥルー様ですよね。先ほどは助けて頂き有難うございました」
トゥルーが慌てて少女の口を押える。周りを見ると気付いた者はいなかったようで、ほっと安心し、少女の目を見ながら口を押さえていた手を放す。
「しー!今、大事なお仕事の途中だから。俺がここに来てるってことは、二人だけの秘密だよ。いいね」
どこかでこの少女に見られていたらしい。トゥルーは自分の正体を他言しないよう少女にお願いすると、少女はちょっと頬を赤らめながらコクリと頷いた。その瞳には憧れと秘密を共有する喜びが宿っていた。
「じゃあじゃあ、帝都まで一緒に行こうよ」
少女はそう言うとトゥルーの手を引き、自分たちの商隊が食事をしているテーブルに連れていく。
「この人も帝都に行くんだって。一緒にいいでしょ」
この子の親たちだろうか、テーブルには商隊の人間が集まって食事をしていた。その中の一人、護衛のような男が頭に包帯を巻いている。
「そうは言ってもなぁ……」
「そうだ、そのおじさんの怪我も治してもらえるよ」
「本当かい?魔術師にも聖職者にも見えないが……」
正体を隠してるって言っているのに、この少女はトゥルーが魔法を使うのを期待しているようだった。ただ、魔法が使えない時に備えて小さなポーションは持っているので対応はできる。それに、その頭の傷はおそらく小石を投げつけられた時の傷。治しておいた方が心残りがない。
包帯を外し、怪我をしている護衛の頭にポーションを振りかけて傷を治す。滲んでいた出血も治まり腫れも引いていく。
「おー、すまないな。それ結構いいポーションじゃないのか?」
「商売柄、ある程度は良いものを持っていないと危ないですからね」
仲間の傷を治したということで商隊の者たちとは打ち解け、王都まで商隊と行動を共にすることになった。トゥルーとしても楽に怪しまれずに帝都まで移動できるので、人には親切にしとくべきだなと感じていた。ただ帝都で大聖堂の奥にいるであろう教皇ドゥルガーに近づく方法は見当も付いていないので、心晴れやかというわけではなかった。




